02 肉の塊(1)
建物の割れた窓の間で入ってくる日差しが瞳孔に直撃した。どうやら寝袋を敷いた位置が良くなかったみたいだ。
いっぱい顔をゆがめながら日差しをよけ首を回した。薄く目を開けると手首のディスプレーが見えた。
午前10時40分。
久しぶりに望まない寝坊をしたようだが反省する気にはならなかった。反省する事より安心する事が先だった。
夜中気温が低くなってまためいの体温が下がるのではないか心配だったが、幸にそんな出来事はなかったし重い布団の中で感じる体温は少し暑く思うほど暖かかった。
…いくらめいでも昨日みたいな低体温状態が続けば何時間持たずにそのまま心臓が止まるかも知らない。
なので常時緊張を緩めてはいけないけど、
「ん…」懐でめいが小さく唸り声を出しながら寝返りを打った。
布団の中で眠っている幼い少女はそんなのどうでもいいみたいだ。
11時が目前だが、めいは目を覚ます気配がない。時間で言うと昨日眠りに落ちた時点から略14時間が経過したのにもだ。
シュンは仕方なくめいが起きないようにゆっくり、そして用心深く体を動かした。
その時だった。
?
服を掴んでいるめいの手に力が入るのを感じた。
若干の疑問を抱いてまた少し体を動いてみたが、案の定胸の下までまで布団の外に出たところでめいの頭頂も一緒に引っ張られ姿を現した。
「ん…」日の光が眩しいのかめいが身を縮めた。
「めい、朝だ」
小さい声で耳元に囁いてみたけど無反応だった。
「朝だめい。起きるんだ」
肩を叩きながらボリュームを上げてみたけど変わるものはなかった。
‥このままだと動けない。
返事はないが、相変わらず服を掴む手にはいっぱい力が入った状態。本とに寝ているのか疑問が浮かんできた。
しょうがない‥
そのまま体を起こす。
「んん、んんんんー」
するとめいがいやそうに唸り声を出してきて結局半分程横たわっている中途半端な姿勢で動きを止めた。
日の光から自らを保護するように胸に顔面を押し付くめい。
吸血鬼ではあるまいし…
動きを止めた途端おとなしくなったが、だからとしてめいが現実を受け入れたとは思えない。むしろその逆、経験上これはそれ以上布団から出ないでという切迫な合図に間違いない。
‥だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
中途半端な姿勢で体を起こすとその過程で体を抱き締めているめいが一抹の抵抗もなしで完全に布団の外まで引き出された。
「…起きた?」
先に言葉を渡すシュン。
「‥うん」
そして断念したような答え。
「おはよう、めい」
「おはよう、シュン」
光が目に馴染んできたか、めいが頭を上げた。
「で、体の調子は?」
「ん……昨日よりは軽い」
たった今夢から覚めた顔は若干の活気を帯びていた。見るところ調子は良さそうだった。
「はあ‥」安心感で首を落とす。
正直体を掴まれた時から筋肉が正常に活動している事を知って、ある程度予想はしていたけど。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
めいは昨日自分がどういう状態だったのか完全に忘れたような顔だった。
「‥それでめい」
「ん?」首をかしげながら可愛く返事するめい。
確にめいのその行動は反則敵に可愛かったけど今重要なのはそれじゃない。
シュンはめいの肩に手を乗せて、
「『ん?』じゃない、そろそろ放して。これでは起きられないだろ」
1年前までめいは背135cm体重25kgのちまちまなサイズを誇ったけど成長促進剤の過ぎた投薬によってこの一年の間で背が20cm以上育ってもはやちまちまとは言いがたくなった。体格が大きくなった分、力も強くなって最近のこういう甘えには正直体力的にちょっと困った心情だ。
「……」何も言わずに体を包む腕を解いためいがばさつきながらまた羽毛布団の中に入った。
拘束から解放されたシュンが立ち上がって大きく背筋をのばした。
「うっ!…はー」
昨日と変わらない環境だけど久しぶりに熟睡したせいか、古いデパートのかび臭い空気さえ清く感じられた。
時間は午前11時。ちょっと曖昧な時間だったけどそれでもシュンは朝飯を準備し始めた。
昨日使用したキャンプ用のバーナーに火を入れその上に水を入れたコッヘルを乗せた後、バックパックから即席調理食品を出す。水か十分沸騰したのを確認して全体の1/2程度をコップ二つに分けた後、半分お湯が残っているコッヘルに即席調理食品をそのまま入れた。
実のところ即席調理食品はすでに全ての調理過程を終えた状態な上、そのまま摂取しても支障はないが可能であれば研究所でそうであったように暖かい食べ物を食べさせてあげたい。
即席調理食品が温められたところでバーナーの火を消して丁度良く冷めたお湯をめいに渡した。
「ほれ」
「うん、ありがとう」肩に布団を纏ったままコップを受け取るめい。
見掛けは昨夜と特別に変らないけど良く見れば薄赤く血の気が差すほっぺたのところから薄薄顔の色が良くなったことが分かる。
怖々とコッヘルから袋を出したシュンが切り取り線に従って包みを開けた後、そのまま切り取ったところを折って使い捨てスプーンを作った。即席調理食品は切り取った袋の端のところをスプーンに使えるから別途に食器を用意する必要がないので便利だ。
ゆらゆらと湯気が立つアルミの袋に直接作ったスプーンを入れて差し出すとめいがコップを横に置いてカレーライスを受け取った。
「いただきます」
「いただきます」
決まった挨拶に続いて遅れぎみの朝食が始まった。
アルミ材の使い捨てスプーンでカレーライスをすくって口に入れる二人。
「……」
「……」
そして沈黙。
口にしたカレーライスは、何と言うか…即席調理食品の味がした。それ以上も、以下ない味。美味しくもなければ不味くもない曖昧な味だった。
人類が発明した即席調理食品は過去から今に至るまで数多い進化を重ねてきたと聞いたが、どうやら『味』に関してはその進化に遅れをとっているようだ。
「どう?美味しい?」一応聞いてみる。
するとめいは曖昧な表情のままうなずいた。言葉はなかったけどこの上なく正直な顔がどんな返事より分かりやすく意思を伝えた。
そうやって表情だけでささやか感想を交わした末、先に食事を終えたシュンが新しく水を用意した。沸いたお湯が程よく冷めた頃にはめいも食事を終えた状態だった。
めいに水を渡した後、食器を片付けながら言った。
「ちょっと車に行ってくる」
するとめいが一足遅く頷いた。お湯をふうふう吹いて冷す横顔を背にシュンは足を運んだ。




