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024.魔術学校と入寮

 振り返ると入ってきたのと同じ鉄の門が立っている。そう、広々とした草地にぽつんと、門だけが自立している。王都で漆喰とレンガの建物を囲っていた鉄柵は影も形もない。装飾はあったが、ジュールラックは動かない。真鍮色のまま、装飾の一部として静止している。いや、正確にはジュールラックの右半身(・・・)だ。ぐるりと見渡すとどの方角にも遠くに森が見えたので、ここは森の中にすっぽりとできた空地のようだ。四方八方が森なのに、建物群を囲う塀はない。獣が来ないのかと思ったが、ここは魔術学校だ。なにかルカには知り得ない対策が施されているのだろう。


「入寮手続きの方ですかー? こちらですよー!」

 声がかかり振り返ると、一番手前の巨大な館からラベンダー色のローブを着た女性が出てきていた。ルカの母と同じくらいの年齢に見える。


 スカーレットはその女性がそのまま入寮手続きをしてくれるということで、女子寮への分岐で別れた。最初館だと思っていた建造物は事務職が常駐している事務棟で、建物の正面はくり抜かれたようにトンネル状の通路にもなっており、そこをくぐると中庭を囲むようにして学習棟、研究棟、学生寮などが立ち並び、各棟へ延びる石畳の道が敷設されていた。すべての建物がここから見えるわけではないが、平民の男子寮は一番奥の西側らしい。


「中庭に入らなくても敷地の外をぐるっと回りこむようにして行けそうだよね」

「慣れてからならよいが、今日は説明された通りに行こう」


 リヒトが言うのもわからなくはない。中庭は「ちょっとした庭」というよりは「ちょっとした林」なのだ。拓けてベンチなどが置いてある部分もあったが、鬱蒼と木々が生い茂っている場所もある、広大な庭である。


「王都の四区画分くらいの建物はあるんじゃないの」

「うん、ここまで規模が大きいとは知らなかったな」


 中庭だけでなく、それぞれの建物と建物のあいだには池や噴水、花壇や畑などもあって、王都とは一概には比べられない。だが、学内の地理感を身につけるまでにはしばらくかかりそうだと覚悟するくらいには広かった。


 男子寮に着くころにはもう空が茜色に染まりかけていた。

 入口横の扉をノックするとカウンターから生えているような小窓が素早く開いた。大きさはルカの小さな頭が入るか入らないかくらいなので、小窓の向こうの人物は見ることができない。


「ポルカ村のリヒトと、従者のルカです」

 ルカがその小窓に向かって声をかけると、にゅっと手が出てきた。「木の手」だ。手首や指の関節に当たる部分に球体に削られた木がついていて、人間の手そっくりの形態をしている。村にも木を削り出した女児用の人形はあったが、こんなに精巧なものは見たことがない。その手はいかにも人間がやるように指だけをさらに突き出して、鍵を二つ、差し出していた。


「ありがとうございます」

 その鍵を受け取って廊下を進む。刻まれている数字が同じなので、同室の鍵をルカとリヒトがひとつずつ持てるのだろう。三階の部屋が割り当てられているようだ。


「あれも魔術具なのだろうか」

「うーん、調べる隙がなかったからわからないな。一部しか見えなかったし。この魔術学校のことだから、生きている可能性も捨てきれないと思う」


 階段を昇り、目的の部屋番号の扉まで辿り着いた。三階の一番奥だった。

 鍵を開けて入室すると、玄関に当たる小さな空間の奥に二間ある。手前が少し狭めのルカの部屋、奥が少し広めのリヒトの部屋だ。リヒトは広いほうをルカが使うように言ったが、これから学業で必要な荷物が増えるかもしれないし、なにより通うのはリヒトだからと説得した。森に面しているので窓からの景色が良い。ルカとリヒトはさっそく窓を開けて風を入れた。


「よい部屋をもらえたな」

「うん」


 キューイ


 森の奥から耳慣れない鳥の声が聞こえる。あそこにはどんな鳥や獣がいるんだろう。ルカはオレンジに輝く空と夜に染まりかけた森を見て、深く息を吸い込んだ。


 そのあとじっくり室内を調べると、玄関スペースの横には簡素な給湯設備があった。小さめのストーブもあるので簡単な調理くらいならできそうだ。薪は勝手にどこかで拾ってきていいのだろうか。

「炎を出す魔術具が設置されてる」リヒトが言った。

「ほう。では練習しなければいけないな」


 あとは各部屋にベッドが一台と机と椅子がひとつずつ。クローゼットと、リヒトの部屋には空の棚もあった。どれも使い込まれているが、リネンだけは綺麗なものが畳んで積まれていた。

 リヒトの部屋の机の上に気になる木箱が置いてある。蓋を開けると、それは学校からの支給品セットだった。


 ローブとバッヂ、教科書が四冊、あと紙が一枚ぺらりと入っており、支給品の一覧と説明、学内では必ず身に着ける旨が書いてある。魔術使いは黒いローブ、そして平民を表す銀色のバッヂには、魔術学校のシンボルであるグリフォンの意匠が彫られていた。

 説明書きによると、ラベンダー色のローブは魔法使い用だそうだ。


(スカーレットをつれていった女性は魔法使いだったのか)


 従者には服装規定はない。各貴族家のお仕着せを着ているのが普通だろうが、ルカにはそんなものもないので通行証代わりの指輪だけ身に着けていればよい。でも生徒と同じように寮の食堂で朝晩の食事も出るし、浴室も自由に使える。


(これがヴォルフの言っていた『とりあえず権利だけ確保しろ』ということか)


 王都を歩きながら村とはまったく違う物価を見て、とても暮らしていけないなと感じていた。でも魔術学校では衣食住のうち食と住が無償で与えられている。まったくすごいことだとルカは改めて感心した。

※2022.06.05 誤字修正をしました。

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