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038.野外学習のお誘い

 狩猟にいい季節、ということで、リヒトたち一年生は野外学習として森に出かけることになった。いつもルカが行く王都付近の森ではなく、学校を取り囲む森である。目的は実習で使う薬草採取と小型の魔獣を狩ることだ。生徒同士の親睦を深めるという狙いもある。

 森全体はつながっているが、今回はリヒトたちの寮の部屋から見える側――エルダーの森と呼ばれている側が使われる。より深く、古く、魔力に満ちた森であるとのことだ。


 ルカはそんな予定をリヒトから聞いてはいたが、自分も行くことになるとは思っていなかった。王都から戻ってきたときに、男性職員に声をかけられたのだ。リヒトが入学する前にシルジュブレッタを紹介してくれた職員だったため、話を聞かないわけにはいかなかった。


 ルカが頼まれたのは要するに護衛だった。魔術学校の生徒たちはべつに狩人になるわけではない。自分たちが素材にする植物はどのような場所に生えているのか、魔獣はどんな生態なのかを実地で学ぶのが目的だ。なんなら「ちょっと見るだけ」でよいのだ。だから危険な目に遭わないように、当日の護衛をしてほしいとのことだった。

 もちろん引き受けた。断れるとも思っていないし、なによりリヒトの安全のための仕事だ。受けないわけがない。

 野外学習は二日に分けて行われ、初日は貴族クラスの魔術使い・魔法使いの混合グループが九班に分かれて森に入った。ルカが護衛をするのは二日目の平民混合クラスだけだ。平民は人数が多く十八班に分かれるので、魔術学校の職員だけでは護衛が足りないのだ。


「下見も事前にしたほうがいいんじゃないでしょうか」

「ああ、それは大丈夫です」


 聞けば魔術学校には森番がいるらしい。彼が普段からよく見回って安全を確認済みの、全然浅いところしか行かないという。


「だからまあ、ルカさんには教師と一緒に、生徒たちが危ないことをしないかだけ見ていてほしいのです。生徒が出くわす可能性があるのは小型魔獣ですが、もし手こずったら手を貸してあげてください」

「なるほど」


 特に事前準備は必要ないとのことだったので、ルカは矢の補充だけ確認してその日を迎えた。



 当日は魔術学校の裏手の草地に集合だった。ルカたちの寮がある側だ。

 ルカは護衛のためリヒトより早めに来て後ろで待っていた。クラスごとにシンボルの旗があり、徐々に生徒たちがやってきて、その旗の前に整列していく。平民の魔術使いクラスはクプレッススとパルム、魔法使いは人数が少ないので貴族平民ともに一クラスずつしかなく、平民クラスはアクアといって水流をイメージしたような抽象的なシンボルが旗に刷られていた。

 生徒が来るたびに教師が紙切れを渡している。あれはなんだろう。一番後ろの生徒が見ているのを遠目に覗くと、なにかの絵とその周りに文章が書いてあった。


 ルカと同じくマロルネも護衛として参加している。めずらしくローブを着ておらず、女性用の幅広のズボンを履いている。聞くと、森歩きにいつものローブでは動きづらいのでこういった野外授業のときは着用を免除されるらしい。それは生徒も同じだった。後ろからでは魔法使いと魔術使いの区別がつかないが、ブローチは付けているので、グリフォンかユニコーンか見ればわかるようにはなっている。

 ルカは護衛だと生徒たちにわかるように、妙にぴかぴか光る銀色の腕章をつけさせられた。不服そうに左腕を見ていると、お揃いのマロルネがくすくすと笑った。


 集合時間になって入学式のときに見た仮面の女性教師が前に出てきた。彼女は黒いローブのままだ。


「全員揃ったようなので、始めます」

 彼女は仮面の向こうからよく通る声を出した。

「資料をもらっていない生徒はいますか? ……大丈夫ですね? 今日の目標は、そこに書いてある薬草を採取すること、そしてその過程で魔獣に出くわしたら、それを排除することです」

 なんとなく予想はついていたが、先ほどの絵は目当ての薬草のものだったようだ。


「説明の前に本日の班分けをします。全員、杖は持ってきましたね?」

 生徒たちはナイフほどの長さの杖を各々取り出した。

「その杖に魔力を流しながら、天を指すように頭上に掲げてください」

 ぴしっとした動きで全員が空に杖の先を向ける。どうやらこの先生はけっこう厳しいようだ。誰も無駄口を叩かないし、彼女が出てきた時点で緊張が走ったのが明らかだったから。むしろ入学式のときのほうが空気が弛緩していた。授業が始まって、怒らせてはいけない人物だとわかったのだろう。

 ルカが大勢の人間の動きが揃うのをものめずらしく見ていると、仮面の教師は小さな蓋つきの小瓶を取り出した。蓋を開けしばらくすると、小瓶が光を発していく。やがてその光は小粒となって小瓶の口から蛍のように舞い出てきた。朝の明るい時間帯でもわかる強めの光だ。


(それにしてもたくさん出るな。いったいなにをするつもりだろう)


 大量の光の粒が仮面の教師の周りを浮遊し、小瓶から新たに出てくるものがなくなるやいなや、その光の粒は先ほどまでの緩慢な動きから一転、すばやく生徒たちの杖の先に降り注いだ。


(……生徒の人数分の粒を出したのか)


 光の粒は生徒一人につき一粒ずつ、その杖の先に飛び込んだかと思うと、生徒は杖を基点に吊られたように地面から少しだけ浮き、びゅん!と様々な方向へ引っ張られた。


「わあ!」

「たすけて!」

「おかあさん!」


 阿鼻叫喚である。しかし移動の勢いの割に、誰も互いに接触していないようだ。あんなに振り回されているのに杖から手を離す者は一人もいない。離せないようになっているのかな。杖たちはやがて数本ごとに集まるようにして動きを止めた。生徒たちの足が地につく。いつのまにか、五人程度のかたまりに分けられていた。


「いま一緒にいる人たちが、今日活動を共にする班のメンバーです」


 生徒たちはみな一様に言葉を失っている様子だった。有無を言わせない、時間もかけない、強い意志を行動で示す。なるほど、この先生に楯突くには相当な実力が伴わなければ難しいだろう。新入生にとってはまず至難の業であるはずだ。


(さて、リヒトは…………いた)


 今日はリヒトのとある持ち物にマーカーをつけていたためすぐに見つかる。リヒトも他の子と同様、朝から若干疲れた佇まいをしていた。でもあの魔術具の仕組みを今日の夜再現しようと決意していることは後ろからでもわかった。ざわつく生徒たちのなかでただ一人、ひたと動きを止めて真っ直ぐ仮面の教師を見つめているようだったから。


 ほかの班は五、六人いるのにリヒトの班だけ四人しかいない。一人だけ女の子がいるようだ。リヒトと同じ黒髪を耳の少し下くらいで切り揃え、クリーム色のブラウスにすみれ色のズボンを履いている。ほかの男子二人はリヒトを見て仲良さそうに肩を当てに行ったので、どうやら同じ魔術使いクラスのようだ。ルカはリヒトに学友ができている様子を目の当たりにして、朝から良い気分になった。


「では説明を始めます」

 仮面教師の声で、雑然としていた空気がまた一気に張りつめた。粗相はぜったいに許されなさそうだ。

「みなさんはまだ魔術具を自分でつくれませんから、今日つかう魔術具は学校から貸し出します。説明を先にしますから、あとで班の代表が取りに来るように」


(ん……? そうなのか? リヒトはつくりたおしているけれど……)


 入学してしばらく経つのにまだつくれないのだろうか。ルカが不審顔をしていたのか、マロルネが近づいてきて教えてくれる。


「ルカさん、リヒトくんは特別ですよ」


 そうか。それもそうだ。なんといっても我が弟はすでに天才魔術師だからな。ルカは変装石をはじめとする様々な魔術具を自慢したくなったが、マロルネであってもそれは言えないのでもどかしく感じ、思わず拳を握った。


「貴族クラスは最近、初歩の実習である〈魔力を吸って出すだけの魔術具〉づくりを始めたところです。平民クラスはというと、貴族がすでに家庭教師から教わっている魔術基礎理論から始めなくてはなりません。読み書き計算の補講を受けている子もいるのです」

「なるほど。……もしかして貴族とカリキュラムが完全に分かれているのはそのせいですか?」

「まあ……建前上はそうですね。でも本音を言えば、魔術学校内に王国の身分差は適用されないはずなのですが、それが必ずしも守られるとは限りませんので」

「たしかにそうですね」


 魔術学校内もなかなか大変そうである。

いつも読んでいただいてありがとうございます。星で応援してくださる皆様も、ありがとうございます。めちゃくちゃ喜んでいます。

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