017.旅立ちと買い物
ルカはリヒトと一緒に魔術学校へ行くことにした。
ヴォルフとの話を父に伝えると、父は笑って承諾した。リヒトはルカの同行を聞くなり花が咲いたように顔を輝かせ、いつもの理知的なリヒトに戻って今後の予定を話し始めた。そんなリヒトの変わり身の早さを見て、なだめるのを担当していた母は愕然とした顔をして言葉を失っていた。
冬休みには帰ってくるので、大袈裟な別れにはならない。ヴォルフに餞別としてイノシシを一頭狩ったくらいだ。出立の日に実家に寄り、両親に挨拶してリヒトと旅立った。
手続きの締め切りまであと四日しかないが、宿代を自分たちで出しても最終日ぎりぎりにすればよいのではないかという話になった。村から持ってきたのは着替えとリヒトのお気に入りの本、そしてルカの狩猟道具くらいで身軽なものである。ヴォルフはとうとうあの二冊をリヒトに取り上げられてしまったのだ。笑える。
町に着くと安宿を取り、さっそく買い物に出かける。服屋を探して歩いていると、町の広場に出た。ひとところに集中して人だかりができており、その中心部に板に張りつけられた黒っぽい獣の毛皮が見えた。半分近くが人間の身長から上に出ているので相当大きなものだ。
「兄さん、見に行こうよ!」
「ああ」
人混みからリヒトを守りながら前へ出ていく。最前列に来ると、立派な毛皮が全貌を現した。
「大きいねぇ」
「ほんとだな」
「あ! そっちに説明書きがあるみたい!」
立派な獲物に感心していると、リヒトが左わきに立て札が掲げられているのを見つけた。
「えっと……あ、検査の日に討伐された魔獣だって!」
「え?」
リヒトの言葉でびっくりして立て札を読む。それは王都の兵士が設置した正式な触れ書きで、町を脅かした耳打牛という魔獣であり、突然変異レベルの巨大な個体だと書かれていた。
そして最後に、討伐に協力した弓使いの青年の情報を求むとあった。全身をシーツで隠していたはずなので姿は見られていない。一瞬シーツを手放したが、混乱で見ていないだろう。その証拠に身体的特徴はおよその身長しか書かれていない。「青年」というのも、ルカの身長は十五を前にして伸び切っていたので、大人だが声からして年齢は若そうという判断になったのではないだろうか。
気にしない気にしない。自分はなにも見なかった。
「兄さん、弓だって」
「うん、そうみたいだな」
「僕が凄腕の弓使いを探せって言われたら、ぜったい兄さんなのになぁ」
リヒトがかわいいことを言ったので頭を撫で、ルカはご機嫌で買い物に向かった。
リヒトに町で新品の服を何着かと筆記用具を買った。金は両親から預かっていた。特に着替えは兄とルカのお下がりばかりだったリヒトに、王都の学校で恥をかかないようにとの親心だ。ルカは狩りでこつこつ貯めていた金があるのでブーツを買ってやった。これで入学式には上から下までぴかぴかの晴れ姿が見られるはずだ。
締め切り日に入学手続きをするため役所に行くと、貴族じゃないのに同伴者申請をしたことで受付のお姉さんには驚かれたが、「まあ、文書に書いてありますしね」と受け入れられた。やはりかなりめずらしいことらしい。
お姉さんは一度奥に行って戻ってくると、ムーンストーンのような白みがかった石のついた指輪を二つ、銀の皿に載せて戻ってきた。
「こちらは魔術学校の通行証になります。学生の方、つまりリヒトくんにとっては学生証でもあります。血をほんの少しでいいので、この石につけてください」
言われた通りに指の先をナイフで傷つけ、白い石につける。すると石が煌々と光り、その光が収まるとつけたはずの血は消えていた。リヒトもじっと指輪に見入っている。
「これで指輪の登録が終わりました。この指輪は魔術具であり、登録者以外がこの指輪を身に着けても、通行証の役割は果たしません。失くすとグリフォンに噛み殺されるらしいので失くさないように。指のサイズにかかわらずぴったりに変形しますので、ずっとはめておかれるのがよいでしょう」
冗談なのかなと思ったが顔がぜんぜん笑っていない。再発行の制度はないようだ。
迎えの馬車は今日手続きに来たほかの子たちと乗り合いで、明日になるらしい。二人は今日の分の宿賃をもらって、安宿に帰った。
※2022.05.21 誤字修正をしました。