019.進路予定
「ぐぬぬぅ……」
スカーレットが悶えている。そろそろフォローを入れねばなるまい。
「じゃあ、スカーレットはリヒトと同じグラハデン魔術学校に行くのかい?」
「え、ええ! そうよ! 魔法系は本来教会預かりなんだけど、基礎科目は魔術学校で習うの。だから三年生までは魔術学校で勉強して、四年・五年は教会で実習を受けるっていうわけ!」
「預かり……?」
魔術学校は五年制だ。それはいいとして、預かりとはなんだろう。
「預かりっていうのは将来仕事をする配属先のことだよ。〈恩恵〉によってどの機関に勤めるのかが変わるんだ」
ルカの疑問を見通したようにリヒトが言った。スカーレットが小さく「あ! また!」と言っている。
「この国には三権って呼ばれる対等な機関があるでしょ?」
「王宮、教会、魔術学校ね」
すかさずスカーレットが割り込み、リヒトはちょっと眉をひくつかせた。
「うん。それで、戦闘に長けた〈恩恵〉持ちは軍学校に入って卒業後は王国軍に配属、魔法使いは教会に、魔術使いは魔術学校の魔術師団に入るか王宮の文官に、ってだいたい決まってるんだよ」
「そうだったのか」
「まあ完全にそう分けちゃうと人材が偏り過ぎてうまく回らないから、融通は利くみたいよ」
「なるほど」
スカーレットはなんとか会話に乗り込むことに成功し、一気に機嫌が良くなった。
「じゃあ卒業後はスカーレットは教会、リヒトは魔術師団か国の文官ってことか」
「そうね」
「ちなみに僕は王国軍です」
それまでみんなの会話を聞いていたアレクサンドルが入ってきた。
「えっ? じゃあアレクサンドルは戦闘系の〈恩恵〉ってこと!? 見えないー……」
スカーレットが天然で失礼なことを言う。とはいえルカもリヒトも内心同意してしまった。
「ははは……長いからアレクでいいよ。僕もほんの十日前まではとても自分が戦闘系だとは思ってなかったし」
アレクサンドル、もといアレクは眉尻を下げて猫背になった。本当に気弱そうだ。軍学校に行くのに大丈夫だろうか。
「ねえどんな〈恩恵〉なの?」
「おい、他人の〈恩恵〉を聞くなよ」
興味に駆られたスカーレットをリヒトが注意する。
暗黙の了解であるが、世間では自分から話さない限り〈恩恵〉を他人が聞くのは失礼とされている。良い〈恩恵〉を得た者は奨学生になるので勝手に広まってしまうが、自慢したいのでない限り話す必要がないからだ。ルカが村人の恩恵をいくつか知っていたのも、自慢して自ら明かしていた者だからだ。あとは家族の〈恩恵〉しか知らない。ヴォルフのさえも知らないのだ。
「べつにいいよ。奨学生だし。僕の〈恩恵〉は〈聖剣の使い手〉っていうんだ」
「せいけん……って、聖なる剣の聖剣?」
「そう」
「嘘でしょ!?」
本当に失礼である。
「いやだって、ルカさまもそう思ったわよね!?」
スカーレットはいつから自分を「さま」付けしていたっけ。というかこちらに振らないでほしい。ルカだってこの少年が〈聖剣の使い手〉と言われてもぜんぜんピンと来ていないのだから。
窓外の景色が森になってしばらく経つ。
「みんなはこの森入ったことある?」
アレクが外を見ながら話を振った。
「当然よ!」
スカーレットの食いつきが非常に良い。
「私は周辺の村じゃなくてあの町出身なの。クィントローネ商会。あなたたちも聞いたことくらいあるんじゃなくって?」
「ないね」
「ない」
「……すまない」
男子二人が無邪気に答えてしまったために、なんとなく謝るルカ。
「ほんっとーに田舎者なのね!」
スカーレットは怒って腕を組んで座りなおした。
それにしても、そうか。商会の娘さんだったのか。たしかにかなり仕立ての良いワンピースを着ている。首元や袖口にレースがあしらわれ、刺繍で花の文様が入ったスカート部分は足首までたっぷりと生地があった。荷物もルカたちやアレクは背負子に布袋を固定したものだが、スカーレットは革ごしらえの鞄だったのである。
「町で展示されていた耳打牛は見た?」
「ああ、あれね! もちろん見たわ! あそこで解体ショーもやったのよ」
スカーレットは得意気に話していたので気づいていないが、アレクは解体と聞いてちょっと青ざめている。本当に軍学校で大丈夫だろうか。
「わたしたちの検査の日よね。あれが出たの」
「うん、この森から出てきたはずだ」
リヒトがうなずくのを見て、ルカも同意する。この目で見たので間違いない、ということは言わない。
「通って平気なのかな」
あのレベルの魔獣がまだいるのではという想像に至ったのだろう。アレクが青い顔のまま言った。
「あれからすぐ王都から応援があったのよ。王国軍騎士団と魔術士団のね」
「へえ」
スカーレットは町にいただけあって情報通だ。
「ひとまず街道の安全性は確認したらしいけど、まだ警戒に当たってるそうよ。町に滞在してた騎士も多かったし、森の中も街道付近に散らばるようにして探索してるんですって」
「じゃあまだ安全かどうかってわからないってこと?」
「でもあんな大きな耳打牛、突然変異だし仲間もいないでしょ」
ルカはアレクとスカーレットのやりとりを聞きながら考える。
騎士団と魔術士団がわざわざ来て調査したのか。
一頭だけ突出した個体を盗賊が運悪く引き寄せてきた。それ以外の理由があるのか? 仕留めたあとで、そんなにしっかり警邏しないといけない理由が?
そもそも耳打牛が襲ってきた時点で、すでに町のなかには不自然なくらい多くの王都の兵士がいた。なぜあんなにいたんだろう。いつもあのくらいいるものなのか?
「ルカさんは弓を使うんですか?」
「え? ……ああ、うん」
アレクがルカの荷物から出ている弓に目を留めて言った。
「兄さんは凄腕の狩人なんだ。アカミミオオカミもホホグロジカも単独ハントしてるんだからな」
リヒトが自分のことのように得意気に言った。
「え! すごい! ホホグロジカは角も薬になるし、皮もすっごく柔らかくて色も綺麗で高値で売れるのよ!」
スカーレットが食いつく。たしかにあれは高く売れた。今回町での買い物ではたいた貯金も半分はあの皮から来ている。
「兄さんは五歳のときから村で一番の狩人に弟子入りしててね。十三で一人前って認められたんだ」
「へー! すごい!」
「じゃあすごいのはその師匠なんじゃない?」
素直に褒めてくれるアレクに対して、スカーレットは辛辣である。リヒトは途端に殺気立った目をスカーレットに向けたが、ルカが「まあ、そうだね」と流したので開きかけていた口を閉じた。
ヴォルフはすごいのだ。それは事実なので納得である。