07 探し物(1)
「見えね…」
それは、雲一つない天気、広大な空を独り占めしている太陽の下で、汗でびっしょり濡れた25歳男性のため息交じりの一言だった。
まぶしい直射日光に目を細める。5月初旬とは信じられない暑さだった。こんな天気に厚い布団を身にまとっていためいがすごいと思った。シュンは右手で左手首のディスプレーに影をつくった。
もう1時間か‥
中央の噴水台とその周辺ベンチ、もはや『散歩道』とは呼べないほど足の踏み場もなく植物が生えている草道など、一時間にわたって4階の屋外ラウンジをすみずみまで探したが、ぬいぐるみは見つからなかった。
38階の窓から一直線に落ちたら4階の屋外ラウンジにあるはずだったが、風が吹くのを考えると道路の方に落ちている可能性もある。シュンはたちまちあきらめて袖で額の汗をぬぐい、小さなため息とともに再び4階の室内に足を踏み入れた。
ドアを通り過ぎると冷えた空気が汗を冷やし始めたが、それだけでは物足りなかった。エレベーター乗り場に向かう途中も白いワイシャツの胸のところを指先でつかみ、前後に揺さぶった。そしてすぐ乗り場に到着して降りるボタンを押した。
ところが、何故かドアが開かなかった。押したボタンの光が消えないことに気付き、ドアの上にあるディスプレーを見あげた。
30
エレベーターの位置を示すディスプレーには確かにそのように書かれていた。そして、
29‥28‥27…
だんだん減りつづける数字。予想はできなかったけど、まったく予想できないことではなかった。
14‥13‥12…
そしてすぐに『チン~』とベルが鳴るとドアが開き、中にいたあやと自然に目が合った。少し落ち着いたのかあやは普段の無口状態に戻っていた。良かったと思った。
だけど、ただ安心してはいられなかった。なぜなら今度はめいの様子がおかしかったからだ。あやを後ろから抱きしめたまま、体を小さく震わせているめい。あやはそんな状態でも動じることなく、腰を両腕とともにめいに縛られたままこちらを見つめたいるだけだった。
「めい、4階だ。もう怖くない」
シュンがドアが閉まらないようにボタンを押しながら声をかけると、めいがゆっくりと頭を上げた。
「シュン‥?」
「…大丈夫か?」
しばらくきょろきょろした末に状況を把握しためいがすこし落ち着いたのか、慎重に腕の力を緩めた。やがて拘束から解放されたあやが口を開けた。
「ぬいぐるみ‥」
あやの目的は明確だった。
「あ…、たぶん下にあると思う」
そう言いながらエレベーターの中に入ったシュンが点灯された一階のボタンを見て閉ボタンを押した。ドアが閉まって下りはじめるエレベーター。ガラスが黒く染まってすぐベルが鳴るとともにドアが開いた。
「じゃ、すぐ行ってくるから」
シュンがエレベーターから降りながら言うと、あやとともに後を追って外に出ためいがシュンの裾を掴んだ。
「一緒に行っちゃダメ?」
シュンは黙々と懐中電灯に電源を入れた。懐中電灯の光に映っためいの表情から少し寂しさを感じた。
「‥外は暑いから」
「……」
気落ちしたようにうなだれるめい。気の毒だがしかたない。こんな天気に二人を外で歩かせるわけにもいかないから。シュンはそのまま身をかがめてささやいた。
「あやを頼むよ」
「…うん」
幸い、理解したのかめいは小心ながらうなずいてくれた。シュンはそんなめいに懐中電灯を渡し、独りで歩き出した。すぐに見つけられそうな予感がした。




