013.町での騒動
今回も昼前に無事に町に到着した。リヒトは初めて町に来たので、ものめずらしそうに見て回った。今日のために狩りで金を貯めていた。リヒトが欲しいものなら買ってやりたいのが兄ごころだ。
とりあえず買い物は検査が終わってからという話になり、みんなで例の食堂で昼食をとった。リヒトが目玉焼きの乗った挽肉焼きを感慨深げに味わっている。ほっぺが桃色に染まってたいへんかわいい。
礼拝所に来ると結構長い列ができていた。中年の引率は少し離れた広場で荷車を留め待っていると言う。疲れたようにどっかりと荷台に腰かけたのを見て、休憩したいのだなと理解した。保護者と一緒に並ぶ子どもはいないのでルカも列から離れるが、急にぽっかりと時間ができてしまい、塀にもたれてゆっくりと列が進むのを見守っていた。
急に塀の向こうが騒がしくなった。検査の日に合わせて市が立っているが、そういう楽しげな賑わいとは別の種類の喧騒だった。弟たちを見るとまだ列の中ほどにいる。ルカは弟たちに、検査が終わったら礼拝所の敷地内の花壇で待つように言うと、礼拝所を出て様子を見に行くことにした。
フードを深く被り、露店の女性に声をかける。
「どうかしたんですか?」
女性は不安げな様子で通りの奥を覗くようにしていた。ルカを見て一瞬驚いたようだが、急いで顔を取り繕って答えてくれた。
「いやね、北門のほうで、なんか盗賊が町に押しかけてきてるって聞いたんだけど」
女性が通りの奥を気にしていたのは、そちらが北門のほうだからだ。盗賊がやってきていないか心配だったらしい。隣の露店の店主とどうすべきかと相談を始めた。ルカは礼を言って北門へ向かった。
(いや、おかしいだろう。年に四回だけある検査日で、町に王都から来た兵士がいるんだぞ)
なぜ兵力がいつもより大きいときを狙ってくる必要があるのか。
幸いリヒトは礼拝所の敷地内にいる。あそこなら兵士もいるし、いざとなっても子どもたちの避難誘導くらいはしてくれるだろう。盗賊が来るなら北門へ向かっているルカのほうが先に出くわすはずだし、そうしたら〈移動〉で即座にリヒトのもとへ戻り回収して逃げればいい。
そのため、ちょっと様子を見に行こうとするのに躊躇いはなかった。
屋根伝いに行けないかと目を上に向ける。盗賊襲来の報が町中を駆け回ったせいだろう。北門近くの区画に来ると、みんな窓も扉も閉め切っていて道は閑散としていた。さっきまでの区画の、穏やかな空気のなか窓を解放して洗濯ものを干していたり、窓から顔を出した女性がご近所さんとお喋りしていたりといった景色が嘘のようだ。この緊張は北門を中心にどんどん広がっているのだろうと推測できた。
露店に残っていたわずかな商人も、大急ぎで片したり、もう商品は諦めたとばかり売り上げだけ持って逃げ出したりしている。
これなら〈移動〉を誰かに見られる可能性は低い。
ルカは人気のまったくない路地裏に入ると、マーキングした小石を近くの屋根の上に放り投げて〈移動〉し、屋根に上がる。その後も視界に入るそこそこ遠目の屋根にマーキングしては〈移動〉していく。こちらで用意しなくても屋根の上には意外と小石や葉っぱが乗っていた。鴉が咥えてくるでもするのだろうか。不思議だ。
北の町外れまでやってくると、男どもが怒鳴りあっている声が聞こえてきた。
(あれが北門か)
ルカたちが入ってきた南門とほぼ変わらない造りの簡素な石門に、大勢が集まり鎧や槍がぶつかり合う音が聞こえている。戦闘……という感じではない。もめているのは間違いないが、武装した兵士がひしめきあっているために互いにぶつかって金属音がしているだけだ。
結構な人数だ。王都からこんな辺鄙な町にあんなに人員を割くものなのだろうか。町の自警団にしては装備が立派だし、以前見た王都から来た軽薄兵士と同じ甲冑なので、王都の兵士で間違いないと思う。……いや、よく見るといかにも町の自警団といった体の革の防具を着た者もいる。ごちゃまぜなのかもしれない。
盗賊のほうは門の向こうにいるらしくここからは見えない。とはいえ門に寄って見えなくなる程度の人数しか来ていないということだ。これなら数の力で抑え込める。ルカは兵士に任せればいいと安堵の息をついた。そのとき。
高いところから遠くに目を遣ったからわかった。
なにかでかいものが、町の外、遠くの森からすごい速さでやってきている。森を抜けてもところどころに低木の茂みがあるせいか、門からはまだ見えないのだろうか。
(なにあれ)
あんな大きさで、あんなスピードで走れる獣をルカは知らない。
(魔獣?)
魔獣とは獣の一種であることには違いないのだが、魔法を使うことができるものの総称だ。体の形から想像できる以外の攻撃方法や守りを持つため、魔獣狩りには専門知識が要求されると聞く。
生息域の偏りか、ルカの村付近には魔獣はまったく出ない。ヴォルフが村に来るきっかけになったはぐれ魔獣が来たのは、ルカが生まれる十年以上前のことだ。
十五年の人生で一度も見たことがないのだから、違うかもしれない。でももし魔獣じゃなくても、確実に町を襲おうとしているアイツに誰も気づいていないのはよろしくない。
盗賊(?)はアイツから逃げてきたんじゃなかろうか。
そしてよりにもよって町まで引きつけてきてしまったんじゃないのか?
おそらく身分証もないだろうし、門で止められたのを強引に入って大騒ぎになったんじゃないかな。
いや、いまそんな推測をしてる場合ではない。ルカは心の中で謝りながら洗濯物として干されていたシーツを纏い、口元だけが出るようにしてほぼ全身を隠した。
「魔獣が来るぞーーーー!!!!」
屋根の上から声の限りに叫んだ。
人が一番密集しているところは喧騒が凄くて聞こえてなさそうだが、周囲にまばらに散って警戒していた兵士たちがルカのほうを見上げた。すごく不審な顔をしているのがここからでもわかる。
(すまないな)
ルカは魔獣が来ている方角を指差してまた声をあげる。
「魔獣だ!!! 町に近づいてくるぞ!!!!」
どよめきが広がっていく。ルカの声が聞こえたのか、盗賊っぽい男どもが門から身をよじるようにして這い出し、大声をあげた。
「だからさっきから言ってるだろうが! こっちに来てるんだよ! 緊急事態なんだ! 入れてくれ!!!」
なんだ、言っていたのか。
信用してもらえなかったのかな。
とりあえず町に入るの優先して強引にしたばっかりに言い訳の嘘だと決めつけられたのかな。
そんなことを考えていると、兵士の一人が門の上に上りルカの指差す方向を確認する。
「本当だ! 魔獣が来る! あれは……耳打牛だ!」
兵士の声によりその場はさらに荒れた。