022.王都に到着
森を抜けるとさっと視界が開け、王城が目に飛び込んできた。遠目からでも白亜の塔のそびえる様は壮観だ。
王都はぐるりと壁に囲まれていて、門の大きさ、建築の技巧、常駐者の数が町とは段違いだった。町も壁に囲まれていたが、それはあくまで石の壁であり、門の横に門兵が駐在する小屋があるだけだった。ここのように門や壁自体に建物としての厚みがあり、中に兵がいたり屋上にも大砲が設置されていたりはしない。ちなみにポルカ村は獣除けの木の柵が途切れたところを門と呼んでいる。門兵などもちろんいない。
王都門に着くともうおじさん騎士の連絡がいっていたらしく、馬車は敬礼で迎えられた。もちろんルカたちにではなく、殉職した仲間に対してだ。
入門するなり負傷者と遺体は騎士団専用の馬車で運ばれていく。
ルカたちも馬車を降りて自分たちの荷物を持った。若い騎士は心身ともに疲れ果てているだろうに、荷下ろしを手伝ってくれた。
「奨学生ってことは、すぐ入寮だな」
「はい、弟がですけど」
「もしかしたら騎士団から聞き取りがあるかもしれん。まあ俺たちからの報告だけで事足りると思うが」
「わかりました」
若い騎士は念のため、とルカたちの名前だけ控えて去っていった。
本来各学校の前まで馬車で送ってもらえるはずだったので、ちょっと歩くことになってしまった。場所は門兵が教えてくれたので問題ない。
リヒトとアレクが再会を約束しながら話している後ろで、ルカとスカーレットは特に会話もしないで黙々と歩いていた。
「ねえ」
「ん?」
「あなた、弓使うのよね」
「そうだよ」
「あなたなのよね?」
「なにが?」
「なんでそこですっとぼけるのかわからないんだけど、どう考えたってあなたしかいないでしょ? 弓」
「なにが言いたいのかわからないのだが、弓を持っている者など掃いて捨てるほどいる。狩人もたくさんいるし」
「でもあの時あの場で射った可能性があるのはあなただけだわ」
「そうかな」
「そうよ」
「通りすがりの狩人かもしれないよ」
「その言い訳がわたし以外にも通用するといいわね」
「出会ったときから思っていたのだが、十歳の割に切り返しが良いな」
「わたしは優秀なの。なんてったってクィントローネ商会で将来を嘱望されていた跡継ぎ令嬢なんだからね!」
「跡継ぎ……だったのか」
「もう違うけどね」
「誰が継ぐんだ?」
「お母さまに次の子ができなかったら、従兄を養子縁組するって」
「そうか」
「がんばってきたのはわたしなのに」
うむ、まあ十歳なりにがんばったのだろう。がんばっていなければここまでの受け答えはできない。うちの弟ほどではないけれど。
「進路変更されるのが早めでよかったと思うしかないのではないか?」
「されたくなんてなかったのに」
「でも君の治癒魔法は誰からも感謝される」
「……」
スカーレットはめずらしく返答に窮した。
「どうした?」
「わたしこわいのよね。自分の魔法で、人の生死にかかわる場面にいつも立ち会うことになる。いままでそんなこと考えたこともなかったのに」
「でも君、迷わなかったじゃないか」
「迷ったら間に合わなくなるかもしれないからね」
「そうだね」
(狩りと似てるな。こっちは命を刈り取るほうだけど――その一瞬を逃したら、終わりだ)
「で、なんで隠してるの?」
「え?」
「弓」
「隠してないよ」
「え?」
「隠してない」
「ああ、弓は、ね」
スカーレットはルカが隠している部分を正しく理解した。
馬車はあの現場から一レグレーム手前にあると騎士に言った。ルカがスカーレットを抱き上げてから現場に到着するまでにかかった時間と、一レグレームを走るのに普通かかるはずの時間。そこの差に触れられてしまうと、ルカはどうしようもないのだ。
「……ほんとうに君、十歳?」
「とりあえずもし騎士が聞き取りに来たら、わたしは『ショックで細かいことは覚えてないからルカさまにきいて』って言うわね」
「……助かるよ」
※2022.05.21 脱字修正をしました。