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狩猟林清話 -聖女死す-


翌年、青い肌の貴人(ブルーブラッド)の導きと破壊と再生を司るカイラス神の加護もあって、妻は苦しい出産に耐えきって元気で健康な双子の男女を産むことができた。


これでもう私の復讐に“聖女”である我が子を巻き込む必要はなくなった。安心して往くべき場所へと送り出せるという喜びと寂しさが胸に募った。


しかし その間、娘が“聖女”としての名声と実績が増していく毎に、一旦は求婚が殺到していた“聖女”を奪い取ろうとする諸外国からの圧力が日増しに強くなっていた。


それどころか、人格陶冶のために一旦は出戻りさせた貴公子たちが何を勘違いしたのか、“聖女”を得るために自分を磨くことを『武力で奪い取る』という解釈となり、連合を組んで我が国を侵略し、誰が“聖女”を得られるかの競争を仕掛けようとしていたのだ。


本当に愚かしいことだ。“聖女”を娶ろうとする欲心の強い者ほど“聖女”に相応しくないことに気づかぬのだから。


そして、そうした求婚者たちを焚き付けて 我が国を侵略する口実を常々狙っていた諸外国は我が国に対して全員が敵対すれば、侵略を受ける側こそが国際秩序の敵となって堂々と国土を蹂躙できるという、国際法などかなぐり捨てた実力行使を振るわんとしていた。


そんな暴論が罷り通ってしまえば、我が国は間違いなく滅亡するだろうが、それが今度は自分たちの首を絞めることになるだろうに。周辺国の首脳陣には人間の知能を持たないケダモノしかいないようで誠に嘆かわしい。


まさに危急存亡の秋だが、苦しむ者の味方であるカイラス神の加護を受けているためか、これほどまでに理不尽で絶望的な状況でこそ私の復讐を遂行するのにうってつけだと頭が冴え渡っていた。


要するに、我が国のことを日の没するところのケダモノの国と青い肌の貴人(ブルーブラッド)が評し、周辺国もまた同じ穴のムジナの国とするほどの人面獣心の集まりならば、“聖女”というチラつかせた餌を失えば、互いに身を食い合うことは必定だ。



となれば、お国のため、そして これからのためにも“聖女”には()()()()()()のが一番だった。



まず、連合国の圧力に屈したふりをして 今一度 娘と婚約を結ぶのに相応しい者が誰であるかを決めるために連合国からの求婚者や要人を競争心を煽って次々と国内に招き入れて歓待し、餌である“聖女”を王族を幽閉する嘆きの塔で保護することにした。


もはや、戦う前から連合国に占領されたも同然の屈辱的な平身低頭の姿勢だが、こうする以外に滅亡を免れる道はないという苦渋の決断を国王にさせ、国中からの支持を失わせた。


そこを“聖女”が敵国に連れ去られる屈辱で怒りに燃える地方貴族や庶民たちの前で、実の父親である大公の私が 娘がそうしたように各地に出向いて 娘がそうしてきたように分け隔てなく語り聞かせて 娘が愛した民たちの胸に私の存在を刻ませたのだ。


その一方で、国境に通じる街道の全てを王都からの合図で即座に封鎖できるように地方貴族たちに号令し、地方貴族たちの顔合わせと人心掌握も行った。


私は上級貴族の調整役だったので、これで地方貴族に多い 登城する資金すら捻出できないような 下級貴族とも確実な繋がりを得たことになり、着々と無能な国王から王位簒奪を国中に認めさせる下準備が整ってきたのである。


そして、仕上げに王族だけが入れる嘆きの塔に幽閉されている“聖女”を殺す下手人を長年に渡って“聖女”への敵愾心を膨らませてきた甥を操って手引させることで舞台は整った。


甥には『“聖女”を差し出す他に国が助かる道はない』とわざと物陰から私の本音が聞こえるように吹き込んであり、元々の敵愾心からケダモノたちの脅迫に喜んで屈して“聖女”を差し出すことは容易に想像ができた。


いやはや、連合国の要人たちが勢揃いして毎日のように奢侈な宴で饗されているような 実質的な占領国の国王になれたところで満足なのかと訊いてみたくなるぐらいに 普通なら正気を疑うものだが、


どうも“聖女”を廃して自分が次期国王になれれば全てがそれでいいと考えている節があり、頭が悪いを通り越して完全に狂っているように思えた。


どうしてこんなのがそこそこ優秀なだけだが庶民派として人気だった兄夫婦から生まれてきてしまったのだろうかと何度目になるかわからない溜め息を吐く一方で、


そんな連合国の傀儡の国王の妃になってしまう同盟国の辺境伯令嬢には本当に申し訳無さでいっぱいになってしまった。


しかし、窮地の王国を救うためには苦しめられる者の味方であるカイラス神の加護を受けた私の復讐が完遂される以外にないのだ。


だから、私の愛しい娘である“聖女”だけではなく、私が甥のために探して連れてきた“王太子妃”にも犠牲になってもらう他ない。


それしか方法がないと何度も確信してホッとしている私のことを今度こそ怨んでくれてもかまわないのだ。あの辺境伯令嬢にはそれだけの権利がある。


その仕上げに、最重要機密である嘆きの塔を防衛する衛兵たちの兵数と交替の時間も甥に漏らしておくことで、上手いこと悪用してくれることも期待していた。


これで甥は王太子である自分よりも崇められている“聖女”である従姉妹を排除できる絶好の機会にろくでもない執念を燃やすことだろう。



結果、そこそこ優秀なだけの兄と同じく 王太子であることだけが取り柄の甥は私に陰から操られていることも知らずに嘆きの塔に賊を踏み入らせ、純潔を失うことを恐れた“聖女”は自ら火を放ち、それが神の怒りに触れて見上げる程の嘆きの塔の崩壊を招くことになった。



現場には王太子所有の馬車の残骸が瓦礫の山と共にあり、私はただならぬ様子で会場に駆け込んで急報を届けに来た嘆きの塔の衛兵から報告を受けるなり、最愛の娘を失ったことで我を忘れて公衆の面前で甥をその場で殺す勢いで怒り狂った。


もちろん、甥は自分が賊を手引したことを白状するわけもなく、王太子所有の馬車を奪われて犯行に利用された責任を追及されると、賊の侵入を許した衛兵たちの責任だと みっともなく喚き散らしたのだ。


あまりにも突然のことで状況が飲み込めなかった国王夫婦や連合国の要人たちの執り成しによって一旦は場を収められることになったが、


この一芝居によって、この場にいた全員に『“聖女”の存在に自身の王位を奪われそうになっていた王太子が嘆きの塔に幽閉されていた“聖女”を亡き者にしようとしたのではないか』という疑念と第一印象を植え付けることになり、


それにより、加害者の王太子と被害者の大公という図式が刷り込まれ、状況がよくわからないが故に自然と被害者である私に同情が集まるように場を支配することに成功したのだ。


そもそも、“聖女”である大公令嬢の父親は 実質的な国の支配者と知れ渡っている 王弟である この私のことなのだ。


完全に取り乱して感情を露わにするほどの傷心の隙を見せつけることで、連合国の傀儡の王として凡庸な王太子を据えるか、大公である私を懐柔するかで、ケダモノ揃いの連合国各国の意見が割れて足並みがますます揃わなくなっていった。


もっとも、従兄妹関係の王太子と大公令嬢が不仲であることは周知の事実なので、犯行に及ぶ動機が十分にあるということで、一芝居を打って植え付けられた王太子への“聖女”暗殺の疑惑を拭い去ることは容易ではない。


となれば、庶民派ということで国内の上級貴族や他国の王族に侮られて『この国は大公の国である』と言われて、それを迷いなく肯定して場を呆れ返らせたような国王の血を引く 凡庸な上に身内殺しの容疑まである王太子にどれほどの信用と価値があるんかは言うまでもないだろう。


また、『実際は死んだと見せかけて“聖女”を逃したのではないか』という疑惑の声も上がったが、国王夫婦や連合国の要人、求婚者たちを引き連れて、嘆きの塔から荒れた墓碑と化した瓦礫の山に連れて行くと、


諸外国にも罪を犯した王族を幽閉するための堅牢な塔が建てられているため、それが一夜にして崩れ落ちることは俄にも信じ難く、神の怒りに触れたのは事実なのだと信じるに値する惨状に誰もが息を呑んだのだ。


掘り起こされた下手人の遺体や血の跡もまた現実味を帯びさせており、私もまた崩れ落ちた嘆きの塔の残骸を見て、再び公衆の面前で感情を露わにして泣き崩れると、


自分こそが“聖女”を娶るのだと息巻いて遠路遥々集まってきた求婚者たちを始めとして、こんな光景を見せつけられることになったケダモノ共の誰もが『自分たちの欲望が“聖女”を死に追いやったのだ』という わずかばかりの罪悪感を抱かせることに成功したのだ。



これでもう場は私に支配された。ケダモノたちに逃げ場はない。ここはすでに復讐者である私の狩場となった。



すでに“聖女”の婚約者を決めるという大義名分は失われ、ノコノコと敵地に“聖女”を誰よりも先に得んがために競うように乗り込んできた連合国の要人たちはすでに檻の中に閉じ込められたも同然。


もっとも、連合国の軍隊が 息を合わせて雪崩込む 天の時を掴ませないように『一番最初に来た者がもっとも婚約者に相応しい』という根拠のない噂を急いで流したのは私であり、


本当に誰かが一番最初に来て“聖女”を娶ることになれば連合国の大義名分がなくなるために、足並みが揃わないまま我先にとどこの誰もが急いで駆けつけたものだから、利害調整がまったくなされていない状況なので本当の敵と味方がはっきりせず互いに牽制し合うことしかできずにいた。


それに付け加えて、王都から連合国各国に出される使いは現場の状況から『王太子所有の馬車馬に乗って“聖女”暗殺の下手人が逃走しているかもしれない』というもっともらしい理由で堂々と各地の街道を封鎖されて立ち往生することになり、


街道を通らない不審者は下手人の可能性が高いとして疑わしきは全て抹殺するように厳命していたことから、すでに占領国になったも同然の王国から本国に連絡する使いには街道の検問を通るために堂々と身元証明をするようになっていったのだ。


この時点で、いかに連合国の要人たちが戦ってもいないうちに戦勝気分で浮かれていたかがわかることだろう。



一方、本国では命令があり次第いつでも我が国を侵略できるように軍勢を整えて、他国に先んじて多くの領土を奪い取れるように競争心に煽られて意気揚々とその時をまだかまだかと待ち続けていたわけだが、


本国に向かわせた使いは 全て取り押さえて何日も眠らせ続けた後に 金品をもたせて国境の外に放り投げられ、あらかじめ呼び寄せた賊をけしかけることで本国との連絡を断ったのだ。


これによって、連合国各国ではいつまで経っても進軍の命令が下りることがなく、むしろ国境にまで展開された王国の軍勢のただならぬ様子に二の足を踏むことになったのだ。


この様子から『話が違う』と連合国の諸将は立ち竦んだことだろう。王国は連合国の要人を次々と迎え入れて戦わぬうちから占領国になっていたはずなのに、国境に展開された王国の軍勢は異様に殺気立った様子で警戒に当たっていたのだ。


それもそのはず。王国にとって象徴であった“聖女”を嘆きの塔と共に葬った下手人が国外に逃げられないように国境を封鎖するように命令が下っていたのだから。


そのため、王国に攻め寄せる大義名分であった“聖女”が死んでしまったことが大きく遅れて連合国各国にも伝わることになり、


この状況で強引に攻め込むのは“聖女”を失った怒りで湧き立つ王国の軍勢の猛烈な抵抗を受けることは必至のため、


最初に侵攻することでもっとも痛手を受けることになる一番槍の誉れを他国に譲ろうと連合国は揺れることになった。


そう、どこかの国が最初に攻めてくれれば容易に脇腹を突いて王国を蹂躙することができるのだが、その一番槍の名誉の代わりに王国の領土を奪い取る競争で負けるのはありえないと思うのは当然の心理だ。


なので、王国の至宝であった“聖女”の死が連合国に知れ渡ったことで、人道的な理由や兵糧の面でこれ以上は無駄だとして兵を引き上げるべきと主張する将がいれば、領土拡大の絶好の好機を逃すつもりはないが一番槍になるつもりもなく他国にその役目を押し付けようとする将もいて、


そうして、無為に時間が過ぎていくことで貴重な兵糧を浪費し、いつまで経っても進軍できずにああだのこうだの連合国同士で言い合う状況に士気もみるみる低下していき、王国攻めのための兵力を遊ばせすぎたことで王国の軍勢の数倍はある連合国の軍勢は完全に秩序を失っていた。



そのため、王国の内外で連合国各国の思惑は錯綜して今まさに混迷を極めており、本国にいる政治の中枢と国境で命令を待つ将兵と王国で饗しを受けている要人たちは分断され、誰が何を考えていて一体全体がどのように進んでいるのかを把握している人間は誰一人としていなかった。



ただ はっきりしていることは、これから王国では“聖女”の死を悼んで盛大な葬儀を開くため、生前に大公令嬢の求婚者として集まった者や国に対して招待状が届けられ、その返礼として参加する各人各国の見栄の張り合いで今度は献花料の競争が始まるということだけであった。


こうなるのも当然の結果だ。いつの間にか大陸一とまで評判が膨らんだ“聖女”を得ることで自分たちの名を上げようとして大挙してきた下心丸出しの連中であり、


あるいは“聖女”を得る口実で連合を組んで我が国の領土を力押しで奪い取ろうと軽く考えてきた欲深い連中に真の同盟の連携などとれるはずもないのだから。



大公「本当に感謝いたしますよ、偉大なるカイラス神よ」


大公「どうか、我が復讐を見届けてくださいませ」


大公「嗚呼、もう少しだよ。もう少しできみの仇がとれるから、天国で見守っていてくれ」


大公「……ん、誰だ? こんな時間に?」


辺境伯令嬢「あの、私です……」


大公「ああ、きみか。さあ、こっちに来なさい。遠慮することはない。不安でいっぱいなのだからな」


辺境伯令嬢「ありがとうございます、大公様。では、お側に居させてください」


大公「ああ」


辺境伯令嬢「本当にありがとうございます。その、“聖女”様の死に深く関わっているとされている殿下の婚約者である私にここまで温情を賜りまして本当に嬉しく思います」


大公「いや、礼を言うのはこちらの方だよ」


大公「きみのご実家が陰ながら連合国の中枢を掻き乱してくれているおかげで、国境に雪崩込もうとしていた軍勢をあと一歩の所で踏み止まらせてくれているのだからね」


大公「本当にきみには頭が上がらないよ」


大公「きみの身に何かあれば、きみをあんな甥の妃にと送り出してくれた辺境伯家に申し訳が立たないから、今のうちに国を脱出しても非難される謂れはないというのに……」


大公「どうして? 何がきみを 生まれ育った故国ではない 遠く離れたこの国に骨を埋める決意をさせたのだ?」


辺境伯令嬢「それは、私にも公爵家の血が流れているからですわ。つまりは王国の血が多少なりとも入っています。なので、決して無関係ではありません」


辺境伯令嬢「そして、それが『王家に嫁ぐ』ということですから」



辺境伯令嬢「つまりは、()()()()()というわけなのです」



大公「そんなはずはないだろう。数倍の兵力差の連合国の軍勢が間近に迫っている中で、きみの婚約者である王太子が国王の座に収まる前に滅亡を迎えるのは誰の目から見ても明らかだろう」


辺境伯令嬢「では、誰よりもお優しい方の側に居て支えてあげたいと思うのは差し出がましいことでしょうか?」


辺境伯令嬢「約束は憶えてくださってますよね?」


大公「え」


辺境伯令嬢「私は 私のことを将来の王妃にとお連れになって 今もこうして私のことを誰よりもわかってくださる方に恩返しがしたいのです」


辺境伯令嬢「どうか、王国の至宝であった“聖女”様の代わりとは申しません。ただ、大公様の心の傷を癒すためにお側に置かせてください」



辺境伯令嬢「大公様のことを、義叔父様ではなく、“義父様”と呼ぶことを許していただけないでしょうか?」



大公「……自分が何を言っているのか、わかっているのか?」


辺境伯令嬢「はい。私は殿下の心に寄り添うことができませんでした」


辺境伯令嬢「けれども、大公様の心に寄り添うことはできました。そこ以外にもう私の居場所はどこにもありませんわ」


大公「……誰も私の娘の代わりになどなれるはずもなかろう」


辺境伯令嬢「そのとおりですわ、()()()


大公「あ」


大公「ああ……!」


大公「………………」


辺境伯令嬢「………………」


大公「………………」


大公「……わかった。私がここに連れてきたのだからな。責任は取らねばなるまい」


辺境伯令嬢「義父様!」


大公「ああ……」


大公「ただ、貴族令嬢としての幸せはもう掴めないものと思え。貴族社会の常識として、王太子の婚約者になりながら その務めを果たせなかった生き恥を晒すのだ」


辺境伯令嬢「それでもかまいません。義父様が私を見てくださるのなら、私は」


大公「そうか……」



大公「………………この娘も()()()()()で 私の愛さえあれば何もいらないのだな」



大公「………………今度は死なせやしない」



大公「………………でも、私がこれからやろうとしていることはいったい何だ?」



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