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025.入学前のモラトリアム

 ルカはリヒトにローブをまとってもらい、一通りちやほやした。リヒトは照れているのを隠そうと無表情を決め込んだが、頬が赤くなっているのでごまかせていない。

 そのまま食堂に行くことにした。食堂では恰幅のいい、笑顔の素敵な女性が育ち盛りの男の子にぴったりな量の食事を出してくれた。今日は肉野菜炒めとトマトと豆のスープだ。夕食にはまだ早い時間だったようで食堂にはルカとリヒトしかいない。食事をとりながら今後の予定を話した。


 リヒトの授業開始まであと三ヶ月近くある。先ほどの説明書きによると入寮手続きが終われば校内施設は好きに使える。

 入学前なのになぜそんなに早く王都に来なければならないかというと、国が確実に人材を確保するためだそうだ。これは来るときの馬車のなかでスカーレットが教えてくれた。

 以前は我が子を国に取り上げられたくないと無茶をする親が結構いたらしい。里帰りもできるから取り上げられるというわけでもないのだろうが、手塩にかけた跡取りだったりすると給付金と引き換えにできるものでもない。替え玉を送り込む事件もあり、三権(王家、教会、魔術学校)は生活費の負担を増やしてでも奨学生を早めに確保する方針にしたのだそうだ。

 だからリヒトは誕生日の関係で三ヶ月しか待たなくてよいが、秋分に検査を受けて奨学生になった子は、九ヶ月も待たされることになる。逆に夏至に検査を受けた子は入学手続き後、即座に入学式となり準備期間が一切ない。誰が考えた制度か知らないが困ったものである。


 そんなわけで生活が保証されているのに暇、という期間がリヒトにはある。まずはなにをして過ごそうかという話になった。


「そういえばリヒトの従者枠で来ているわけだから、なにか従者の仕事はないのかな」

「勘弁してよ。ほかの平民の子は従者枠なんて利用してないんだよ? 一人でも大丈夫だよ」

「しかし建前上……」

「兄さんはせっかく村から出られたんだ。好きに王都見学したり、狩りに行ったりすればいいじゃないか」

「ふむ……では狩りはするとして、なにか仕事でも探そうかな」

 従者としての役割がないのであれば、金を稼いでリヒトの服でも買ってやりたい。成長期なので今後も入り用になることは間違いないのだ。


「リヒトはどうする?」

「僕は……」

「どうした?」

 めずらしくリヒトが言葉を濁したので気になって顔を覗き込んだ。

「一緒に狩りにでも行こうか。薬草摘みでもいいし、鉱石拾いでもいいぞ」

 ルカが小さい子をあやすような声を出したものだからリヒトは困ったように眉を寄せ、白状した。

「そうしたいけど……ちょっと勉強しようと思ってる」

「勉強? 入学前にか」

「うん、予習。僕、今日見せつけられたこと、わかるようになりたいんだ」

 リヒトは目に強い光を灯して言った。

「見せつけられたこと?」

「うん。あの門のカメレオンも、『木の手』も。どうやって動いてるのか僕にはわからなかった」

 ルカは不思議だな、で済ませていたことである。リヒトはそれを理解したいのだ。リヒトの美点はこの疑問を持つ感性と向上心である。

「それをわかるようになるのが、ここでの勉強なんじゃないのか?」

「それはそうなんだろうけど、見せつけられてるのにわからないなんて許せないんだよ」

「そういうものか」

「うん、わからないまま三ヶ月を無為に過ごすなんて嫌だ」

 リヒトはいままでわからないことをわからないままで流したことなんか一度もないのだ。この意欲を支えてやれずになにが兄か。

「うん、わかった。がんばれ」

「うん」

 三ヶ月の方針を決めた兄弟は決意を目に、にっと笑い合った。



 食べ終わって食器を戻していると、食堂の女性が話しかけてきた。バルバラというらしい。三角巾の後ろから麦穂色のカールの細かい髪が束ねられて飛び出している。血色のいい肌にはそばかすが散っていて、躍るような緑の目を持つ、元気を絵にかいたような女性だ。

「ごめんね、話してるのがちょっと聞こえちゃったんだけどさ、あんたたちは狩りをするの?」

「僕はしません。兄が狩人なんです」

 ルカはリヒトに手で示されてにこりと微笑んだ。バルバラの目が輝き頬が紅潮する。

「あらあらあら! そうなの!? すごいわねぇ! そんなに華奢に見えるのに!」

 バルバラは声を弾ませた。

「あたしの旦那がね、王都のハンターズギルドに登録してるのよ。狩り自体は趣味程度なんだけど、ギルドメンバーだと狩猟依頼を受けて小遣い稼ぎができるからね」

「ほう」

 ハンターズギルド。村にはなかった組織だ。

「それは狩った獲物を買い取ってくれる組織ということですか」

「そう、そう! よかったら今度行ってみたら?」

 ルカはハンターズギルドの場所を聞き、明日にでも行ってみようと思った。


「そういえば、ここは王都のなかにあるんですか?」リヒトが聞いた。

「ああ、ここは……王都ではないね」バルバラは意味ありげに笑って答える。「門のカメレオンには会っただろう?」

「ええ」

「あいつが王都とここをつないでいるのさ。この魔術学校が本当はどこにあるのか、あたしらも知らないんだ」

「え、働いてるのに知らないんですか?」

 たしかにそこは驚くところだ。

「だって給料がもらえりゃ文句はないからね」

 バルバラは思った以上におおらかな人だった。



 浴室で体を清め、ようやく部屋で人心地ついた。

 リヒトはルカのベッドに寝転がって教科書を流し読みしており、ルカは空いたスペースに腰かけて熱心な弟を見て和んでいた。

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