8 失敗した、その後で
それからまぁ……色々あった。
先生にこっぴどく叱られて、クラスのみんなからからかわれ、一日中大騒ぎだった。
でも……嫌じゃなかった。
ずっと宮本君が傍にいて、私を守ってくれたから。
すぐに気持ちは変わらないと思っていたけど、加速度的に宮本君に惹かれている自分がいる。
ちょっと怖いくらいに気持ちが変化してっているので落ち着こうと思った。
おミカ様は私の告白で予定を狂わされたものの、彼女の目の前で見事なまでに玉砕したからか、何もしてこなかった。
その後、計画通りにカズキ君に告白したらしいけど、結果は散々だったらしい。
ということを、カヨが楽しそうに教えてくれた。
「いやぁ……他人の失敗ってなんでこんなに面白いのかね」
そう言ってけらけら笑うカヨ。
しなびたポテトをパクリ。
性格悪いなぁと思いながらも、弱い者いじめとかするような子ではないので、縁を切ろうとかは思わない。
私には優しくしてくれるしね。
「そう言えば、山口はどうなったの?」
「宮本君と付き合いましたって言ったら、
何も言ってこなくなったよ」
「そっか、よかったね」
私は再び部室へ顔を出すようになった。
山口は私が来るとバツが悪そうに顔を背け、部屋の隅で隠れるようにして本を読んでいる。
他の部員たちも彼と私とのトラブルは何も知らないようだし、これ以上ことを荒立てる必要もないので放っておくつもりだ。
「それで……結局、アンタは宮本君とどうしたいわけ?」
「ううん……」
表向きは彼と交際していることにはなっているが、私はまだ返事を保留している。
と言っても、一緒に遊びに行ったりはしているんだけどね。
「いい加減、言ってあげたら?
好きかもしれない、じゃなくて、好きですって」
「うん……そうだね」
何故か最後のその一言が言えない。
好きと言った瞬間、その一瞬が想い出になってしまう。
忘れられない思い出にしたいのだが……。
やっぱり人は忘れる生き物なのだ。
こうしてカヨとおしゃべりしている時間も、時が過ぎれば想い出となり、記憶から抜け落ちて忘れてしまう。
彼女のことは忘れないだろうけど、毎日の一コマ……その一瞬は、全てが克明に記億されるわけではない。
おぼろげな記憶は脳によって補完され、また違った記憶へと塗り替えられていくのだ。
そんな風にして、人は本来大切にすべき記憶を忘れてしまう。
私も、カズキ君も、誰かにとってかけがえのない記憶をすっかり喪失していた。
気を抜けばどんな記憶だって抜け落ちてしまうことだろう。
だから……私が初めて伝える「好き」という言葉は、特別な瞬間にしたい。
そう思ってなかなか踏み出せないでいる。
「大丈夫だよ、きっと忘れたりしないと思うから」
私の話を聞いてくれたカヨは、優しく微笑んでそう言った。
「どうしてそう思うの?」
「だって、大切な人から聞いた大切な言葉は、
嫌でも心に残るでしょう?
そう言うものなんだよ」
「ふぅん……」
確かにカヨの言う通りかもしれない。
私は素直に自分の気持ちを彼に伝えるべきなのだ。
「分かった、伝えてみる」
「どうやって伝えるの?」
「ラブレターを書きます」
言葉で直接伝えるのではなく、手紙にして自分の気持ちを伝えることに決めた。
「どうして手紙?」
「そっちの方がちゃんと伝えられるかもって」
「そっか……」
とりあえず、今日帰ったら下書きをしよう。
明日になったら読み直して、納得がいかなかったら書き直すのだ。
もしかしたら彼は、手紙を読んでも嬉しいと思ってくれないかもしれない。
でも、その時はその時だ。
失敗したとしても、それが想い出になる。
私たちの人生は失敗からできている。
私は失敗することで、ずっと私を好きでいてくれた人の存在に気づくことができた。
だから……これからも挑戦を続けるのだ。
記憶に残るような想い出を作ろう。
失敗した、その後で。