031.ある思いつき
あれからまたひと月。リヒトはシルジュブレッタの研究室を訪ねて以来、水を得た魚のようにさまざまな魔術具をつくっていた。すでに本に載っていないものも自分の発想で作っている。日が落ちたら自動的に明るくなるランタン、部屋の汚れを感知して適切な道具を選び掃除する小さなマリオネット、魔力に反応して立ち上がる羽根など、数え上げればきりがない。伝書鳥ももちろんすぐにつくっていたが、王都に一緒に出かけたとき大量に飛ばしていたのはわけがわからない。
シルジュブレッタの研究室にも何度か顔を出しているらしく、「木の手」の再現にも目途がついたらしい。
また、ジュールラックのこともちゃんと見られたようだ。肉を渡して色を変えているところを興味深げに観察していた。ジュールラックはつなげる場所を変えるときに色を変えているらしい。だから前と同じつなぎ先なら真鍮色のままでいいそうだ。ただし初めて奨学生が来たときはサービスで見せている、と枝耳兎の肉を咀嚼しながら教えてくれた。
リヒトはルカが王都で行きたいところの近くに出してもらえていることを知り、「たぶん兄さんはジュールラックを一番使いこなしてるよ」と肩を落としていた。
今日はリヒトに頼まれて王都の東側の山中を流れる川に来ている。狩猟の合間に川で拾える石を持ち帰ってほしいというのだ。ここがマロルネに聞いた穴場らしい。ルカにはよくわからないが、魔術を組み込むのに透明度の高い鉱石は相性がいいらしい。つまりはリヒトの魔術具づくりの材料集めである。
リヒトは「狩りのついで」で、「もしあったら」と強調していたが、リヒトに頼まれた時点でルカにはそれが最優先となる。
人気がなくなったのを確認して渓谷の奥に〈移動〉する。川を見ると、季節がいいのでよく太った黒鮎がたくさんいた。
(〈移動〉の本領を明かしていれば、リヒトも連れてきてやれたのに)
リヒトも山歩きには慣れているが、毎日睡眠時間を惜しんで勉強しているなかで、ここまで来るのはつらいだろう。それに普通に歩けば時間もかかり、泊りがけにせざるを得ないかもしれない。だからルカはリヒトを連れていくときは森の浅いところまでしか行けていなかった。
川原で焼いたら格別の旨さだろう。帰りに何匹か獲って寮で焼いてやろう。〈移動〉で帰れば味もそうは落ちまい。
ルカはリヒトに頼まれた石――黒曜石を見つけては拾い、ヤマウズラがいたので素早く矢をつがえ仕留めていく。
鳥は目が小さいので普通に首や胴体を狙う。数羽いたのに二羽しか仕留められなかった。
狩った獲物に近づいたときにルカは突然あることを思いつき、脳天に落雷を受けたかのごとく静止した。
獲物の「目だけ」と「自分の矢」を〈相互移動〉できるのでは――。
そうすればルカは視界に獲物を入れるだけで、次の瞬間、目から頭に矢が突き刺さった獲物が得られる。
これはとんでもないことだと思い、しばらくしてまたヤマウズラを見つけたときにやってみた。
結論から言うと、できなかった。
「目だけ」にマーカーをつけることができなかったのだ。何度やってもヤマウズラ全体にマーキングされてしまう。
(世の中そううまくはいかないか……)
ルカはちょっとがっかりしながらも、弓の腕前がまったく関係なくなってしまっては楽しくないとすぐ思い直した……が、
(部分的にマーキングするのは本当に無理なのかな)
〈恩恵〉の謎として気にならなかったかと言えば、それはまた別の話である。