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ある快楽教徒の書簡【ある王国で“聖女”と呼ばれた大公令嬢の話】


我が偉大なる神にして、誉れ高き吉祥者にして、破壊と再生を司る暴風と慈雨の王であるカイラス山の恐怖と慈悲の大王よ、


嗚呼、日の没するところより あなたの苦行僧(サドゥー)の怒りと嘆きの声を聞き届けたまえ。


この度、主の神山聖地を離れて早数年、私めは日の没するところにあると言われるケダモノの国での苦行を許され、カイバル峠を超えて ひたすら西へ、西へ、西へと歩いていきました。


その道中、永劫を謳い 不変の真理を授け 生まれ変わっても変わらぬ毎日を約束する 停滞による壊死をもたらす 愚鈍なるヴァイクンタの使徒たちにも幾度となく襲われましたが、


我が偉大なる神の威光により、永劫を謳うヴァイクンタの使徒たちは尽く滅び、ついでにケダモノの国への行く手を阻む悪鬼羅刹も一切の例外なく滅び、誉れ高き吉祥者の神威を遠く異教の地にも轟かせることに相成りました。


しかし、千変万化と進歩発展と苦中之楽を尊ぶあなたの苦行僧(サドゥー)にとっては道中はまったく苦ではなかったのです。


それ故に、主が常々戒める楽中之苦を味わう道中となり、やがてはそれが苦中之楽となり、そうなったかと思いきや楽中之苦に輪転することになり、苦中之楽となるのです。


よって、日の没するところのケダモノの国での苦行を始める前から主の大愛を受けていることに日々感謝の言葉が尽きません。



そうして街中にモミの木の幼樹に王族のような飾り付けをする変わった風習が催される季節にて、ようやく日の没するところのケダモノの国での苦行が始まりました。


どうやら私めはこの聖夜の催しに盗みを犯した者に間違えられたようで問答無用で乱暴に取り押さえられた後、牢屋に早速閉じ込められ、しばらく瞑想をしていたところ、そのまま1ヶ月が経っていたらしく、


ケダモノの国の者たちはあなたの苦行僧(サドゥー)をケダモノの国における悪魔の化身か神の御使いであるかを審問すべく、ケダモノの国の王都への荷台に乗せることになりました。


早速、荷台に揺られて寒さの極まる中、左右から石をぶつけられ、停まった時にわざわざ荷台から引きずり落とされて唾を吐かれたり、蹴りを入れられたりしました。


あるいは、泥道の上に寝転がされ、糞溜めの桶の中身を浴びせられたり、たちまちあなたの苦行僧(サドゥー)は汚物塗れになりました。


そのためか、途中で王都に連れて行くのに嫌気が差した御者が私めを再び引き摺り落として荷車を牽く馬に散々踏みつけさせた上に馬の糞尿を浴びせた末に崖の上から突き落としたのです。


結果、私は汚物塗れの上に血塗れで痣だらけで転落した末に全身骨折のあなたの苦行僧(サドゥー)になれたのです。本当にありがたいことです。大神の大愛を感じます。


それからあなたの苦行僧(サドゥー)が目覚めると、私はケダモノの国を支配する王族の別荘で饗されておりました。


どうやら、突き落とされた崖の下の森がケダモノの国の王族が専有する狩猟林で、王都に連行される途中で御者に捨てられたために、私めが悪魔の化身であるという風聞が国中に広まることはなかったようで、


汚物塗れの上に血塗れで痣だらけで全身骨折で這いつくばっていた私めを狩猟林に蠢く野獣に襲われて死にかけていたと思い、王族の方が憐れんで保護してくださったようでした。


おかげさまで、真冬の狩猟のために別荘地を訪れていたケダモノの国の王弟である大公様と物珍しいという理由から知遇を得ることになり、再び楽中之苦が始まるのかと期待しておりました。


実際、破壊と再生を司る暴風と慈雨の王である主の剛弓を持ってすれば真冬の狩猟も弾み、医薬を司る強さと優しさを兼ねた主の料理を披露すれば舌鼓を打って大公様は大いに感動なされたのです。


そのため、真冬の別荘で休養をなさる大公様に請われて、あなたの苦行僧(サドゥー)はケダモノの国の政治の中枢である王都での日々を送ることになったのです。



それから私めは大公様の御令嬢のお目付役に抜擢されることになりました。


その御令嬢すなわち大公令嬢は幼くして非常に奔放なお人柄で、我が偉大なる神の妃である黄金の輝きを持つ貞淑なる者には程遠いものの、それでも主が愛する好奇心の塊でもありました。


そのため、勉学や稽古を度々抜け出しては街中に繰り出すわけで、それを捕まえて無事に屋敷に連れ戻すのが私めの役目になっていったのです。


当初は大公様が連れてきた余所者として屋敷の方たちから冷遇される身ではありましたが、むしろ余所者として突き放した態度をとって客人に働く数々の無礼が私めの苦行になるので、


明らかに量が少なかったり腐っていたり残飯だったりする食事を出されてもありがたいし、理由をつけて大公様に宛てがわれた客室を追い出されて屋敷の外で瞑想に耽る時間をとらせていただけるのも大変ありがたいことでした。


しかし、私めの苦行の手伝いをしてくれている 心温まるもてなしをしてくださる使用人たちの振舞いを大公様は大変にお怒りになり、


更には御令嬢がかなりの頻度で屋敷の外に出ていることを報告していなかったことも含めて、使用人たちを全員解雇しようとなさったのです。


どうやら、このケダモノの国では屋敷の主から解雇を言い渡された使用人は路頭に迷って明日生きていくことも絶望的らしいのですが、


それなら みんな あなたの苦行僧(サドゥー)になることを私めは勧めたのですが、なぜか逆に額を擦るほどに頭を低くして謝罪してきたのです。


謝罪の理由が理解できなかったので、一人ひとりの話を聞き、いろいろな悩みにあなたの苦行僧(サドゥー)として答えていった結果、段々と屋敷の人たちの人情がわかっていき、信頼を寄せられるようになりました。


そして、王族である御令嬢を厳しく叱るのが畏れ多い上に 父親である大公様が娘を溺愛していたことで 堪え性のないワガママな御令嬢に育ってしまい、


使用人の立場で御令嬢の素行を矯正することなんて無理だとあきらめて以降、大公様の怒りを買わないように不都合な真実は全て隠すようになってしまっていたのだと言います。


つまり、事の原因は大公様が御令嬢のことを()()()()()にしていたという悪行の結果だとわかり、早速 大公様に改心を促すべく、御令嬢を伴って屋敷の主人の部屋に押し入ったのです。


そこで あなたの苦行僧(サドゥー)として大公様の認識の間違いを正すことになり、子供は神より立派に育て上げることを預けられたのであって()()()()()()()()()()()()ことを説き、


それから我が子の人品骨柄の卑しい行いを正すように周囲が働きかけるのは神からの慈悲と警告であることを親として理解させました。


事実、普通の家庭のように親の目の届くところに子がいるわけでもないのに、神より預けられた我が子の面倒を親ではない他人に任せている以上、その他人に親心を働かせることができないようにするのは親の落ち度であり、それでは親の愛が子供に注がれることがないと説いたのです。



この件で、私めはようやく日の没するところのケダモノの国と呼ばれている所以を理解することとなりました。



どうやらケダモノの国の王族というのは自分こそが世界で一番に偉いのだと驕り高ぶっており、


それでいながら、子供でも理解できるような譬え話を何度もして その場で己の非を認める程度の浅知恵しかないのです。


これは大変恐ろしいことです。()()()()()()()()()()()()()()()()のですから。


言われればすぐにわかる程度の思い違いをしていることへの自覚もないとなれば、自らの過ちを正す智慧がない永遠の罪人なのですから。


しかも、この国の王侯貴族というのは、あの停滞による壊死をもたらす 愚鈍なるヴァイクンタの教えを受けているかのような 型通りの生き方を子供の時から強制しており、


そこには個人個人の得意不得意などの天稟を測ることなく、ただただ生まれに応じた義務と責任を一方的に課す 型通りの教育しかできないヴァイクンタの使徒のような不届き者に囲まれているわけでして、


つまり、御令嬢は幼いが故の直ぐなる心の眼で愚鈍なるヴァイクンタの教えやそれに類似する型通りの教えがいかに間違っているかを見抜いておられたのです。


そして、主が愛する知的好奇心に導かれて、この世の真実なるものをこの目で見ようと願って、屋敷の外に出かけていらしたのです。


ですので、屋敷の外のことを教えることができない愚鈍なる教育係は御令嬢と共に屋敷の外に繰り出して市井の在り方をきっかけにした生きた教えを説くことができないわけなのです。


あるいは、勉学や稽古の意義を説いて屋敷に留めようとする教育係としての努力の足りない無能というわけです。


そもそも、御令嬢には適していないのに気づいて御令嬢が学びやすいように教え方を合わせるという親心がない辺りが、御令嬢のことを身分で差別して その場凌ぎで自分さえ良ければいいと考えている証拠です。


私めが教育係から教科書を引ったくって御令嬢と一緒に街中を散策しながら、買い物や交渉を通じて勉学や稽古の意義を実践を通して説いてみせると、


たちまちのうちに日々の勉学や稽古に強い興味を持つようになった御令嬢は読み書きや計算、礼儀作法、詩の暗誦が堪能になったのです。


同じ教科書を使いながら これだけの差が出る辺り、やはり教科書の内容に問題はなくても教える人間に問題があるわけです。


しかも、王族である大公令嬢の教育係でこの程度なのですから、この国の知識人の程度が知れます。


なるほど、たしかに日の没するところのケダモノの国だと感心した次第です。


主がもっとも嫌うのは智慧なきケダモノ、進歩なきケダモノ、愛なきケダモノであり、


つまりは永遠を謳い 不変の真理を授け 生まれ変わっても変わらぬ毎日を約束する 停滞による壊死をもたらす 愚鈍なるヴァイクンタの教えに生きる家畜(ケダモノ)なのですから。



それからは御令嬢のお目付役として大公令嬢殿下の成長を長らく見守ることになりました。


御令嬢は持ち前の知的好奇心と王族としての礼節を兼ね備えた智慧と度胸と慈悲の塊となり、庶民からも、貴族からも、王様からも、誰からも愛されるような麗しの姫君に成長なさいました。


そのため、御令嬢には異国からの求婚者もこぞって集まるほどでしたが、それだけに御令嬢をどこに嫁がせるかでケダモノの国の王様も大公様も頭を悩ませることになりました。


しかし、今では立派な主の教えと大愛を受けて育った御令嬢には自分を妻に求める求婚者たちが智慧なきケダモノ、進歩なきケダモノ、愛なきケダモノに思えて、激しく求婚者たちを拒絶したのです。


それによって、体面を傷つけられた求婚者たちの逆恨みと何としてでも麗しの姫君を得ようという恐ろしい執着が始まったのです。


やがて、御令嬢は婚約者が決まらないまま王立学園の生徒となり、“聖女”と崇められるようになった己の在り方を依然として貫いて、積極的に各地の視察や慰霊を行うことで ますます名声を博すことになりました。


御令嬢の眼で確かめて その土地土地の問題や悪習を次々と解決していき、悪行に手を染める他なかった罪人たちを憐れんで、様々な解決策を提示して改革を促す智慧と資金をもたらすのですから、まさしく慈雨の王のごとくでした。


しかし、そこで常日頃おもしろくないと思っていたのが、他ならぬ御令嬢の従兄弟となる王太子殿下でした。


殿下は“聖女”と崇められるほどに眩い輝きを放つ従姉妹の大公令嬢に激しい敵愾心を抱いており、どうも王太子である自分の立場が奪われそうになっているのだと誰かに吹き込まれていたようでした。


もちろん、御令嬢は“聖女”と崇められる自分の生き方を生涯貫く決心を我が偉大なる神に誓っておりまして、すでに王太子が決まっている以上は王位にはまったく興味はございません。


しかし、積極的に視察や慰霊に繰り出して各地の人たちに王太子以上に自分の存在を憶えてもらうように行動しているのだと一部では疑われているのも事実でした。


更に、王太子殿下の地方での知名度は“聖女”の影に完全に埋もれていまして、御令嬢こそが次期国王なのだと本気で信じていた地方出身の令息令嬢たちの思い違いに非常に気を悪くしたそうです。


そのことで王太子殿下が御令嬢を呼びつけて、落ち着きのなく はしたない 目立ちたがり屋の 淑女の風上にも置けない女性であることや 同じ王族として王太子である自分を立てるべきという趣旨で怒鳴りつけたのです。


そこで、御令嬢は毅然として『理想に貴賤も男女の別はなく、低き理想に流れる王に高き理想に生きる者が頭を下げるしかないのなら、高き理想を実現できる場所に行くだけ』だと、たった一言 強い眼差しと共に返したのです。


泰然自若とした受け答えにまたしても差を感じてしまった王太子殿下は『女性領主の誕生を禁ずる法律を作る』と脅しをかけるのですが、御令嬢は『では、私の愛しい弟妹(きょうだい)に養ってもらいましょう』と素気なく返したのです。


実は、御令嬢からの頼みで私めが大公様に新たなお子が授かるように働きかけたことで精力絶倫となった大公様と大公妃様の愛が再び燃え盛った結果、このつい先日に双子の弟妹(きょうだい)が誕生していたのです。これもまた破壊と再生を司る主の祝福です。


ですので、あなたの苦行僧(サドゥー)になるために家族の執着を捨てる条件として、大公家の跡取りとなる弟妹(きょうだい)の誕生を誰よりも御令嬢はお慶びになりました。


私めもあなたの苦行僧(サドゥー)として こうして日の没するところのケダモノの国での苦行を許され、その地で得た歓びの日々を噛み締めております。


嗚呼、こうして日の没するところのケダモノの国にて、まさか 私めの弟子となる あなたの苦行僧(サドゥー)が誕生するとは本当に思いもいたしませんでした。主よ、感謝いたします。


なので、あなたの苦行僧(サドゥー)となった御令嬢はまさに無敵で、王太子殿下の出不精の僻みに屈することは決してないのです。


国全体で理想を叶えられないのなら、故郷である大公領で理想を叶えるだけですから。千里の道も一歩から始まるのなら、許される範囲の中で歩き通すのみ。


そこで身近な人たちの悩みを聞いたり、苦しみを楽にしてやったりして、昨日よりもより良い今日を築き上げていくだけです。


正直に申しますと、王太子殿下は愚鈍なるヴァイクンタの使徒に相応しい方でして、型通りの観念や価値観に縛られて思い切ったことを何もできないでいて勝手に一人で無力感を噛み締めている様を見て愉悦を覚えていたことをお許しください。


しかたがないじゃありませんか。この国に至る道中で何度も返り討ちにしてきた愚鈍なるヴァイクンタの使徒にそっくりなのですから。



それからあなたの苦行僧(サドゥー)となった御令嬢の“聖女”としての名声はついに王位を脅かすほどにもなったのです。


というのも、それは“聖女”の存在を求めて同じ穴のムジナの諸外国がケダモノの国に戦争をチラつかせるようになってきたからなのです。


そして、この国難を乗り切るためには大公令嬢を他国に嫁入りさせる他ないと苦渋の決断を下した王様に対して“聖女”に心酔していた地方貴族たちが一斉に反発し、御令嬢を王座に据えることで嫁入りを回避させようと一触即発の事態になったのです。


そのため、諸外国や地方貴族たちに“聖女”を奪われないように事態が進展するまで御令嬢を幽閉することが決まりました。


それは御令嬢の父君である大公様の執り成しによって得られた小康でもあり、それぐらい今の王様には事態を解決するだけの力はなかったのです。


そうして、お目付役として長年に渡って御令嬢に仕えていた私めも御役御免となり、お世話になった大公様の屋敷を出ていこうとしました。


その時、狩猟を通じて知遇を得た年来の友となる大公様に呼び止められ、この地における最後の晩を共に酒を酌み交わすことになったのでした。


その酒の席で、王弟である大公様は完全な人払いをして、恐るべき事実をあなたの苦行僧(サドゥー)に話したのです。



実は、王弟である大公様は王位簒奪を狙って今の状況を作り上げた黒幕だったのです。



それは自身が王位に就くことや、愛娘である“聖女”が女王になることでも、新たに生まれてきた双子のどちらかが王の座に就くのでも、


とにかく、実の兄である王様の血筋から王位を奪い取ることができれば何でもいいというのです。


というのは、これが大公様の個人的な復讐であり、今の王様が元々は大公様と思いを通わせていた公爵令嬢を婚約者として奪っておきながら冷遇してきた怨みだと言います。


王様は若い頃に婚約者である公爵令嬢の幼くして完成された王太子妃としての大人顔負けの洗練された立居振舞を見て、周囲の大人と代わり映えしない様子に退屈を覚え、そこに不満を感じていたようなのです。


そして、平民育ちの自由奔放で住む世界が違った男爵令嬢に強い興味を持つようになり、段々と平民育ちの男爵令嬢にのめり込んでいくうちに、平民の世界での恋愛観に憧れるようになったのだそうです。


結果、婚約者である公爵令嬢に対して王妃としての役割だけを求めるようになり、若き日の王様は平民育ちの男爵令嬢を高位貴族の養子に迎えさせてから側妃にしたわけなのです。


更に、王様は側妃となった平民育ちの令嬢に愛を注ぎ続け、一方で正妃である公爵令嬢との間に子を成そうと一夜を共にしたことは一度もなかったのです。


為政者としては 王妃である公爵令嬢の献身的な支えがあって やっと上の下程度のそこそこ優秀さのおかげで王様の治世は安定しており、


側妃となった平民育ちの令嬢も意外なほどになかなかのやり手で 主に下級貴族たちからの支持を集めて王権を支えたという確実な功績を残したため、


嫡子となる男子を先に側妃が産んだことで世を儚むように先立たれてしまった元公爵令嬢に想いを寄せ続けていた大公様としては憤懣やるかたない思いでいっぱいだったのです。


そう、利害関係の調整が難航しやすい上級貴族の相手をしてきた()()()の功績よりも、低予算で問題解決に導ける下級貴族の相手の方が数をこなせるので()()()の功績は小粒ながらも大きく積み重なっていたのでした。


そのため、今は亡き前王妃の数少ない功績はほとんど顧みられることなく、それからも宮廷で影響力を伸ばし続けている努力の人である現王妃の評価は堅実に上がっていっているのです。


幼馴染として兄と結婚してからも何度も前王妃からの相談に乗っていた大公様はやがて型通りの礼だけ尽くして前王妃の死を嘆くふりをしてきた兄の欺瞞に憤りを感じるようになり、絶対に復讐してやろうと考えて今日まで生きてきたことを告白してきたのでした。



そして 現在、私めの薫陶を受けて同じあなたの苦行僧(サドゥー)となったことで“聖女”となった愛娘の影響力を利用して、実の兄である王様の治世を乱してやろうと企てていたのです。


そう、そのために大公として 先立たれてしまった前王妃の代わりに 常に国王である兄に献身的に仕えてきたわけであり、すでに兄である王様はもっとも信頼を寄せる大公である実の弟の操り人形になっていたのです。


だから、ここまで状況を操作することもできたし、前王妃がいて やっと上の下程度の そこそこの優秀さでは切り抜けられない乱世に持ち込むことで失脚させようとしていたのです。


それと同時に、憎き兄の子である現王太子にも優秀な我が子である大公令嬢に王位継承権を奪われるという不安感を長年に渡って刷り込んだのも周囲の人間を使った大公様でした。


私めの登場と愛娘の成長は当初の予定にはなかったものの、憎き兄を失脚させるための計画を補強するための材料として積極的に組み込んで、王太子と大公令嬢の対立を陰で操っていたのです。


そして、緊迫した状況下で敵愾心と不安感を極限まで煽られた王太子が かつて大公令嬢に求婚をして手酷く振られて歪んだ執着心を抱いた諸外国のケダモノたちと裏で手を組んで、王族が幽閉される嘆きの塔に侵入者を手引するように仕向けていたのです。



ここまで話してくれたことで、去り行く私めにようやく大公様が言いたいことがわかりました。



言い終える前に立ち上がった私めを大公様が一旦制止されると、御自分の紋章と愛用の弓矢を私めに差し出したのです。


そして、大公様は『後の事は任せたまえ、友よ。娘のことを頼む』と私めと一緒に開けていたワインボトルを一気に飲み干して部屋から去っていくのでした。


それから私めは御令嬢の許に駆けつけました。


嘆きの塔を守っているはずの衛兵は全て大公様の裏の命令でその場から離れており、代わりに王太子が所有する馬車が停まっており、それを見るなり弓矢で馬車を破壊して、馬たちも野に解き放ちました。


ちょうどよく嘆きの塔からケダモノたちが勢いよく飛び出してきたので、最初に飛び出してきた2人を弓矢で絶命させ、急いで出てきて また急いで嘆きの塔に引き返したうちの1人もすかさず絶命させました。


すると、それと入れ違いで嘆きの塔の外に思いっきり飛び出してきたものがありました。


それは大公様から託された長年に渡ってお目付役をさせてもらった御令嬢であり、王族が着るのに相応しくない薄い生地の貧相な服が破かれて肌があられもなく露出しておりました。


しかし、御令嬢の眼差しは力強く、私めが助けに来たことを理解すると行動は迅速果敢で、御自分の無事を私めに確認させると嘆きの塔に閉じこもるケダモノに向けて無情にも首を縦に振るのでした。


この瞬間、あなたの苦行僧(サドゥー)()()()()()()()となって第三の眼から放たれた破壊光線で嘆きの塔は崩壊したのです。


見上げる程の塔が一瞬にして瓦礫の山に変わり、私めの剛弓を恐れて塔に立て籠もったケダモノは全て生き埋めになったのです。


そして、御令嬢は地に降り注いだ自分が幽閉されていた部屋の残骸に入り込み、あらかじめ用意していた狩猟具と狩猟服を装備して、優雅な佇まいで瓦礫の山に火を点けてその場を後にしたのでした。


燃え広がる炎を背にして 私めは御令嬢に付き従って 馬車から野に放ったばかりの馬を捕まえて 深い森の中へと走らせ続けるのでした。




それからの話です。


嘆きの塔の崩壊に伴い、“聖女”とまで崇められた大公令嬢の死にケダモノの国は悲しみに染まり、同じ穴のムジナの諸外国からも葬儀に参加する貴公子たちは数知れませんでした。


しかし、嘆きの塔を崩壊させた張本人である王太子殿下とその共犯者であるケダモノたちは何食わぬ顔で葬儀に参加しており、


王太子所有の馬車を使って嘆きの塔に踏み入った侵入者たちの悪行をまったく防げなかった衛兵たちに責任を擦り付け、命の危機にさらされた大公令嬢が自ら火を放ったことの罪を贖うことになったのです。


そのため、諸外国のケダモノたちが“聖女”を我が物にできなかったことを悔しがるのを横目に自身の王位を脅かす“聖女”の存在がいなくなったことで王太子殿下はゲスの笑みを浮かべていたのでした。


そして、“聖女”の葬儀がきっかけで諸外国の首脳が集結し、最愛の娘を喪った悲しみを堪えている大公様に対して兄である王様が盛大に慰める演出を行い、在りし日の“聖女”を振り返ることになったのです。


そうして あなたの苦行僧(サドゥー)となった御令嬢の素晴らしさが語り尽くされると、喪主である大公様は遺された家族と共に涙に暮れてしばらく退出することになり、


王様の御一家がここから葬儀に託けた歓談と外交の席を取り仕切ることになったのですが、まんまと復讐の舞台から抜け出した大公様は今こそ憎き兄である王様を含めた全てに対して復讐を決行したのでした。



何故に、あなたの苦行僧(サドゥー)であるカイラス教徒が別名:快楽教徒として一部において淫祠邪教の扱いを受けているのかと言えば、それは破壊と再生を司る暴風と慈雨の王として愛欲と性欲と肉欲と情欲と獣欲を司るからなのです。


決して誤解なきように言うと、性愛と性暴力は紙一重であり、愛する者同士で交われば性愛、愛する者同士でなければ性暴力になるという非常に曖昧なものの真理を司るのが誉れ高き吉祥者であり、


あなたの苦行僧(サドゥー)はそうした性的関係で起こる諸問題を解決するだけの能力を持ち合わせていることが必須なのです。


なぜなら、古来よりもっとも苦しむ者の生業というのが体を売ることであり、その苦しみから衆生を救済するためにあなたの苦行僧(サドゥー)は地上でもっとも清く正しく尊い性行為の在り方を実践することを究極としているからなのです。


ですので、体を売ることでしか生きていけない人間にそれ以外で生きていける生活の知恵を授けたり、性病でボロボロになった娼婦や打ち捨てられた乙女を治療したり、望まぬ子を孕んでしまった者の苦しみを取り払ったりする能力を備えているのです。


でなければ、それとは正反対に子供ができないことで思い悩む夫婦の切実なる苦しみを救うこともできず、清く正しく尊い子孫繁栄を実践することもままならないのです。


ここが愚鈍なるヴァイクンタの使徒とはちがうところで、淫祠邪教と罵られようとも もっとも苦しむ者である 体を売る者たちを救うために衆生に寄り添ってくださるのが誉れ高き吉祥者の素晴らしさなのです。


それだけに性愛と性暴力は紙一重である以上、生命の誕生に対して正しい認識と責任感を持つべきなのに、それから目を背けて子供の誕生を全て天運と一言で片付けるヴァイクンタの使徒の無慈悲さと無責任さは許せるものではありません。


今回の場合は体を売る者ではないので我らカイラス教徒が主に成り代わって救ったとは言い難いところがありましたが、ヴァイクンタの使徒を思わせる徹底した階級社会によって苦しめられてきた人々の怒りと嘆きの声に応えて、


我らカイラス教徒にとって最大の悪行である人面獣心に対する罰を与えることにし、それに相応しいように身も心もケダモノに貶めることにしました。



葬儀会場の一切を取り仕切っている喪主の大公様の命令によって外側から会場が封鎖されると、私めが大公様にもたらした催淫剤のお香が立ち込めるようになり、やがて人間である証である冠や衣を脱ぎ捨てたケダモノたちの盛り場となっていくのでした。


それはもう苦中之楽を是とするあなたの苦行僧(サドゥー)には見るに堪えない地獄絵図でして、人間としての理性を失った王侯貴族がその場で恥も外聞もなく誰とでも交わる乱れようでした。


いえ、公衆の面前で伴侶と交わるのはまだ許せるものでしたが、乱れきった末に未婚の女性を襲い、主人に同伴していた夫人や侍女に何人ものケダモノが群がって貪る様子はあまりにも惨いものでした。


中には見目麗しい美男子を我先に紳士淑女がナイフやフォークの決闘でもって奪い合うという筆舌に尽くし難い場面もあったのですが、それさえもまだマシなものです。


酷いものとなると、おそらくは護衛の方が正気を保つためにナイフやフォークによる自傷の痛みで必死に内なる獣欲に耐えているところを、穴があれば何でも入れるようなケダモノに押し倒される様子も見受けられました。


しかし、本当に最悪だったのは王太子殿下が王太子妃となる婚約者に公衆の面前で乱暴を働いた後に、父親である王様の伴侶となる王妃様;つまりは実の母親と交わるという近親相姦の禁忌(インセスト・タブー)を犯したことにあります。


これは私めが生まれて初めて神の名の下に人殺しをした時の衝撃以上に罪悪感を覚えるものとなりました。


私めがもたらした催淫剤のお香によって引き起こされたこととは言え、本当に理性のある存在ならば どれだけ魅力的な母親であろうとも欲情することを恥じるものではないかと思うばかりです。


けれども、側妃から昇格した現王妃様は世渡り上手の苦労知らずで美貌を保つことができたことが災いして、


一児の母親ではなく一人の女性としての色香が引き出されたばかりに色事を知らなかった我が子をも魅了してしまった実に罪作りな結果になったようです。


そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という真理に私めは初めて辿り着きました。そのために母親は老いる必要があるのだと悟ったのです。



しかし、それならば 続いて私めの天眼に映し出された ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もまた義理の近親相姦の禁忌(インセスト・タブー)となるのでしょうか。



少なくとも、これで王太子殿下の婚約者であった令嬢の罪が1つ増えましたが、私めにはわかりません。それならば どう収拾をつけるべきなのか、愚鈍なるヴァイクンタの使徒に訊ねなければなりません。


だからこそ、こうした恐ろしい罰を軽々と下さないようにあなたの苦行僧(サドゥー)には大いなる義務と責任があり、本当にこのように罰するに値するのかどうかを慎重に問い続けなければならないのです。


そこが型通りに従うことで問答無用で即断即決する愚鈍なるヴァイクンタの使徒との大きなちがいで、それが更なる苦行による大慈大悲を生み出すことになる源なのだと理屈では理解できるのですが、


どれだけ理屈を説かれても惨いものは惨いですし、自ら好んで何度も見たいと思うようなものでもなく、大愛に生きる者として決して慣れたくない地獄でした。


しかし、この状況こそが大公様がもっとも望んでいた状況であり、どれだけ大公様の陰謀であったことが明白であっても、


喪主として最愛の愛娘の葬儀を汚された怒りを爆発させ、憎き兄である王様と各国首脳の乱行の現場を取り押さえた大公様に場の勢いで敵うものはなく、


結果として、日の没するところのケダモノの国は大公様が王の中の王となり、憎き兄である国王夫婦と嫡子であった王太子は“聖女”暗殺の主犯格として葬儀の場で公然と淫らな行為に及んで冒涜した罪で処刑となりました。


また、葬儀に参加していた諸外国の同じ穴のムジナたちもこうして弱みを握られ、乱行の末に伴侶以外の人間と存分に交わりあった記憶から自分たちの行いを恥じて隠居生活に走ったものが続出したのです。


愚鈍なるヴァイクンタの教えのような型通りの観念や価値観に縛られた日の没するところの王侯貴族にとってはこれほど生き恥を晒すものはないことでしょう。まさに死よりもつらい生き地獄に見舞われたのです。



これによって、一夜にして大公様は“聖女”を利用して王位簒奪と周辺国への優越を果たすことになり、今は亡き愛娘の生き方に従った教えを国の柱とするようになり、空前絶後の繁栄をもたらすことになったのです。



やがて、日の没するところのケダモノの国は永い歴史の中で燦然と輝く聖女の国として名を刻むことになるところまでを天眼で見ることができました。


しかし、悲しいかな、ケダモノの国が聖女の国へと生まれ変わったところで周辺の同じ穴のムジナの国々は依然として存在し続けるのです。


そんな中で言葉は通じるのに話が通じない智慧なきケダモノ、進歩なきケダモノ、愛なきケダモノがいずれは世界を席巻することになり、聖女の国が飲み込まれる未来が最初から視えているのです。


やはり、下等生物ほど殖えやすいというのが世の真理で、いかにケダモノから人間に生まれ変わることが困難な道程で、その先にある()()()()()()()になる道程もまだまだ道半ばです。


そんな虚しさを抱きながらも、私めは今しばらくはあの別荘で御令嬢とのんびりと狩りを楽しむことにしております。


そして、時代の節目節目に私めがこの日の没するところの国々を訪れることになることを予感しながら、今は遠き日の昇るところの彼方の我が故郷よ、


再び我が偉大なる神にして、誉れ高き吉祥者にして、破壊と再生を司る暴風と慈雨の王であるカイラス山の恐怖と慈悲の大王の許へと参らせたまえと畏み畏み白す。



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