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狩猟林清話 -復讐するは我にあり-


月日が過ぎ行き、私にとっては彼女との最後の運命の分岐点であった王立学園に娘も進学することになった。


それまで甥の王太子教育と婚約者として迎えられた同盟国の辺境伯令嬢の王太子妃教育が進められる中、未だに婚約者が決まらない我が子には最低限の王族教育だけを施して国中を好きに旅させることにしていた。


もちろん、お目付役として王都の娼館や貧民街の改革の原動力になった青い肌の貴人(ブルーブラッド)を同伴させることで、各地の視察や慰霊を 毎回 意義あるものに仕上げてくれることになった。


王太子教育によって ろくに外を出歩けない甥に対して、積極的に各地の視察や慰霊を行うことで ますます娘は名声を博すことになり、幼い頃は王都で次期国王だと思われて、こうして次は地方で次期国王だと囁かれるようになっていったのだ。


王太子教育がなされていないのに人気だけで娘が次期国王だと期待するなどと、庶民とはいかに身勝手で無知な存在なのかを今更ながら痛感させられると、私は彼女の無念を悼んで泣かずにはいられなかった。


はっきり言って、私や兄以上に既存の階級社会の秩序に反抗的な娘には玉座が相応しくないのは親である私自身や国王である兄が誰よりも理解しており、


娘はカイラスの教えに従って一人ひとりに寄り添っていく生き方が合っているので、高みにある玉座に縛りつけるようなことはあってはならないのだ。


そして、もしも自己研鑽の末に“聖女”と世間で称えられている我が子と手を取り合って王国の未来を担ってくれるのなら――――――、


そう、兄と私が果たせなかった兄弟が力を合わせていく道を従兄妹である王太子と大公令嬢が力を合わせて歩んでくれるのなら、この甥夫婦は復讐の対象から外してやってもいいと、ふと思ってしまった。



しかし、現実はそんなに甘くはなかった。そうだとも、現実が甘かったら、彼女は私とやり直していたはずなのだから。


結局、甥は自分の意志で下級貴族や庶民と率先して繋がっていった兄とはまったくちがい、貴族の中の貴族であることを鼻にかけて無駄に偉ぶった態度で周囲から畏怖されるような 庶民派の両親とは正反対の本当につまらない男に育ってしまっていた。


私が影で煽っていたとは言え、“聖女”への嫉妬心と敵愾心はすでに歯止めの利かないところまで膨れ上がり、事ある毎に従姉妹に突っかかってくるようになっていたのだから、もう手遅れではないかと。


それだけならまだしも、まさか『世界の中心が王都である』という偏屈な考えから基本的に中央から遠く離れた領地を司る辺境伯という地位の重要性を頭で理解できないほどのかつてないほどの愚か者だったとは思いもしなかった。


たしかに中央にいる人間はそれだけで偉いのだろうが、中央が偉いという価値観を支えているのは国境を守っている辺境伯のような軍部の精鋭たちが睨みを利かせて日常生活を底支えしてくれているからなのだから、国を治めるものとしてまず第一に安全保障を考えられない者に政権を明け渡すのは絶対に嫌だ。



何なのだ。本当に何なのだ。そこそこ優秀なだけの兄でさえも同じ年齢でそんなことは理解していたことなのに、その兄の子である甥はどうしてこんなにも暗愚なのだ。


おかげで、義父や義母となる国王夫婦にではなく、婚約の仲介人である私の許に辺境伯令嬢が泣きつくことになり、王太子のバカさ加減があまりにも情けなくて大公である私でさえも一緒に泣いてしまう始末であった。


おかしい。本来ならば愛憎入り交じった兄よりも容赦する必要がない兄以上のグズの甥の情けなさに対して憐れみを感じるだなんて。普通は仇の子の汚点をとことん嘲笑うものだろうに。


しかし、義理の姪になる予定の辺境伯令嬢はそんな私の涙を見て 気持ちが安らいだようで、義理の叔父となる私が心の底から慈しんでくれていることに安心感を得ていたようだ。


そして、本当は言うべきことではないのだろうが、本当にどうしようもなくなったらグズの甥と婚約解消して大公家の養子として引き取る用意をすると告げると、


むしろ、本当の両親とまではいかないまでも義理の父親にまでなろうとしてくれる普段からの温かな気遣いに感謝の言葉まで述べられたのだ。



大公「……いや、怨んでないのか、私のことを?」


大公「私があんな甥のためにきみをこんなところに連れてきたばかりに、こんなにも泣き腫らした目になったというのに?」


辺境伯令嬢「いいえ。大変光栄なことですわ」


辺境伯令嬢「万民に慕われる統治を行う素晴らしい義父上と義母上を持てただけじゃなく、世に聞こえた“聖女”様と親戚関係を結ぶことができ、何よりも大公様に見出していただけたことが光栄でした」


辺境伯令嬢「それに、こうして私のために大公様は泣いてくださりましたから」


大公「………………」


辺境伯令嬢「大丈夫です。今はわかってもらえなくても、大公様にはわかってもらえてますから」


大公「きみがそこまで言うのなら、もう少しだけ様子を見ることにするが、本当に危なくなったら婚約解消もしていいのだからな」


辺境伯令嬢「ここまで気遣ってくださるのは身に余る光栄です。本当に感謝いたします」


辺境伯令嬢「本当に国王陛下は幸せですね。大公様という地上でもっとも素晴らしい弟君がいらっしゃるのですから」


大公「……いや、そんなことは」


辺境伯令嬢「どっちでもかまいませんわ。大公様が義理の叔父上になるのも、義理の父上になるのも、どちらも素敵なことですから」


大公「私は……」



これは非常に困ったことになった。まだ機が熟していないのに、このままあの愚かな甥が辺境伯令嬢に愛想を尽かされて婚約破棄にでもなってしまったら、いろいろな意味でこの国は終わりである。


そうなったのも、元はと言えば、兄が婚約者である彼女に少しでも愛を注いでくれていれば、国内の上級貴族たちからの婚約もまとまって、無能の相手をさせるには荷が重すぎる外国の令嬢との政略結婚なんか結ぶこともなかったのだ。


やはり、兄が憎い。そして、そんな兄が王太子であるというただそれだけの理由で、彼女と望まない結婚を強いて死に至らせた既存の階級社会の秩序が憎い。


しかし、同盟国の辺境伯令嬢と今の内に婚約解消に持ち込んで無能な甥を廃太子しても、そうなると無能な甥以上に玉座の方が相応しくない我が娘が本当に女王になるしか道がなくなってしまう。


そうなのだ、この頃はまだ復讐を果たした後の世継ぎをどうするかがまとまっておらず、それでいて娘にはもう子供は期待せずに“聖女”という平和の象徴として一生を貫いて欲しいと考えてすらいたぐらいに、本当にどうしたらいいのかがわからないでいた。


だから、青い肌の貴人(ブルーブラッド)に駄目で元々のつもりで相談してみたのだが――――――。



苦行者「ああ、それでしたら、いっそのこと、大公様ご自身が御令嬢のご弟妹(きょうだい)をもうければよろしいのでは?」


大公「なに!? いや、待て、私はもう若くはないし、妻も出産するのには耐えられないはずだ」


苦行者「では、可能であるのなら、悩みは解決しますか?」


苦行者「私は 一部では淫祠邪教の快楽教徒と言われている もっとも貧しき者である体を売る者たちの守護神であるカイラス神の御遣いですよ。性にまつわることなら何でも我らが偉大なる神が解決してくださりますよ」


大公「………………!」


大公「もしも、もしもだが、健康で賢い男女を生むことができるか?」


苦行者「あ、双子の男女ですか。それなら、どっちが王様になっても問題ないぐらいのご弟妹(きょうだい)がお生まれになりますね、私が指定した日時に奥様と愛し合えば」


大公「本当か!?」


苦行者「もちろん、普通ならば難産の危険性が高いお年頃ですので、相応の準備が必要とありますが、基本的に大公様と奥様は御令嬢の善行も相まって運気が充実しているので 十中八九 健康な双子の男女の赤ちゃんがお生まれになりますよ」


大公「そ、そうか……」


大公「あ、なら、ついでに娘は無事に結婚――――――」



苦行者「できませんよ。それが大公様の願いを我が偉大なるカイラス神が叶える条件ですから」



大公「え」


苦行者「つまり、カイラス教徒として一生を神に捧げて神の御意志を地上に体現させていく発願の神徳でまずご実家である大公家に神の祝福が降り注ぐわけですから」


大公「なっ……」


苦行者「どうしますか? あの子は玉座でジッとしていられるような子ではありません。どういう生き方が相応しいかをすでにご存知のはずです」


大公「う、うぅ……」


大公「どうして、神というやつは私から大事なものを次々と奪っていくのか……」


苦行者「前王妃様のことはたしかに残念なことではありますが、それは我が偉大なる神の裁きとは関係ありません」



苦行者「ですが、これからあなたが他人を苦しめる立場になるからこそ、善悪を問わず苦しむ者を救うことを是とするカイラス神に願いを叶えてもらうために先立って苦しんでもらうんです」



大公「は」


大公「……そうか。『復讐するは我にあり』、か」


苦行者「そうです。あなたにはその者を裁く役目を神はお与えにはなっておりません」


大公「そして、私の親としての役目は終わりで、あの子を神の許に送り帰す時が来てしまったというのか……」


大公「…………光栄なことだな」


苦行者「そうです。光栄なことです。大公様は見事に“聖女”としての働きを成すように我が子を育て上げたのですから、あなたの神から惜しみない祝福が降りるというわけなのです」


大公「異教の神と我々の神が手を取り合っているとはな……」


苦行者「言ったはずです。遍く人たちに救いの教えを出す神々の願いは全て衆生済度であり、過程や結果はどうであれ、いずれかの方法で誰かが救われるのなら 他所の神のところに行って幸せでも それでいいのです」


苦行者「神は常に『迷える人々を一人でも救いたい』と願っているのであって、『自分の手で全員を救いたい』と願っているわけではありません故」


大公「そうだったな。『神も完璧ではない』というのが真理だったな」


大公「だからこそ、それでも救いの手を差し伸べ続けていることが人々に認められて崇敬され続けていることが神の偉大さの最たるもの――――――」


苦行者「そして、善き人々を一番に救う 維持と統制のヴァイクンタ神にしても、苦しむ人々を一番に救う 破壊と再生のカイラス神にしても、目指す先は同じ宇宙の真理であるブラフマプラなのですから」


苦行者「維持と統制のヴァイクンタ神は永遠に変わることのない安定した社会の礎の上で知識層や司祭階級などの特権階級の働きによって社会全体を向上させることで全体を救うやり方」


苦行者「破壊と再生のカイラス神は善悪を問わず直接的に苦しむ人々の悩みや痛みを助けていって一人ひとりに合った悟りを開くことで地道に人々を救うやり方」


苦行者「そのどちらも正しくて それでいて不完全であるからこそ、こうして対立しながらも この世界に同時に存在し続けていることができているのです」


大公「――――――神心、人知らずか」



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