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狩猟林清話 -王太子と大公令嬢-


さて、青い肌の貴人(ブルーブラッド)を王都に連れ帰って大公である私の屋敷に住まわせると、たちまちのうちに我が大公家に福徳をもたらすことになった。


その第一が、私自身が何よりも嫌っていた 貴族社会の慣習に則って我が子の教育を他者に委ねておきながら親心を発揮させられない真っ当ではない教育環境を築き上げたことで、愛を注いできたつもりの大事な大事な一人娘にむしろ寂しい思いをさせてきたことに気づかせてくれたのだ。


そのついでに、屋敷の使用人一人ひとりの悩みを聞いて様々な方法で解決に導いたことで、大公家の屋敷はかつてないほどの活気に満ち溢れ、


私が王家の別荘地で休養していたように しばらく実家に戻っていた妻に私自身も含めて何か過去最高に良いことがあったのかと不思議がられたぐらいだ。


なので、満場一致で青い肌の貴人(ブルーブラッド)には我が子のお目付役をお願いすることになり、同時に今までにない遥か東方の知識や発想でもって私の相談相手としてもご助力を賜った。



そして、皮肉にも現王太子である憎き兄の子は若かりし頃の兄以上に平凡で、既存の階級社会の在り方に反感を抱いていた兄とはちがって 王太子として与えられるものの全てを当たり前のものと感じて 下々の者に対する差別意識がある一方で、


愛する妻との間に生まれた我が子は大公令嬢とは思えないほどに自由奔放で落ち着きがない暴れん坊に育っていたものの、屋敷を抜け出して足繁く街中に通っていたこともあって、非常に庶民に愛される存在になっていたのだ。


そうなっていたのも、そもそも現国王夫婦が高位貴族と距離を置いて 下々の者とこれまでになく距離が近い 親しみやすい為政者として振る舞っていたからでもあり、現王権が庶民からの人気が高かったことに起因していた。


そういう意味では、あまり認めたくないところではあるが、現国王夫婦である憎き兄と義姉もまったくの無能というわけではなかった。


新参者が多い下級貴族の求心力を集めて着実に首輪をつなげることができているので、むしろ 新たな支持基盤の確立を果たしたということで意図せずに改革を推進することになり、


政治の中枢となる従来の高位貴族の調整役を前王妃から引き継いだ大公の私が行うことで、高位貴族からは過小評価されがちだが、新興貴族たちの手綱を握る国王である兄の手腕もあって、かつてないほどに国情が安定していた。


そのため、国王の姪である大公令嬢が頻繁に市井に姿を見せてくれることを市民は平和の象徴として誇りに思い、衛兵や自警団が身分や立場を超えて連携した“大公令嬢親衛隊”なるものが自発的にできあがっていたぐらいなのだ。


王家の御膝元である王都でこの国の実質的な支配者である私がそんなことになっていたことをまったく知らなかったことに血の気が引いたが、


それ以上に甥となる王太子よりも明らかに自由奔放で淑女らしさの欠片もない我が子の方が王としての資質を幼くして発揮していたことに驚愕するばかりだった。


それに気づけたのも青い肌の貴人(ブルーブラッド)のおかげであり、彼の者を絶対に他者に明け渡すことはしないと更に決意を固めるのであった。


事実、青い肌の貴人(ブルーブラッド)とは最初に友人として饗したおかげで友情を結ばれ、その恩恵を受けることができていたのだが、


本質的には味方でもなく敵でもない公正無私の異邦の神の御使いなので、その価値を理解されて手を回されることがないように、友人としての立場を利用して上手いこと操る必要があった。



大公「つまり、我々のベツレヘム神の本質は“正しい者の味方”で、それは維持と統制を司るヴァイクンタ神と共通するところなんですね」


苦行僧「その逆となるのが、“苦しんでいる者の味方”となる 破壊と再生を司る 我らが偉大なるカイラス神というわけなのです」


苦行僧「ですので、私はカイラスの教えに基づき、理由はどうあれ、善悪を問わず、今 目の前で苦しんでいる人を助けることを優先します。それがたとえ罪人であったとても」


苦行僧「そして、もっとも苦しめる者である 体を売るしか生きる術を持たない者の救済を至上とします」


苦行僧「ですから、私たちカイラス教徒は一部では快楽教徒とも揶揄され、淫祠邪教として迫害されることもあるのですが、迫害もまた良き苦行となるので喜んで異邦の地に往けるのです」


大公「だから、この王都に存在する娼館や貧民街の売春婦が屯している場所を知ろうとしていたわけなのですね」


大公「あなたの使命を理解してそういった場所をお教えすることも吝かではありませんが、あなたはすでに大公令嬢である我が子のお目付役として顔が知られすぎています――――――」


苦行僧「であるのなら、顔や体格を変えればいいのですね。この通り」


大公「……姿形も目の色も変幻自在だったのですね。それもそうか、青い肌を我々と同じ青白い肌に変えるのもできるのですから」


大公「しかし、そういったところに行って具体的にはどうなさるのです?」


大公「私も王都の支配する王族として貧民街などといった場所があることを由々しく思ってはいますが、予算には限りがありますし、大半が不法居住者として罰するべき者たちです」


大公「それと娼館なら、私の方から接待をさせますが? それでお譲りしていただいた香辛料の代金を受け取ってもらえませんか?」


苦行僧「大丈夫ですよ。今すぐに苦しむ者たちの現在を変えるつもりはないので」


大公「は」


苦行僧「いえね、恥ずかしいことに私めは敬虔なるカイラス教徒ではあっても、偉大なるカイラス神そのものではないから、一人ひとりの苦しみを居ながらにして理解することなんてできないもので」


苦行僧「ですから、自分で見て聞いて感じて 救うべき人が誰なのかを見極めてからじゃないと、限りあるこの身で我が偉大なるカイラス神の御意志を地上に体現することもできないんで、私なりの歩みでやらせてもらいます」


大公「……そうでしたか。これは差し出がましいことを」


苦行僧「お気になさらず。あなたも私の友人であることを上手く利用して、自分の望む未来を掴んでくだされ」


大公「あ」


苦行僧「では、御令嬢の勉学のお時間ですので」


大公「あ、ああ、よろしくお頼みします……」


大公「………………」


大公「………………」


大公「…………全てお見通し、か」



それから娘は庶民から愛される存在のまま、青い肌の貴人(ブルーブラッド)の優れた教育指導もあって、若かりし頃の私と妻以上に博識で礼節や度胸のある見目麗しき大慈大悲の大公令嬢へと成長することができた。


その評判は諸外国にも行き渡っており、婚約を結ぶ年頃にもなれば 各方面からの求婚者が絶えず 親としては嬉しい悲鳴を上げるしかなかった。


もちろん、庶民派の国王夫婦も貴族令嬢らしからぬということで私の娘のことを大層可愛がっており、王都の平和の象徴にもなった姪っ子をどこに嫁がせるかで一緒に頭を悩ませることにもなった。


できれば、諸外国に嫁がせたくはないが、国内に大公令嬢の評判に釣り合う同年代の高位貴族の令息がいないこともあり、娘の婿探しは難航することになった。


何しろ、男爵令嬢である現王妃の子である王太子よりも、れっきとした高位貴族の令嬢の子でかつ王国の影の支配者である私の子なのだから、私の子と結婚できるものはそれだけで王国で天下をとれると言ったも過言ではないのだから。



しかし、カイラス教徒である青い肌の貴人(ブルーブラッド)の教えを受けた娘は完全にカイラスの教えに染まっており、次々と訪れる貴族の求婚者たちを智慧なきケダモノ、進歩なきケダモノ、愛なきケダモノと断じて激しく拒絶することになった。


それはある意味においては既存の階級社会の秩序の打倒を密かに企てていた私としては喜ばしい成長であると同時に、娘には身元の確かな貴公子と結ばれることを当然だと考えていた私が理想と現実との落差に打ちのめされた瞬間でもあった。


私がやろうとしていたことは実はこういうことだったのだと、そのことにまるで思い至れなかった過去の自分の思い上がりを反省しなくてはならなかった。


そう、娘は青い肌の貴人(ブルーブラッド)から教わった正しい人との付き合いや長年に渡る様々な人たちとのふれあいによって相手の本質がわかってしまうせいで、自分に求婚してくる貴公子たちの中身の無さやゲスな下心に耐えられないぐらいに高潔になりすぎていたのだ。


これでは政略結婚の道具は務まらないし、相手に求めるものが多すぎて夫婦生活が成り立つはずもないし、現王権の最大の支持層である庶民の理解を得られるはずもない。


いや、娘の在り方は人間としては非常に望ましく 国王とはちがった方向性の理想の指導者になることもできるはずで、巷では“聖女”と称えられている程であった。


それなら、憎き兄夫婦と一緒に悩んだ末に、遠路遥々集まってくれた求婚者の皆々には申し訳ないが、改めて“聖女”を娶るに相応しい才覚と人格を磨いて出直してくることを通達したのだ。



この時、圧倒的な規模になった娘の求婚者の列を羨ましそうに私の甥となる非常に凡庸な王太子が見つめていたことに気づいた。


そこそこ優秀なだけの兄より輪をかけて凡庸な王太子は 庶民派の国王夫婦とは打って変わって 従来通りの階級社会の在り方を尊ぶように教育を施されていたため、私の娘とはちがった方向に一国の王子らしい高慢ちきな性格に育っていたのだ。


そう、青い肌の貴人(ブルーブラッド)がカイラス教徒としてもっとも嫌っていた誤った教育が繰り返されたばかりに、私の甥となる王太子はもっとも尊ばれるべき立場の自分よりも従姉妹の方が人気であることに激しい嫉妬心を抱くようになっていたのだ。


たしかに、勉学や稽古を嫌って娘は屋敷を抜け出して街中に出歩いていたぐらいに自由奔放で手を焼かされていたわけだが、結果としては良き師の導きもあって かえって国一番の人気者になっていたことは釈然としないものがあるだろう。


実際、全てにおいて王太子妃として幼くして完璧だった前王妃が結果としてほとんど実績を顧みられることのない過去の人として忘れ去られたことを思えば、私自身も真面目な人間が馬鹿を見る世の中に苛立ちを覚えずにはいられない。


しかし、少なくとも彼女は兄に合わせようと必死に努力して、ろくでもない婚約者であった兄と結婚させられてもお国のために最後まで操を立てて死んでいったのだ。


そのことを思えば、既存の階級社会の秩序への反発心もなく、唯々諾々と周りの人間の言うことに従うだけで自らの理想を打ち立てることもなく、嫉妬心だけはいっちょ前の甥の存在が途端に憎たらしく思えてきた。


だから、初恋の人の相手であることや血を分けた兄弟として愛憎入り交じった兄にはそれなりの配慮はするものの、初恋の人を踏み躙って生まれてきた甥に対しては決して容赦はしないと決心した。


その日から私は全てを巻き込んだ最終的な復讐の構想に取り掛かることにして、その布石として王太子であることが取り柄なだけの兄以上に凡庸な甥にこのままでは王位継承権がなくなるかもしれないと不安を煽らせていったものだ。


実際、兄夫婦は現在でも夫婦仲は良好なのだが、うだつが上がらない実の息子よりも輝くばかりの声望の姪っ子ばかりを可愛がるため、かつての私がそうであったように我が子に愛を注ぐことができていないのだ。


そのためか、王太子であることだけが唯一の親子の絆であると盲信している節があり、そのために鷹揚だった兄とはちがってまったく余裕がない甥はとかく自分の沽券に関わることになると当たり散らす性格になっていた。


また、兄夫婦は下級貴族や庶民からの支持は絶大だが、逆に上級貴族や他国からの信頼はないに等しい。


当然、それは庶民派を気取って学生時代の恋人であった平民育ちの男爵令嬢を側妃に迎え入れて世継ぎを生ませた一方で、婚約者であった前王妃との間に子を成さなかったことなどで冷遇してきたことが原因であった。


そのため、現王太子である甥はいくら書類上は高位貴族の令嬢を母に持つとは言っても、実態は平民育ちの男爵令嬢の子であることがはっきりしているため、王太子だけれども卑しい血筋の子だとして上級貴族からは敬遠されていたのだ。


その卑しい血筋の生まれであるという事実も、正真正銘の高位貴族の血筋の従姉妹に対する劣等感を助長させるものであった。


しかし、それでは次期国王となる甥の体面と将来が危ういということで、前王妃の役割を受け継いで上級貴族たちの調整役となっていた大公である私が公爵家と縁のある同盟国の辺境伯令嬢との政略結婚を取り付けざるを得なかったのだ。


本当は甥のためなんかに嫁探しをする義理はなかったのだが、これも兄に復讐するための布石だと割り切って何とか見つけてきた品行方正で素晴らしい令嬢なので、甥なんかに渡すのがもったいなく感じられた。


公爵ほどではないにしろ、国境の要として大きな権限を与えられている辺境伯の令嬢が婚約者である。同盟を強化するために重要な意義を持つ政略結婚であることは理解できているはずなのだ。


だからこそ、甥の婚約の仲介人となった大公である私が連れてきた同盟国の辺境伯令嬢なのだから、すでに王家の人間として容赦なく復讐に巻き込むことに決めていた。



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