02 肉の塊(4)
どれくらい経ったのだろうか。
目を開け、最初に視野に入った腕の肌には固まった血痕が鮮明だった。シュンはそのまま目を転じた。車両の時計に表示された時間は12時41分。抗生剤を注入してから約10分が経過していた。
依然として少しふわっとしているような感じもするが、それだけだった。筋肉もきちんと動くことができる。自分のではないように重かった以前とは比べ物にならないほど体は軽くなっていた。
左腕を上げて濃度計を確認する。数値は10前後。車両の浄化システムは正常に機能していた。
「はぁ…」
目をつぶって胸をなでおろした。どうやら危機は脱したようだ。残ったのは口の中から感じる胃液に苦味と、地下1階で転んだ時にできた膝の擦り傷だけだった。
体を溶かすような安堵感で全身に力を抜き、背もたれに背をもたせた。そしてそのままゆっくりとまぶたを開けた。
まさかまだ腐敗が終わっていない死体があるとは…
関係者以外立ち入り禁止の場所で経験した異臭は入り口の近く、廊下両脇の食品を加工する空間からのではなかった。それは廊下の一番奥、死んで間もない人間の死体から発されるものだった。
‥考えてみると変だった。
一般的に肉類のようなたんぱく質は大気中でたいてい1年程度経てば完全に分解する。腐敗時間は虫の存在と温度、湿度のような周辺環境によって異なるが、デパートの地下のように湿っていて閉鎖的な空間だとおそらく1年を超えることは難しい。
ところが『TOPウイルス』が広がり始めてからもう8年が過ぎた今でも腐敗が終わっていない肉類があるのはおかしい。悪臭がひどくて混乱していたとしても気付くべきだった。反省しよう。
どのような経緯で死亡に至ったかは分からないが、いずれにせよ腐敗が終わっていない人間の遺体が発見された以上、今後注意する必要がある。もしかしたら他にも生存者がいるかも知れない。
そうやって解けない疑問を繰り返すより、現実的な方策を摸索することで迷走する思考をまとめたシュンが続いてせっかちに取り出したせいで中身がごちゃごちゃになった救急箱から絆創膏を一つ取り出し、それを膝の傷に付けた。傷はそれほど大きくなかった為、中間サイズで十分だった。片付けた救急箱を入れた後、グローブボックスを閉めて車から出た。
その場で数回口の中をすすぐように唾を吐き、手の平で汚れた服をはたいた。幸い、ズボンの膝に穴はなかった。
「…よし」
そうして身だしなみを整えた後、シュンは何の収穫もなくデパートの二階に向かった。




