035.入学式
とうとう入学式の日がやってきた。
リヒトたち新入生は大講堂に集まることになっている。リヒトは新しい服に身を包み、ルカに買ってもらったブーツに履き替えた。黒いローブを羽織り、銀のバッヂをつける。そしてルカにくるくると回されて「似合っている」だの「賢そう」だのさんざんもてはやされた。本当にやめてほしい。リヒトは顔を真っ赤にして、もう十分とばかり逃げ出した。
さて、ルカは従者なので入学式には出られない。と思っていたのだが、寮の下まで来るとマロルネが立っていた。
「おはようございます、ルカさん。リヒトくんのご入学おめでとうございます」
「ありがとうございます」
今日も黒い三角帽とローブを身に着けて、感じのいい笑顔を向けてくれる。
「マロルネさんは入学式には?」
「私は教員ではないので出ませんの。シルジュブレッタ先生はお出になっているはずです」
「そうなんですね」
「ルカさんも出られては?」
「リヒトの晴れ姿は見たいのですが、従者は出られないと聞いたので」
「あら、べつに大丈夫ですわ。行きましょう」
そう言うとマロルネは大講堂のほうへ向かって歩き出した。大丈夫なのかわからないが、ルカもとりあえずあとについていった。
マロルネに誘導されて大講堂の入口付近の壁沿いに立った。後ろには結構スペースが余っているので、邪魔にならなければいてもよさそうだ。マロルネもそのままルカの横に立っていた。
生徒たちはすでに整列して座っている。礼拝所の造りに似ていて、真ん中の通路を挟むように横に長い机が並んでいる。生徒だけで百五十人程度だろうか。ルカから見て右半分が黒いローブの魔術使いたち、左半分がラベンダー色のローブの魔法使いたちだ。後ろから三列目に燃えるような赤毛が見える。スカーレットだ。リヒトは結構なかほどにいるのか見つけられない。
「前列中央から順に位の高い貴族が並んでいます。後ろ三分の二ほどは平民ですね。シルジュブレッタ先生がお持ちだった席次によると、リヒトくんは前よりのなかほどにいるはずです」
マロルネが小さな声で説明してくれる。なるほど、それでは見つけづらいのも頷ける。こんなことならリヒトにマーカーをつけておけばよかった。ルカは教えてもらった場所にあたりをつけて黒い頭を一人一人確認し、ようやくリヒトを見つけることができた。
奥が一段高くなっており、正面の壁にはグリフォンの意匠の旗が飾られている。中央に演台が設置され、両脇には華美な装飾の机と椅子が生徒側に向かうように並んでいた。大きな窓はステンドグラスで埋め尽くされており、それは古代の文字や守りの魔法陣でもあった。
いつの間にか段の脇にマロルネと同じ格好をした人が立っている。
「みなさま、静粛に」
よく通る妙齢の女性の声だ。「これよりグラハデン魔術学校の入学式を始めます」
顔がよく見えないと思っていたが、どうやら彼女は仮面をしている。黒い鳥のくちばしのようなものが、大きく顔からせり出して、目は分厚いレンズで見えない。
彼女が式次第を読み上げ、校長と呼ばれた男性が段の中央の演台まで出てきた。よかった。校長は普通のおじいちゃんだ。白い髭を生活に邪魔なくらい長く蓄えているが、それ以外は普通だ。黒いローブに金の刺繍。ステンドグラスの模様に似ている。そんなに高さが必要かと問いたくなるような黒い帽子。こちらは鍔のないものだ。
ジョルジオ・エーデルリンクと名乗った校長は、入学の祝辞を述べて、学業への激励をした。
続いて段の上の華美な席に座っていた白い装束のふくよかな老人が演台に向かう。年に一度、この入学式の日だけ魔術学校の領地に来るらしい。白い帽子から年齢の割に艶やかな金髪を覗かせ、自分の体がいかに重いかを訴えるかのように歩いている。彼は教会から来た教皇で、三年後自分のところへやってくるラベンダー色のローブの魔法使いにしか用はないが、一応全員に祝辞を述べた。
それから例の仮面の先生がクラス分けと各クラスの担任を紹介し、入学式は滞りなく終わった。
魔術使いのクラスは三つあり、ひとつは貴族、もうふたつが平民のクラスだ。平民の人数は多いので二つに分けられている。
貴族クラスは月桂樹をシンボルマークにした「ロウラス」、リヒトのクラスは糸杉を掲げた「クプレッスス」、もうひとつの平民クラスはナツメヤシの「パルム」という。クラスの名前は上級生も同じように分けられており、同じクラスの他学年生とは授業での交流も多いらしい。リヒトとすでに入っている寮がクプレッスス寮というので、このクラス分けは最初からされていたようだ。
マロルネがひそひそと注釈をくれるので、入学式のあいだルカは退屈しなかった。
※2022.05.28 誤字修正をしました。