4 バレンタイン危機一髪!
翌日。
私は徹夜して作ったチョコをカバンに入れ、意気揚々と登校する。
「ねぇ……もしかしてチョコを渡すつもり?」
一緒に登校しているカヨが尋ねてきた。
「うん、そのつもり」
「へぇ……やるじゃん。
でもタイミングはどうするの?
ミカ嬢とその手下が目を光らせてるよ」
カヨの話だと、おミカさまの取り巻きたちは前日のうちに打ち合わせをして、どこを誰に見張らせるかあらかじめ計画を立てたそうだ。
下駄箱や机に入れられたチョコはカズキ君の手に渡る前に回収されてしまうらしい。
渡すとしたら直接しかない。
でも、やはりそれも難しい。
彼に近づこうとしたら取り巻きたちが実力で排除しに来るだろう。
もしかしたらおミカさまも直接動くかもしれない。
不用意に近づこうとしたらチョコを没収される。
では……どうすべきか。
どのタイミングならカズキ君に……。
「ちょ! 危ない!」
「……え?」
カヨの声が聞こえて前を向いた瞬間。
何かに勢いよく額をぶつける。
どうやら考え込んでいたせいで電柱にぶつかってしまったようだ。
「いたたたた……」
私は額をさする。
幸い、大した怪我ではなかったものの、軽い打撲を負ってしまった。
カヨは保健室まで付き添ってくれて、そのまま朝練に行った。
彼女には世話をかけっぱなしで申し訳ない。
「歩く時はちゃんと前を向いて歩かないとだめよ」
「……はい」
額の傷を消毒してガーゼを貼ってくれた保健室の先生が言う。
返す言葉もない。
しかし、怪我の功名か。
これでおミカさまの手の者から注意を反らせた。
私は昇降口からではなく、直接保健室へ足を運んだのでノーマークの状態。
まだホームルームにまで時間があるから、その前に……。
「ありがとうございました」
「気を付けてね」
お礼を言って保健室を出る。
廊下を歩きながら作戦を考えるが、いい案が思いつかない。
やっぱり正面突破しか……。
「ねっ……ねぇ」
声をかけられ、振り返る。
山口だ。
「え? なに?」
「カズキ君にチョコを渡すつもりなんでしょう?
やめておいたほうがいいよ」
なぜそんなことを言われなければならないのか。
混乱している私に、山口は続けて言った。
「だって君みたいな子がチョコを渡したとしても、
カズキ君みたいな人が振り向いてくれるとは思えないよ。
だったら、ちゃんと君を見てあげる人に渡した方が、
ずっと有益だと思うんだけど、どうかな」
「え? え?」
この前のぼそぼそとした口調とは打って変わって、まくし立てるようにしゃべる山口。
いったい彼に何があったんだ?
「そもそもどうして私がチョコを渡すって?」
「ああ、やっぱり渡すつもりだったんだね。
カバンの中に入っているのかな?」
じーっと私のカバンを見つめる山口。
とっさに背中の後ろに隠してしまった。
それを見て彼はにやぁっと口の端を釣り上げる。
ぞっとするような悪寒が走った。
「だったら……なに?」
「そのチョコ、僕に頂戴」
「えっ……え?」
「僕なら君をちゃんと見てあげられる。
優しいってよく言われるし、釣り合うと思うんだ。
ダメかな?」
これは告白なのか?
いや……こんな告白があっていいものなのか?
私はますます混乱した。
なんて言えばいいのか分からない。
多分だけど……山口はおミカ様の取り巻きにけしかけられたのだ。
ノーマークだと思っていたけど、甘かった!
「だっ……ダメだよ!」
「どうして?」
「え? どうして⁉」
「うん、だって君には無理でしょ。
カズキ君と付き合うなんて、夢のまた夢だよ。
だったら成功する確率が高い方にかけなよ」
「え? 成功⁉ 何が⁉」
「幸せになれる確率だよ」
だめだ、意味が分からない。
話が噛み合わない。
このままこの人と話してもダメだ。
とにかく行かないと……。
「待って」
私が行こうとすると、山口は腕をつかんだ。
この前よりもずっと強く。
思わず悲鳴を上げそうになったが、声が出ない。
無言のまま悲鳴をかみ殺してしまう。
こういう時は素直に叫べよ!
そう自分に言い聞かせても声を出せない。
「君みたいな子がカズキ君と釣り合うはずないだろ。
現実を見なよ、現実を。
理想ばかり追いかけてたら幸せになれないよ。
どうして意味のないことをするの?
無駄な努力なんてしないで、
ちゃんと身の丈に合った人生を選びなよ。
その方が君の為なんだから」
ダメだ……これ。
詰んでる。
この人に何を言ってもダメだ。
絶対に放してくれない。
「チョコ……見せてよ」
そう言ってカバンに手を伸ばす山口。
お願いだから止めてと叫びたいのに……どうしても声が……。
「おい、何やってんだよ」
不意に声をかけられた。
宮本だった。
「え? その……」
「この前言ったよな、無理やりはやめろって。
高坂さん、そいつに何されたの?」
宮本に尋ねられたので、私は視線で必死に助けてとメッセージを送る。
察してくれたのか彼は山口の傍まで来て強い口調で注意してくれた。
「手を放せよ」
「え?」
「え、じゃねーよ。放せって言ってんだろ」
「うっ……うん」
山口は大人しく言うことを聞いて手を離した。
捕まれていたところがじんじんと痛む。
「大丈夫か?」
「え? あっ、うん。ありがとう」
「良かった……おい!」
「ひぃっ!」
宮本がすごむと、山口はそそくさと逃げて行った。
「はぁ……」
「そろそろホームルームが始まるぞ」
「あっ、うん。
同じクラスだもんね、一緒に行こうか」
「おお……」
二人並んで教室へ向かう。
会話がないのでとても気まずい。
助けてくれたお礼くらいすべきなのだろうけど、なかなか言葉が出て来なかった。
なんとか頑張ってひねり出した言葉が……。
「ちょっとカッコよかったよ」
いや、何を言っているんだ、私は。
こんなこと言われても嬉しくないだろう。
言ったのが学校一の美少女とかならまだしも。
「そっか……よかった」
何が良かったのか分からないけど、宮本は納得してくれたらしい。
良かったんだか、悪かったんだか。