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五月の約束 - [あや] 編  作者: oohonoo
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02 肉の塊(2)

 埃まみれの品物が取り散らかっている二階のキャンプコーナーを過ぎて暗い階段に足を踏み出す。


 光に慣れていたせいか何歩階段を下りたところでもう一寸先が見えなかった。階段の手摺に頼って踊り場を過ぎたら下の層からかすかに染み入る光が見えた。


 道案内をしてくれる光を追って一歩一歩と下りてやがて一階に立ち入った。相変わらず割れたガラスの窓から入る日光が古い家電と名を知らない植物でいっぱいな場所あちこちを差していた。


 明るい光を追って右に首を回すと日光で満ちている広い入り口が見えた。昨日周囲を探索した時、何度も出入りした場所だった。


 ‥今は違う。


 広い入り口と正確に反対の方向に足を運んだ。日差しが入るデパートの入り口から遠ざかるほどだんだん暗くなっていった。まもなく正面に白い線で出来た直四角形が現れた。


 縦に長い直四角形のそれは日光。デパートの裏口だった。暗い空間で門の狭い隙間を割り込む光が裏口の位置を把握しやすくしていた。


 キイー‥


 眩しさで反射的に眉をひそめた。後ろで『ドン!』と音を出しながら鉄門が閉じられて、日光を浴びながらすぐ前の低い階段を歩いて降りた。


 周辺にはデパートと似た高さの建物が幾つ二車線道路を間にそう遠くない所でぎっしりと建てられていて短い階段の下から凡そ十メートル程度離れた所にアルファベットの『P』が大きく記された看板一つが目についた。


 そこにはほこりが溜まって年月の流れを窺える車両が幾つか駐車されていてその中でほこりが溜まってない、あからさまの綺麗さで存在感を見せびらかしている白いワゴン車の前でシュンは足を止めた。


 効率性を考慮したシンプルなデザインの駐車の正体はHGM研究所の外部研究車両、NP50。外見的に鈍い感じだがシュンがめいと一緒の研究所を出る前、脱出の計画を立てる当時にこの車両を選んだのにはそれなりの理由がある。


 HGM研究所の外部研究車両『NP50』は普通の十五人乗りワゴン車程の大きさに内部座席の数はたった二つ、前の運転席とそのとなりの補助席が全部だがフロントシートの空間が他の車と比べて広く、シートを倒せばベットのように使えるから生活空間としても使用可能だ。


 しかも『NP50』の内部空間の大部分を占有する後部にはHGM研究所で開発された『ポータブル装備』が積まれている。外部からでも電力さえあれば高性能で作動できるように設計された『ポータブル装備』は研究所の外で確保したサンプルをその場でデータ化し、送信する事によって相当数時間と人力が消費される中間課程を省略するために開発された専門の研究装備だ。


 HGM研究所はポータブル装備を搭載した車両、NP50を量産して全国各地に配置する事で閉鎖された研究所の内部から外部のサンプルをより自由に扱えるようにしたのだ。


 だけど車両に積む装備は『ポータブル』とは言え研究所で使用している何百、何千キロに達する専門装備の中で重要度が高い幾つの装備を軽量化し、一つにした物で五百キロは軽く超える品物だ。


 故に外部研究車両の開発初期、一般的なエンジンの車にこうした装備を搭載するには現実的に問題が多かった。研究所の外で長時間移動しながら五百キロを超える高い電力の装備を作動するには電力と動力が法外に足りなかったのだ。


 その結果、HGM研究所が考え出したのが核エネルギーだった。放射性物質のベータ崩壊によって作動する核電池の寿命は半永久的で内蔵できるエネルギー量もとても多く、長期的に高エネルギーを消費する外部研究車両の動力源として打って付けだった。


 NP50は大容量の核電池を動力源にしている。脱出用にNP50を選択したのは他にも理由はあるが、逃避生活をする上で『燃料切れの心配がない車』より理想的な車両はおそらくないだろう。


 シュンはNP50の補助席ドアを開け手前のグローブボックスに手を伸ばした。指先で上部を押すとカチッと音が鳴ってボックスが開いた。中には救急箱と懐中電灯など、手に届くところにいるべき代物が完備されていた。


 必要なのは、暗い店の地下で使用もの。グローブボックスを閉じ車両を出た。回収した懐中電灯を手に持ったまま来た道を遡った。


 狭い道路と裏口、そして暗い階段を通ってデパートの2階。相変わらず窓から入ってくる日光を唯一の光源とする店の2階は寿命が尽きる直前の電灯をつけたような空間だった。


 懐中電灯に電源を入れると発射された光がキャンプ用品が散らかっている空間の向こうを照らした。そこには偶然めいがいた。


 その瞬間めいは歩哨に立つ間に怪しい動きを捉えたミーアキャットのように腰をまっすぐ伸ばし、目を大きく開けたままこっちを見晴らした。光の正体が懐中電灯であることを知ったのか警戒を解き、体をすくめた。


 懐中電灯の電源を消したシュンが慎重に足元を見ながらめいに近付いた。


 まず目に入ったのは大理石の床に置かれている空のコップであって、次はいつの間にか厚い羽毛布団の中に完全に身を隠してしまっためいの姿だった。


 「‥ごめん、驚いた?」

 「いや」きっぱりと答える布団。


 大分びっくりしたようだ。


 「懐中電灯取りに行ってたの?」

 「あ、地下に行ってみようと思って。どうやら下に食品コーナーがあるみたいだ」


 すると、しばらく静かだっためいが布団の外に顔を出した。


 「私も一緒に行っていい?」


 わずか数時間前までめいが深刻な低体温症だったことを考慮し、断固拒否すべきだったが、咄嗟の切なさで反射的に言葉を失ってしまった。


 …でもやはり地下はだめだ。


 「すぐ返ってくる。ここで待っててくれ」

 「‥わかった。」


 目線を落とすめい。表情に大きな変化はなかったが、どこか元気がないような声だった。


 「…返った後だけど」


 シュンが一足遅く言葉を取り出すと、めいが顔を上げた。


 「外に出ようか」

 「外? どこに行くの?」


 少し元気を取り戻した声。


 「うーん…ここに来る前に見た大きな建物あるだろ」

 「うん」

 「その中にガラスで囲まれた高い建物覚えてる?」

 「覚えてる」

 「そこはどう? いや、この際荷物まとめてそこに引っ越しちゃうか。あんな高い建物、入ったことないだろ」


 どうせこんな古い低層の建物に長居するつもりはなかったし。


 するとめいが返事の代わりに肩にかけていた布団で顔を隠した。布団の狭い隙間からうっすらと見える顔に笑みが浮かんだ。悪い感情は隠すのが出来ても、嬉しい感情は隠すことが出来ないのがめいの特徴だ。


 そうして顔を隠しているめいをしばらくじっと見つめていたシュンが懐中電灯を手にとり、体を起こした。


 「じゃあ行ってくるから」


 そう言いながら身を翻した瞬間、


 「シュン」


 めいが布団に顔を埋めたまま言った。


 「行ってらっしゃい」

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