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047.魔術学校はてんやわんや

 ヒュドラを退治して戻ってきた日は、リヒトはもう疲れたと言い、学校側も休養を優先させたため二人は体を清めてから食堂で晩御飯を食べ、スカーレットが意識を取り戻したとの報を聞いてからゆっくり眠った。

 魔術学校は翌日から三日間全面的に休講となることが言い渡され、エルダーの森でなにが起きたのか調べるのにてんやわんやだ。絨毯が日に何度も学校と森とを往復している一方、生徒たちには外出禁止令が出ていた。


 外出禁止の二日目の朝、ルカは多くの矢を失ったため王都に調達に行ってよいか「木の手」に聞いてみたが、あえなく却下されてしまった。戻る際の廊下で、食堂で働くバルバラに声をかけられ、「なんかがんばったんだってね!」と油紙の包みをくれた。いい匂いがする。

 部屋に戻るとリヒトも戻っていた。リヒトは外出禁止令などどこ吹く風といわんばかりに昨日からちょこちょこ歩き回っていた。今日は朝から隣のパルム寮に出かけていたらしい。


「やはり学校側は大変そうだな」

「まあ、しかたないね」

 話しながらリヒトとベッドに腰を落ち着ける。そばには直接日光に当たらないように時告草が干されていた。リヒトはヒュドラに出くわす前に当然のごとく採集し終わっていたのだ。


「僕たちの班は割と早い段階で採集は終わってたね」

「そうなのか」

「うん。全部で十八班あって、四の鐘が鳴る前に採集できたのは二班。採集まではできなかったけど資料に名前がないことに気づいて近くにいた先生や護衛の人に質問したのが六班。ここまでが及第点なんじゃないかな。とはいっても時告草が絵の通りになってから採集するのはみんなできたはずだったし、最後に森の外で集合してネタばらしして、自分で情報を集める大切さを諭すつもりだったんだから、授業としては中途半端になっちゃったよね。さっき一瞬エイプリル先生見たけど、おっかなくって近寄れなかったよ」


 それはルカも出くわしたくないところだ。


「そうだリヒト。バルバラさんがこれをくれたから一緒に食べよう」

 ルカは先ほどバルバラから受け取った包みを取り出した。油紙を開くと香ばしく、スパイシーな香りが立ちのぼる。甘くないクッキーで、黒胡椒とチーズが練りこんであるものだ。

「兄さん……またファンが……」リヒトが表情を失くして小さくなにか言っている。

「ん? どうした。バルバラさんががんばったと言っていたぞ」

「いや、それは兄さんにだよ!」

「バルバラさんともあろう人が、リヒトの働きを評価していないわけがないだろう」


 たしかに一人では食べきれない量なのでリヒトの分も入っていないわけではないだろう。しかしぜったいにルカに対してのはずだ。こういう勘をリヒトは外さない。ルカがにこにことクッキーを差し出しているので、リヒトはしかたなくひとつ手に取って齧りついた。そして、そのおいしさにすぐに眉間を広げることになった。


 二人でしばし和んでいると、リヒトが残り少なくなってきたクッキーを見て言った。

「兄さん、あとでジュールラックに会いに行きたいんだけど、肉がないから、これ少し手土産にしてもいい?」

「もちろんいいが……」

 外出禁止令は魔術学校の敷地内から出なければいいはずだ。ジュールラックになんの用だろうか。

 リヒトは残りのクッキーを油紙で包みなおし、腰の革袋に収めた。



 軽くなにかを叩くような音が鳴り、見ると伝書鳥メールバードが窓辺に留まっていた。嘴で木枠をつついたようだ。ルカの手元まで飛んできて手紙に戻ると、それはマロルネからだった。


「マロルネさんが会いたいそうだ」

「へえ」

 返信機能つき伝書鳥なのでルカでもすぐに返信できる。男子寮なので部屋に上げるわけにはいかないが、「木の手」のいる部屋の向かいに応接室があるので、そこで待ち合わせることになった。


「ジュールラックはいいのか」

「あとで行くけど、とりあえずマロルネさんに先に探りを入れることにするよ」

「ふむ」

 そうかな、とは思っていたが、リヒトはリヒトなりに、なにやら情報収集をしているようだ。歩き回っていたのは、あの場に居合わせた生徒たちに話を聞きに行っていたからに違いない。



 マロルネは開口一番、援護に行けなかったことを謝った。あの日赤い狼煙を見て焦った生徒の一人が森を駆けて怪我をし、マロルネはその救護やほかの生徒たちの避難誘導で手一杯になってしまったのだ。ルカは駆けつけようとしていたマロルネの勇敢さに感心するが、あの場に来れていたとしてもヒュドラが相手では焼け石に水だったと思う。むしろほかの生徒たちを全員避難させたのだから彼女は立派だった。


「骨をね、防毒処理が済んだら学校まで運び込むんですよ」

 マロルネはルカとリヒトが元気そうだったので安心したのか、話が興味の対象に向かった。

「肉は腐ってしまって、もうどうにもならないんですって。残っていたら公開解剖講義ができたのに、残念。すごいんですね、ヒュドラの毒って」


 ルカとリヒトは事件の日の時点で「ヒュドラ自身の毒で倒した」と報告してある。ただし矢尻と〈相互移動〉したとは言わず、毒溜まりに矢尻を浸けて射かけたとしている。ヒュドラの毒の致死量なんか今後も調べようもないはずなので、そこはあまり気にしていない。ただリヒトは致死量を計れなかったことを猛烈に惜しんでおり、一昨日の夜は眠りにつくまで何度か溜息を落としていた。マロルネも似たようなものなのだろう。


 教師たちは視界の端で現れては消える白い幻影を見ていたし、ルカも見られている自覚はあったが、いまのところそれについての言及はされていなかった。リヒトとはすでに話し合っており、向こうの出方を見るまで保留でよいだろうと判断している。

 マロルネはどこまで聞いていて、ここにやってきたのだろうか。


 ヒュドラは貴重な骨格標本になるらしい。

「討伐したのはルカさんですから、骨の所有権もルカさんにあります。今度学校側から正式に買い取り要請があると思います」

「ふむ……私ひとりでどうこうできたわけではありません。あの場にいた、みなで倒したのでそこは正当な分配を望みます」

 そう言うとマロルネは「上に伝えておきます」と遠慮がちに笑った。


「あと、スカーレットさんはいま、オクノ先生の医務室にいます」

「オクノ先生の医務室?」

「ええ。温室の隣の建物の一階です。薬草学の研究棟なんですけどね。リヒトくんは知ってるかしら」

「はい。……一昨日おととい寝る前に、スカーレットはもう大丈夫だって聞いたんですけど」

 リヒトの声音にはわずかに緊張が含まれていた。

「ああ、大丈夫よ。でも一応ね」


 マロルネによると、スカーレットは事件の夜のうちに王都の教会から派遣されてきた、ほかの治癒魔法の使い手から一通りの手当てを受けており、体は大丈夫だそうだ。ただ、ヒュドラに遭遇するなど前代未聞のことであり、毒の影響が本当にないか、経過観察のため医務室に隔離されていた。

 一緒に手当てを受けた黒髪の女の子は、部屋を離したほうがよいだろうという学校側の判断で、寮の自室で同じく経過観察を受けている。


「あとで顔を見に行ってみたらどうかしら。ずいぶん暇そうだったから」


 マロルネはすでに見舞ったあとだったようだ。スカーレットと特段面識はないはずなのだが、マロルネも関係者にいろいろ接触しているのかもしれない。



「マロルネさんに確認したいことがあるんですけど」

 リヒトが聞く。

「なにかしら?」

「伝書鳥って宛先を自分にすると、いったん飛び立ってから戻ってきますよね」

「ええ」

 マロルネは浮かしかけていた腰をまた落ち着けると、リヒトに興味深げな視線を寄越した。

「さらにレターヘッドの術式をいじることで好きな距離を旋回させることができる」

「リヒトくんはそんなのとっくに知ってると思っていたけれど」

「知ってます」

 リヒトは挑戦的な口調で答えた。「でもほかのやつがどのくらい把握しているものなのか知りたいんです」

「そうねぇ……たとえばあなたと仲の良い、フッタールくんやジェットくんあたりは知ってそうよね。魔法使いクラスとはいえ、プルメリアさんも優秀だから、知識としては知っていておかしくないかも。でも術式をいじるのは魔術使いじゃないとできないわ」

「そうですね……」

 ルカは初めて聞いたが、あの黒髪の女の子はプルメリアというようだ。


「リヒトくん、リヒトくんとルカさんは、今回の顛末がすべてわかったら、報告会に招かれるわ。功労者だもの。私たちが調査したものは正確に伝えられる」

「でも僕は自分で知りたいんで」

「そりゃあ……そうよね。私でもそうする」

 マロルネは肩をすくめてそう言った。

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