000.プロローグ
本日から連載を始めます。よろしくお願いします。
ヴォルフは焦っていた。
息子のように手塩にかけて育ててきた、愛弟子の検査の日が目前に迫っていたからだ。
(この子は国に取り上げられてしまうだろう)
狩人の直感が確信めいてそう告げる。
そのくらいルカの弓の腕は卓越していた。
まだ十二歳。強い弓を引くには体の成長を待たねばならない。
しかしだからこそ、威力を補うための、急所への正確な射撃は磨かれた。
村を見下ろす山の中腹、冷たく深い茂みで、二人は息を潜めていた。視線の先には狙いの獲物がその臆病を振りまくようにたどたどしく歩いていた。
コビトジカはここいらに生息する、名前通り小型の鹿だ。成体になっても兎を二回り大きくした程度にしかならない。数こそ多いが警戒心が強く、少し風が枝葉を鳴らしたというだけで飛ぶように逃げるので、コソ泥鹿とも呼ばれていた。
狩りに肝要なことは待つこと、そして機を得たら決して逃さないことだ。
年の割に凛々しい顔を引き締め、息を詰めて矢をつがえる。
弦を引き絞る乾いた音が小刻みに上がり、やがて一点に狙いが定まる。
彼の目は現在ではなく刹那の先の獲物を見ていた。
命乞いをしていた短弓は許され、射出とともにその身を翻して息を吹き返す。
濁った短い悲鳴を上げて獲物は転げた。
ルカは飛び出して行って近距離で矢を射かけたが、もう動きが鈍いと見るや腰に提げていたナイフでとどめを刺した。
(これで三頭連続、目だけを射抜いている……)
動いている獲物の極めて小さな急所だけを射るのは異常だ。この天才に、自分の技術のすべてを教え込むのには、圧倒的に時間が足りない。
すでになんらかの〈恩恵〉は与えられているはずだ。
それを官吏に調べられる日が、もう明日に迫っているのだった。