004.町での昼食
ちょうど三の鐘(正午近く)の鳴っているときに町に着き、行商のおじさんと昼食を町の食堂でとることにした。村長から手間賃を多めに渡されたからと奢ってくれた。
村長はルカのことを思いやってくれる数少ない大人の一人だ。自警団の長を諫めてくれたこともあるらしいが、ルカのような子ども一人のことで敵対するまでに至るはずもない。やんわり言っているうちにヴォルフのもとに預けられたので、胸を撫でおろしたことだろう。悪い人じゃないのだ。今回だって陰ながら支援してくれたのだから。
壁に吊り下げられた木札のメニューでは料理の想像ができず悩んでいると、行商のおじさんがおすすめのメニューをいくつか教えてくれた。その中から揚げ鶏のサワーソース定食を頼む。
店に入った瞬間から美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐり続けている。どんな料理が来るんだろう。
ルカは母の手料理か山小屋での料理しか口にしたことがない。あとは保存のきく、岩よりは柔らかいと言える黒パンくらいだ。
周りのテーブルにもキラキラしたお皿や綺麗な盛りつけの料理が運ばれているのに気がついているが、人の食卓を覗くなんてできないので、自分のテーブルに料理が来るのが待ち遠しくってしかたがない。
行商はそんな様子のルカを初めて見て、笑ってはいけない、笑ったらもう心を許してくれないと必死に自分に言い聞かせていた。
「お待たせしました」
ルカと行商のおじさんの分が同時に運ばれてきた。大皿にメインのおかず。サラダにスープ。そして薄茶に焼き色のついた白っぽいパン。いつもの黒パンもとい岩パンに比べたら、もう白パンと言ってもいいかもしれない白いパン。
「じゃあ、いただこうか」
「はい。いただきます」
これはどうやって調理しているのだろう。鶏肉全体がなにかサクサクするものに包まれており、それはさらに液体をまとって飴色に照り輝いている。その上から刻んだ卵の入ったもったりとした白いソースがかかっている。ルカは一切れフォークで持ち上げ、白いソースと一緒にかぶりついた。
(美味しいっ……)
程よい食感を残した衣に旨味を閉じ込められていた鶏肉が、噛んだ瞬間たっぷりの肉汁を溢れさせ、衣に染み込んでいた酸味の強い飴色ソースが淡白な鶏と馴染んで味の満足感を舌に与えてくれる。さらに強い味に刺激を受けた舌を労わるように、且つ同じ酸味系統という決してすでに構築された美味の邪魔をしない、優しい卵のソースが新たな調和を生み出してくれる。鶏と飴色ソースと卵が手をつないで踊っている。そんな幻想をルカは得た。
「パンもやわらかいよ」
「……」
ルカは半信半疑で白パンを手に取ると、まずその弾力に驚いた。ちょっとおじさんに見られてるけど、つついてみよう。ふよん。
「!!!!」
ショックだった。いや、悲劇だった。なぜならこの瞬間、いままで食べてきたパンだと思っていたものは岩だと確信したからだ。
これがパンならあれは岩だ。そうでなくてはおかしい。
ルカは震える指先で白パンを一口分千切った。そもそもいままで食べてきた岩は指先で千切れないのである。こっちがパンならやっぱりあれは岩だ。証明できてしまった。
ルカは岩とは比重すら違う白パンのかけらを口に放り込んだ。ひと噛み。ふた噛み。み噛み。
立ち昇る小麦の香ばしさと無数の気泡に閉じ込められた馥郁たる息吹。そうだ。このパンは呼吸しているのだ。
そして美しさは一瞬。生命とは儚いものと言わんばかりに口の中で溶けていく、白パン。
白パンとは美――そのものと見つけたり。
ルカは絶望を知った。おそらく自分は二口目も、その儚さに滂沱の涙を流しながら白パンを噛みしめることになるだろう。刹那の香気に、悠久の美を見つけて――。
※ルカが食べていたのはチキン南蛮的なものです。美味しいもの食べさせてあげたかったのでよかったです。
※2022.4.19 冒頭の鐘の表記を修正しました。
※2022.05.21 誤字修正をしました。