032.リヒトに相談
ハンターズギルドにヤマウズラを売り、さっさと魔術学校の寮に戻った。ジュールラックにねだられて鮎を分ける。焼いてから持ってきてやろうかと言ったのだが、このカメレオンは川魚を生で食べてもまったく気にしないらしい。
部屋ではリヒトが相も変わらずなにやら勉強していたので、拾った石を渡し、ストーブで鮎を焼いて、ルカの部屋で二人で食べた。火を起こす魔術具も、けっこう使い慣れたものだ。
「ずいぶんいい鮎がいたね」
塩焼きを食べながらリヒトが言った。遅めの朝食のあとに寮を出て四の鐘に帰ってくるにしては、良すぎる獲物だ。頼まれた石も十分に拾い、さらに(これはリヒトに言っていないが)ヤマウズラも四羽仕留めている。「普通に歩けば泊りがけになってもおかしくない場所」に行ったのに、だ。聡明なリヒトが疑問に思わないはずもないのだが、ルカは気にしなかった。帰路で〈移動〉について詳しく明かす決心をすでに固めていたのである。
獲物の目だけにマーキングできない件を相談したいのが理由のひとつだ。リヒトのことだ。自分にはない発想をしてくれるかもしれない。
それに〈移動〉の本領を明かせば、時間を節約してリヒトといろいろな場所に出かけられると考えたからだ。好待遇とはいえ国に縛られることになる人生だ。自分がそばにいられるうちに、もっと自然を楽しませてあげたかった。こっちのほうが動機としては大きい。
だから鮎を食べ終わって一息ついたのを見計らって、切り出した。
「ちょっと私の〈恩恵〉について相談に乗ってもらいたいんだが」
そう言うと、リヒトは目を見開いてしばし静止したあと、急に居住まいを正した。
「どうした?」
「……兄さんの〈恩恵〉について、教えてくれるんでしょ?」
「ああ。できれば他言無用にしてほしい」
「もちろんだよ!!!」
椅子から身を乗り出して食い気味に答えるリヒト。なんだか目が血走って、息が荒くなっている。
「どうしたんだ? 大丈夫か」
「大丈夫! 大丈夫だからはいどうぞ!」
「いや、顔が赤いし、手も震えてるじゃないか。体調が悪いのか? もしかして鮎に当たったのでは……」
「元気だよ! 鮎はおいしかったよ! ごちそうさまでした!!!」
鬼気迫るとはこのことである。いつも冷静沈着なリヒトがいったいどうしてしまったというのだろう。
「でも……」
「僕が興奮してるのはしかたがないの! だって、いまから兄さんの秘密を聞けるんだよ? かしこまるに決まってるじゃん!!!」
たしかに秘密ではあるが、そんなに興奮するものでもないと思う。
「いやそんな大げさな。ちょっと人には言わないでねってだけで……」
「大げさなんかじゃない!」
どうしたんだ、弟よ。
「う、うん、まあいいだろう。では私の〈恩恵〉についてなのだが……」
ルカは戸惑いを残しつつも、〈移動〉の詳細を語りだした。
初めて発現したイノシシ事件から、ルカの検査の日に行った地平線上までの〈移動〉実験、〈相互移動〉だと判明したこと、その後わかった様々なことのすべてを。
リヒトはルカが話し終わるまで一言も発することなく聞いていた。口を真一文字に結び、ルカの目をまっすぐに見つめて、ルカが秘匿してきた情報をひとつ残らず聞き漏らすまいと集中していた。
「これがいまわかっている私の〈移動〉のすべてだ」
話し終わり、リヒトがなにか言うかと待っていたが、リヒトは一向に微動だにせずルカを見つめていた。ちょっと気まずいし、なにか反応してくれないと次の相談に移りづらい。
「……リヒト?」
呼びかけると、リヒトの肩がふるりと揺れた。
「……え? じゃあ、動く獲物の目をピンポイントで射抜くのって……え? 実力だったの?」
やっと反応したリヒトの第一声は、ルカの予想の斜め下だった。傷つくのだが。