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狩猟林清話 -青い肌の貴人との出会い-


この手記は日の没するところのケダモノの国の国王である兄の腹心である大公であった私が憎き兄であった先王を廃して 位はそのままに聖女の都の領主一族になった歴史的事実と、その裏で大きな原動力となった 青い肌の貴人(ブルーブラッド)と呼んだ 東方よりの賢者との会話を回想したものである。


ここで言う青い肌の貴人(ブルーブラッド)とは白い肌に青い静脈が透けて見える高貴な血筋の尊称のことなどではなく、()()()()()()()()()()()()であったことを最初に明記しておく。


他にも、我々がよく知るデビル族も青黒い肌で描かれているわけなので、悪魔の化身と間違えられる点にも注意されたし。


もっとも、彼自身もデーヴァ族の出身と言っており、デビル族とデーヴァ族の語感の類似性から おそらくはデビル族は遥か東方のデーヴァ族との混血ではないかと考えられる。


そう考えると、デビル族が行使する魔術とデーヴァ族の彼がやってみせた数々の秘術の繋がりが感じられる。


つまり、青白い肌が高貴な血筋の貴族で、青黒い肌がデビル族で、群青色の美しい肌がデーヴァ族と色分けできそうだ。


ただ、ここで紹介するデーヴァ族の青年は異邦の神に仕える高位の神官でもあるため、肌の色ぐらい変えることも造作もなく、我々と共に暮らしている時は我々と同じ青白い肌で過ごしていた。



そう、初めて出会ったのは聖夜祭が過ぎた頃の寒さが極まる真冬の日のことだった。


もっとも、初めて出会った時は王家の別荘地の狩猟林で全身糞塗れの血塗れの痣だらけで全身骨折という惨憺たる有り様で、


従者を連れて暗い森の中で突如として漂ってきた異臭の元を辿ると、野獣に襲われて虫の息に思えた彼を汚物塗れなのを必死に堪えて運び出して、泉で綺麗に汚れを落とした時は全身痣だったために全身が青褪めているように思えたぐらいだ。


そのため、別荘地で休暇の日々を送っていた私は客人として全身痣だらけの傷病者の彼をもてなし、やがて本当に青い肌をした貴人であることを知って、そこから二度三度四度と驚くことになったものだ。


私の従者は青い肌の彼を見て即座にデビル族であると恐怖のあまりに剣を抜いたが、私は青い肌をした存在よりも従者が刃を抜いたことに度肝を抜かれて即座に制止した。


少なくとも全身血塗れで全身骨折で生きているのが不思議なほどだったのに、別荘に運び込んですぐに傷口が塞がって立ち上がって口が利けるようになったのだ。まともに剣でやりあっても勝ち目はないだろう。


それに、無闇に剣を向けることでデビル族とこの場で敵対することになれば、我々が無事でいられる保証などどこにもない。


ここは王弟である大公の私の度量でもって何とか収めるしかないと踏んだのだ。


この読みは正解で、彼はデビル族ではなくデーヴァ族の修行僧であり、この度はここより遥か東方のカイラス山から日の没するところの国々を遍歴するために訪れたことを説明してくれた。


そこで話されるのは、遥か東方のカイラス山と言い、初めて聞く異邦の話ばかりであり、非常に興味をそそられるものがあった。


私は遥か東方より来訪してきた異邦の賢者を友人として遇することにし、別荘で過ごす休暇の話し相手として青い肌の貴人(ブルーブラッド)と一緒に過ごすことにしたのだ。


実際、聞いたこともないような遥か東方の地より来訪してきたことに嘘偽りはなく、私と一緒に狩猟に出かければ私が幼い頃から親しんだ暗い森の中を恐るべき俊足と嗅覚で駆け回り、何も視えないような場所から大物を木々を貫通する一射で仕留める凄まじき剛弓の使い手であった。


仕留めた獲物も運びやすい部位だけ切り取って解体することなく、片手で鷲掴みにして持ち上げると木々の枝から枝へと跳び移って、あらかじめ狩猟林の前に溜めさせていた池に直接ぶん投げて運ぶほどであった。


これだけでも剣を向けていたら命はなかったと冷や汗を掻くことになったが、青い肌の貴人(ブルーブラッド)に背負われて鬱蒼とした狩猟林を枝から枝へと跳び移ってあっという間に別荘に戻ってこれた体験も今までにないほどに命の危機を感じた。


そして、池に投げ入れた獲物を青い肌の貴人(ブルーブラッド)が何やら呪文を唱えると、一気に池が渦を巻いて煮え滾り、綺麗に剥がされた皮が空を舞い、部位ごとに切り分けられた肉や臓物が地面の上に敷かれた皮の上に並べられることになったのだ。池は綺麗に血抜きされたことで鮮血に染まっている。


これだけでも驚くことなのに、青い肌の貴人(ブルーブラッド)は自ら調理場に入って体が温まる煮込み料理をふるまってくれたのだ。


しかも、金と同等の価値を持つとされる東方の香辛料をふんだんに使ってくれただけじゃなく、友情の証として香辛料の1瓶を譲ってくれることになったのだから、デビル族かもしれない存在を友人として饗そうという私の判断の正しさを自分で褒め称えたくなるのも無理はないだろう。


こうして青い肌の貴人(ブルーブラッド)と友情を結ぶことになって、東方の様々な知識や情報を仕入れることに専念することになったのだが、


我が国に入って直ぐにデビル族に間違われて王都に強制連行される途中で謂れなき迫害を受けて最終的に崖から突き落とされていたことを聞いた時は血の気が完全に引いた。


私はその時はそこそこ優秀な兄を裏で操る大公でもあったので、私のここでの対応次第で青い肌の貴人(ブルーブラッド)の怒りの矛先が我が国に向けられることに、死を覚悟したのだ。


そのため、金と同等の価値を持つとされる東方の香辛料をタダで譲ってもらったままにするのはマズいと思い、非公式ながらこの場で国を代表して謝罪をするべきだと判断した。


よって、香辛料の代金と賠償金として金銀財宝を贈る示談を行おうとしたのだが、青い肌の貴人(ブルーブラッド)は特に気にした様子もなく笑って流してくれたのだ。



大公「な、なぜです? 怒らないのですか? 無知な庶民の仕業とは言え、謂れなき迫害をその身で受けられたのですぞ?」


苦行僧「その後、大公様に助けられたではありませんか」


苦行僧「しかも、汚物塗れだった私を貴い身分のあなたと従者で手ずから身を清めてくださった上で、見ず知らずの私を客人として饗してくださいました。それで十分です」


大公「し、しかし、本当に憎んだり恨んだりはしていないのですか?」


苦行僧「私は苦行のために遥か東方の神山聖地のカイラス山より日の没するところのケダモノの国に参ったのです」


苦行僧「ですので、謂れなき迫害を受けて死ぬような苦しみを味わうことができたことを主に感謝するばかりなのですよ」


大公「は」


苦行僧「わかりませんか? この世で苦しむことは前世の罪業を晴らすことなのです。前世の借財を苦で払い、人々のためになることで功徳を積むことで今世を豊かにすることができるのですよ」


大公「………………?」


苦行僧「では、一度は考えたことはありませんか? どうして同じ人間なのに生まれついての才能や感性、幸不幸に差が生まれてくるのかを」


大公「それは確かに気になることではありますが……」


苦行僧「それは至極単純なこと。前世の自分が積み重ねてきた精進努力と善因善果・悪因悪果の賜物なのです」


大公「………………!」



それはあまりにも衝撃的な価値観や宗教観の違いであった。


苦しむからこそ幸せになれるという忍耐の教えは たしかに我々のベツレヘム神の教えにもある ごくありふれたものだが、


どうして人は苦しむのか、どうして人は生まれながらにして何もかも差があるのかと言った この世の摂理にまで踏み込んだ教義は存在していなかったのだから。


これはどう考えても異端であり、やはりデーヴァ族はデビル族と関係がある危険な存在として、決して耳を傾けるべきではないと頭では理解しながらも、


私はこの教えにこそ私を救うものがあるのではないかと身を乗り出して青い肌の貴人(ブルーブラッド)の説法に聞き入っていたのだ。


そして、次こそが私がケダモノの国の中心である王都を聖女の都へと変えることになる中心的な教義となる。



大公「え? あなたはカイラス神と敵対しているヴァイクンタ神を崇敬しておられるのですか?」


苦行僧「いつ私が偉大なるヴァイクンタ神を貶めた発言をしましたか?」


大公「し、しかし、先程 愚鈍なるヴァイクンタの教えだとか、使徒だとか言っておりましたよね?」


苦行僧「そうです。愚鈍なのはヴァイクンタの教えと使徒であって、ヴァイクンタ神が偉大なる存在なのは紛れもない事実です。そこを間違えないでください」


大公「え」


苦行僧「いいですか? 神の存在は絶対なのです。いかに優れた人間がいようと神より優れた存在になったと思い上がるのは神の偉大さを知らぬ無知を晒しているだけであるし、異教の神であっても一定の敬意を払うべき存在なのです」


苦行僧「わかりやすく言えば、神を信仰しているあなたは神ほど偉大ではない――――――」


苦行僧「なぜなら、あなた個人が神のごとく遍く人々に永遠に信仰される存在ではない――――――」


苦行僧「と言えば、一代限りで誰からも信仰されない地上でもっとも優れた人間よりも、何世代にも渡って誰もが信仰している神が絶対的に偉大であることは明確になりませんか? それだけ魅力的な存在なのですから」


大公「つまり、神の存在は絶対であるが、その偉大さを正しく理解できないのは人間自身の無知さゆえですか?」


苦行僧「そうです。ですので、私はあなた方の神に対しても崇敬いたしますが、その信徒の一人ひとりに対して敬意を払うかは別の問題ということです」


苦行僧「ですから、大公様の知遇を得たことで、全てを許しているのです。異教の神を崇敬する異郷の地に一人でも私を慈しんでくださる者がいれば、それで十分にあなた方の神の偉大さがわかりますので」


大公「あ、ありがとうございます……」


苦行僧「そう畏まらないでください。人として当たり前のことをしてもらったのですから、こちらも人として当たり前のことを返したまでです」


苦行僧「そして、すでに私たちは友人ではありませんか」


大公「はい……」



このように、青い肌の貴人(ブルーブラッド)は非常に気が長く非常に寛容で聡明な高僧であった。


というのも、それは神に対する信仰心というのが本質的には個々人の問題であるからこそ、その一つ一つを具に見る努力を青い肌の貴人(ブルーブラッド)の信仰では絶対としているからなのだ。


私自身も『神は一人ひとりの行いを具に見ている』という抽象的な観念があるため、それを肉体に縛られた人間が実行すると このように非常に気が長く何にでも寛容になれるのだと理解することになった。


私もそこそこ優秀な為政者である兄を操って国の安寧を保ってきただけに、全てを自分の思うように運ぶために『全ての時間と全ての場所に自分自身を向かわせることをできたら』と思うことがうんざりするほどあるため、そういう意味で全ての人間を同時に見ることができるとされる神の偉大さはたしかに人間が及ぶものではないと理解させられた。


しかし、現実としてそこまで悠長にしていられないのも事実であり、自分の手足として代わりに向かわせた部下の責任もとらなくてはならない苦悩と苦労もあるわけで、頭では真実だと理解はするが 心情としてはなかなか納得がいかないものがあった。


そう、国王補佐である大公の名の下に命令して得られた功績は当然ながら自分のものになるが、失敗の責任もまた自分のものなのだ。


そのことを神にも当てはめると、たしかに神の教えに従った者たちが過ちを犯した責任も神自身も受けているはずであり、それは一人の人間が認識できるはずもない途方も無い人数に昇るはずなので、神もまた理想の教えを説いたのにちっとも世の中が良くならないことを嘆く苦労人であるのだと親近感を覚えた。


だから、青い肌の貴人(ブルーブラッド)の宗教観ではいかなる教えの神であっても一定の敬意を払う対象と成り得るわけなのだ。まさに大自在であった。


そして、どれだけ神の理想を解かれても それを実行に移すのは人間であり、人間は神のごとく全てを見通せる力を絶対的に持たない存在なので過ちを繰り返す――――――。


よって、人間は常に間違う存在であり、神もまた思い通りにならないことを嘆く存在だという理解があるからこそ、『罪を憎んで人を憎まず』の精神でいられるのだと感じた。


そういう考えがあることを知って、貴重な休暇を王家の別荘で少ないお共だけで過ごすことを選ばざるを得なかった私の疲弊した心はようやく軽くなった。


というのも、私も長らく為政者としてそこそこ優秀なだけの兄の尻拭いをしてきたが、いよいよ一人娘の将来も見据えなくてはならない時期に入って、政治家としての自分と父親としての自分にどう折り合いをつけるべきかで悩んでいたからなのだ。


国王の姪となる大公令嬢ともなれば、誰と結婚させても国内外での勢力図に大きな影響を及ぼすのは避けられないのだから。


その上で、私が常に我が子に願っているのは、私がかつて思いを通じ合わせた前王妃と同じ目に合わせたくないということであり、


王弟である私が実の兄を憎んで いずれ復讐するつもりで 長年に渡って支えてきた理由はまさにそれであった。



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