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041.野外学習の目的

「そういえば今日の目標の薬草はどのあたりに生えているんでしょう」


 半日の野外学習で歩ける範囲などたかが知れている。今日手に入れられる可能性がある薬草であれば、すでにその辺に生えていてもおかしくない。


「すぐに目当ての薬草が見つかったらどうするんです? すぐに帰ることになるんでしょうか」

「見つかりませんわ」

「え?」


 マロルネは近くに生徒たちがいないことを確認すると、朝一番に生徒たちに配られていた紙をルカに差し出した。ルカが後ろのほうの生徒のを覗き見したのとなんら変わりない薬草の資料だ。


「ルカさん、この薬草、見たことありますか?」

「いや……ありませんね」

 ルカは記された特徴を目で追いながら記憶と照らし合わせたが、こんな植物はポルカ村の山でも、王都の森でも見たことがない。


「これはエルダーの森の固有種なんです。ほかの地域では発見されていません」

「はあ」

 それならばルカが知らないのは当たり前だ。おそらく一年生のほとんども知らないのではないだろうか。


「この薬草は時告草ときつげそうといって、太陽が一定高度まで下がらないと、この絵の通りにならないんです。いまの季節で言うと、二の鐘の少し前と、四の鐘を過ぎたあたりで見た目が変化します」

「え?」


 ルカはマロルネの言葉を聞いて、改めて資料を見た。高さはルカの膝くらいで、てっぺんに小さな胡椒の粒のようなものが寄せ集まっている。茎は深い緑だが、葉は紫色で半月型をしている。これを探そうというのなら、まずこの紫の葉を目印にするのではないだろうか。


「これが太陽高度が低いときの姿。でもいまくらいに太陽が高くなると、この上の黒い球状の部分は割り開かれてクリーム色のふわふわの花が咲きます。さらにこの葉もじつは折りたたまれている状態で、陽の光を浴びるとそれを求めるように開きます。その開かれた面は鮮やかな緑色。この紫は葉の裏面の色なのです」


 そんなに姿が変わってしまうのなら、知らなければ見つけるのは困難だ。


「では子どもたちは、四の鐘が鳴るまでは見つけられないということですか?」

「まず無理でしょうね」

 マロルネは淡々としているが、ルカは納得できなかった。


「なぜそんなことをするんです」

「ある程度は森歩きをさせたいんです。ここエルダーの森は、森番がしっかり見回りをしているから、浅い部分なら安全と言えます。そこで慣らさせたいんです。いま王都の森、ひどいんでしょう? 白い狩人さん」

「……知っているんですか」

「魔術学校にも魔術学校の情報網がある。ヨルムンガンドの血のことは把握していますわ」

「じゃあ、生徒たちが王都の森を通っても対応できるように?」

「さすがにそこまでは」マロルネは肩をすくめた。「ただ、森を警戒して歩けるように。……心構えを養いたいんです。誰もがルカさんみたいなお兄さんがいて、幼少のころから山歩きを教えてもらっているわけじゃないので」


 ルカは最近ではリヒトにわからないことなどないような気すらしていたが、そういえば山の歩き方はヴォルフとルカで手を取り足を取って教えたものだ。一度リヒトが野犬に襲われかけてからは、ルカはそれこそリヒト自身になったつもりで場所を問わず跪いて目線の高さを合わせ、リヒトがどこを見ればいいのか、どう足場を取ればいいのか、リヒトの意見や判断も丁寧に拾ってどうしてそう思ったのかと会話しながら、知識と技術を手渡ししていったのだ。目に入れても痛くない掌中の珠であると同時に、一人でも生き残れるよう育ててきた、唯一にして最高の弟子がリヒトなのだ。ほかの子に同じレベルを求めるのは無体というものだ。


「わかりました。でも目当ての薬草を目の前にしながら通り過ぎるなんて意地悪をするよりも、はなから『これだけの時間森を散策しろ』と言ってやればよいのではないでしょうか」

「それも授業のうちなんですよ」

 ルカがいまいち胡乱な顔をすると、マロルネは続けた。

「エイプリル先生は今日の目的がこの薬草だと言ったあと、すぐにあの恐怖の班分けをしたでしょう? そしてそのあとに始めた説明は魔術具のことばかり……」

「つまり、意識を逸らしたと?」

「そう。でも気づくヒントはあったんです。この絵と説明、よく見てごらんなさい」

「……?」


 ルカは再度紙を覗き込んだ。薬草の特徴や生えている可能性の高い場所など、普通のことが書かれているように思う。


「わかりませんか? 時告草の名前がないでしょう?」

「あ」

「そう、生徒たちに一人でも、名前を気にする余裕があったなら、その質問をしたはずです。エイプリル先生は質問には必ず答えてくれます。嘘はつきません」


 この植物は名前にその最大の特徴がはっきりと示されている。時を告げる。つまり時間帯によってなんらかの変化がある可能性が想像できるはずだ。そこから「音が出るのでは?」「見た目が変わるのでは?」と推測し、資料に書かれた以外に判断するすべがないか、探そうとするはずだ。他者から与えられた情報だけでなく、自分で集めようとするはずだ。実際生える場所は変わらないわけだし、葉も閉じているときと開いているときでは半分は同じ形だ。正解に辿り着く目が完全に潰されているわけではないのだ。


 でも資料を渡されてすぐは恐怖の班分け、魔術具の説明が終わったあとは憧れの魔法の絨毯と、気を散らされるには事欠かなかった。しかも彼らは十二歳の子どもである。エイプリルの揺さぶりは存分に効いたことだろう。


「実際私たち研究員やほかの先生方も、生徒たちからの質問には随時正確に答えるよう指示されています。図書館に行って調べる時間はなくても、別の方向から情報を得ようとすればできるのです」


 マロルネの説明に、ルカはようやく納得した。


「リヒトも気がつかなかったのか……」

「あ、リヒトくんだけは別ですよ。彼は気づいちゃうし、なんならこの太陽高度が足りないときの絵だけで時告草ってわかっちゃいましたしね」


 ルカが独り言ちたのを聞き逃さなかったマロルネが、素早く言い添える。


「でもそれだと実習になりません。リヒトくんの優秀さに引っ張られるだけじゃ、ほかの子の教育にならないんです。だからエイプリル先生は事前にリヒトくんを抱き込んだんです」

「え?」

「今回の目的のひとつに同学年同士で親睦を深めるっていうのがあるので、リヒトくんの班の担当護衛をルカさんにしてあげることまではできません。リヒトくんがルカさんとばかり話してしまう恐れがあるからです。でも、同じルートにしてあげるところまでは融通したんです。その代わり、この仕掛けをみんなに言いふらさないようにって」


 先生とそんな取引をしていたのか。なんてかわいいんだろう。いますぐあの柔らかい黒髪を掻き混ぜたい。


「リヒトくんを抱き込もうって提案したのはシルジュブレッタ先生です。それでエイプリル先生がリヒトくんにだけ事前にこの資料を見せたんです。そしたらそのとき、一目で『ああ時告草ですね』って言ったんですって。入学前にエルダーの森の動植物を調べ尽くしていたみたい。シルジュブレッタ先生がいなかったら、この野外学習は台無しでしたよ」

 マロルネが中空を見て溜息をつく。リヒトは無駄足を踏まされているわけではなく、先生側に協力しているだけと知り、ルカはさすがリヒトだと誇らしい気持ちになった。


「では私たちのすることは……当初の予定と変わらず、生徒たちを見守り安全を確保することだけですか」

「そういうことですね」

 マロルネは形の良い薄い唇でにっと笑みをつくると、自分の担当班のほうへ進んでいった。

※時告草の変化時刻について:九月半ば、太陽が朝の八時と十五時過ぎが同じくらいの高さになっているとしています。太陽高度は約三十度想定。

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