2 困った時に現れるヒーロー
私は文科系のとある同好会に所属している。
文芸部と漫研を足して割ったようなそのなぞ部活に所属しているのは、なんとなく居場所が欲しかったから。
部員も数人しかいないので、まったりと落ち着いて読書にいそしめる。
男女混合の部活ではあるが、浮いた話は聞かない。
みんな自分の好きなことに夢中になっている。
一緒に何かをやろうという空気とかもないし、正直言って居心地はかなりいい。
それでも、物足りなさは感じている。
ライトノベルみたいなドキドキワクワクするような恋をしてみたいけれど、私には難しいだろう。
鈍感で都合のいい時だけ耳が遠くなるような男の子に、自分の気持ちをちゃんと伝えられる気がしないのだ。
「ねっ……ねぇ……」
男子部員が声をかけて来た。
地味な見た目のさえないその部員は山口と言う。
挨拶くらいはするものの、大して会話をしたこともないのであまり記憶に残らない。
見た目は本当に地味。
前髪が長すぎて目元が隠れている。
普段は男子と女子は分かれて固まっているので、あまり話はしない。
必要最低限のやり取りをするくらいだ。
なので、声をかけられてちょっと驚いた。
「え? なに?」
「今日なんだけど……いっ、一緒に帰らない?」
ぼそぼそとした口調で山口が言う。
どう反応すればいいのだろうか。
正直、ちょっと戸惑う。
一緒に帰る必要性も感じないし、そうしたいとも思えなかった。
「ごめん、いいや」
「でっ……でも……」
「ええっと……」
「一緒に帰ろうよ」
しつこく誘ってくるので反応に困る。
目が隠れるほど長く伸びた前髪の間から、まるでガラス細工のように無機質な瞳が見下ろすようにこちらを見ていた。
ぞわっと、鳥肌が立つのを感じる。
「ごっ、ゴメン。今日は一人で帰るから」
大急ぎで身支度を整え、足早に部室を後にした。
友達のカヨは吹奏楽部に所属しており、いつも帰りが遅い。部活が終わる時間になるまで待って一緒に下校しているのだが、まだ早いので今日は一人で帰らないといけない。
後でお詫びのメッセージも入れておかないと……。
部室を出て帰ろうとすると、山口が後を追うように廊下へ出てきた。
それを見て急に怖くなり小走りで廊下を駆け抜ける。
昇降口に他の生徒の姿はない。
誰もいないその場所は、まるで廃墟のようにひっそりとしている。
見なれた場所のはずなのに何故かとても怖く感じた。
下駄箱からローファーを取り出して、震える手で履き替える。
早く、早くしないと追いつかれて……。
「まっ……待ってよぅ」
「ひっ!」
急に腕をつかまれた。
振り返ると山口が必死の形相を浮かべていた。
目が合う。
一気に血の気が引く。
どうしてこんなに怖いのだろう。
別に酷いことをされているわけでもない。
でも怖いものは怖いのだ。
「おい、何やってんだ?」
不意に外の方から声が聞こえて来た。
「え? あっ、なんでもないです!」
反射的に叫ぶ。
本当は助けてと叫びたいくらいだったのだが……。
声をかけてきたのはサッカー部の生徒だ。
背の高い黒髪短髪の男子生徒は怪訝そうに私の手をつかんだ山口に目を向ける。
じっと牽制するようなその視線に恐れをなしたのか、彼はさっと手を離した。
助かった……。
「おい、宮本。どうした?」
「カズキ君⁉」
不意にカズキ君が現れたので、思わず声を上げてしまった。
まさか彼が来てくれるなんて……!
「いや……別になんでもないみたいだけど。
なぁ、高坂さん。
本当になんでもないんだよな?」
宮本が私に尋ねる。
そうそう、今更だけどこの人も同じクラスだった。
「うっ、うん……本当に何でもないんです」
「そっか……ならいいけど……」
宮本はそう言いながら、山口をじーっと見つめていた。
「なぁ……今、手をつかんでたけど、
無理やりってわけじゃないんだよな?」
「えっと……あの……」
「もし高坂が嫌がってるんだったら、無理やりはよくないぜ」
「……はい」
宮本の言葉にしょぼんとする山口。
彼はいたたまれなくなったのか、すごすごと退散していった。
「大丈夫、高坂さん?」
「うっ……うん!」
カズキ君に声をかけられて、さっきまでの恐怖が一瞬で吹き飛んだ。
心配してもらえたことがとても嬉しい。
「なにかあったら言ってねー。
相談とか普通に乗るからさ」
「ありがとう……」
カズキ君はなんだかんだ言って優しい。
小学生の時に意地悪を止めてくれた時もそうだったけど、困ってるときには必ず助けてくれる。
でも……それは私に対してだけじゃないんだよね。
この人はみんなに対して同じように優しいと知っている。
それでも、やっぱり嬉しく思ってしまうのだ。
「じゃぁ、行こうぜ」
「おお……」
カズキ君は宮本を連れて行ってしまった。
もっとお喋りとかしたかったのだけれど……。
一人残された私はとぼとぼと下校する。
歩きながらメッセージアプリでカヨに今日は用事があるから先に帰るよと連絡。
しばらくして了解との返信が届く。
あの子は友達多いからなぁ。
私と一緒に帰らなくても一人になることはないだろう。
電車に揺られながら、ぼーっと先ほどの出来事について振り返る。
なんで私は逃げてしまったのだろう。
山口と一緒に帰っても良かったのだ。
でも……どうしても無理だった。
明日から部活、行きづらいな……。