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五月の約束 - [あや] 編  作者: oohonoo
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08 2号(2)

 「あや?!」


 慌てためいが声を上げた。しかしドアを過ぎて数歩、あやは立ち止まったままさまざまな植物で溢れる庭をじっと見下ろすだけだった。


 「……」


 めいはそのような後ろ姿をじっと見つめながなドアの外に足を踏み入れた。肺の中に染み込む澄んだ空気、郷愁を刺激するほのかな草の香りは少しの間昔の生活を思い出させてくれた。


 正面、階段の上であやは動く気配がない。ふとチャンスだと思った。そっとガラス戸を閉め、速やかにあやのそばを通り過ぎた。慎重に踏み場を探しながら折れた雑草の間を抜けると、やがて白い車が現れた。


 ためらわず車の横に近付いて手すりを引く。カチッと音がして助手席のドアが開いた。椅子にはよく畳まれた『2号』が人のように席を取っていた。軽くほこりを払った後、肩に2号をかけてほっとした。


 そうやって感動の出会いを終え、車のドアを閉めためいはきびすを返した。肩に重い布団をかけていたが、足取りはとても軽かった。そよ風に舞う雑草の間を通って再び階段の上に視線を移した時だった。


 「‥え?」


 そこには居るべき姿がなかった。めいは焦りを募らせながら階段を上ってすぐ足を止め、そのまま息を殺した。庭の内側に続く二つの分かれ道の間に生えた緑色で豊かな木の下、ゆらゆらする葉の間に入り込んだ光の玉にぼんやりと何かがかすった。それは人影だった。


 羽織っていた布団をゴミのように投げつけためいがあやのところに駆けつけ、ひざまずいた。あやは木に背中をもたれたまま荒い息を吐いていた。額のあちこちに玉の汗が着いていた。肩を掴んで振ってみたが、目覚める気配はなかった。


 「あや‥!」


 続く緊迫した声にも、あやはただ荒い息を吐くだけだった。瞬間、真っ白になった頭の中に一つ、言葉が浮かんだ。




 『あやを頼むよ』




 すばやく席を立っためいが向き直って階段を上った。途中で2号を踏んだが気にする余裕はなかった。勢いよくガラス戸を開け、建物の中に足を踏み入れた時だった。


 「めい──!! あや──!!」


 声が聞こえてきた方向は暗いロビーの内側。めいは大きく息を吸った。


 「シュン──!」


 名前を呼んだ瞬間視界が曇った。闇に慣れないせいで、またぼやけていたせいで顔がよく見えなかったが間違いなかった。


 「めい!」


 シュンだった。


 「シュン、大変! あや‥、あやが‥!」


 互いに走るうちに距離はたちまち縮まった。めいはすぐ近くまできたシュンに急いで言葉を伝えようとしたが、思うように声が出なかった。


 「落ち着けめい。あやがどうした」

 「……」


 物静かな声にあふれんばかりの感情を抑え、口を開いた。


 「急に倒れたの」


 暗く、ぼんやりとしたの視界。顔はよく見えないが一瞬の短い沈黙を通じて、めいはシュンが動揺していることを知った。


 「‥今どこにいるんだ」

 「外に」


 答えを聞くやいなや、シュンはめいの手を取って先立って歩き出した。


 「か…階段、前にある…木の…下‥」


 めいはそんなシュンの手につられてとぼとぼと入口の方へ歩きながら喋り続けた。


 「そ、こに…」


 何も言わないシュン。そんな冷たい後ろ姿に視界がだんだん曇る。


 「あやが‥」


 自分を引っ張る荒い手にはいっぱい力が入っていて、逆光で暗く広い背中はしきりにある一言を思い出させた。




 『あやを頼むよ』




 熱い涙がとうとうほおを伝って流れた。一瞬力が抜けて足がもつれた。そして、そのように力なくつんのめるめいをシュンがぎりぎりで抱きしめることに成功した。床にどさっと座り込みながら二人は『うっ!』と声を上げた。


 「大丈夫?」


 ‥さっきの沈黙はどういう意味だったのだろう。


 「…めい?」


 ‥シュンは勝手に行動した私をどう思っているのだろう。


 「……」


 もしかしたら、私が嫌いになったとか‥


 両手で口を塞いだが、胸の奥から込み上げる感情は止めることも、隠すこともできなかった。あやが心配なのは事実だ。だけどそれ以上にめいは自分の感情を制御できなかった。


 すると、その時突然シュンがめいの体を持ち上げた。驚いためいが口から手を離した。


 「シュン‥?」


 黙って自分を見つめる顔。暗くぼんやりした視界のせいではっきりとその顔を見ることができなかった。


 そうやってシュンはお姫様抱っこでめいを抱いたまま、また入口のほうに歩き出した。そんな突発的な行動にめいが反射的に汗で湿っていたワイシャツの胸のあたりを引っつかんだ。


 背中と膝の裏を抱えている腕には硬く感じられるほど力がこもっていたが、背中を通って肩を握っている手はまるで子供をなでるかのように柔らかくてやさしかった。


 すすり泣く音がやんだ広いロビーからは1人分の足音だけが響き渡り、庭につながる入り口の前でシュンは背中で上手にガラスドアを押し開けた。


 闇に慣れてもいないうちにまた眩しい日光が全身を包んだ。開いたドアに背をもたれ、息を整えたシュンがこっちを見下ろしながら言った。


 「大丈夫だから」


 まぶしい太陽に直視しにくい顔。その汗まみれになった顔はどうしてだろうか。照れくさそうに微笑んでいた。

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