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五月の約束 - [あや] 編  作者: oohonoo
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05 ぬいぐるみと女の子(2)

 人が住まない都市、廃墟となった建物の最上階に一人で倒れていた少女。何があったかは分からないが、何か特別な事情があるに違いない。そうでなければ、こんな所に一人ぼっちで倒れているはずがないからだ。


 シュンは調理を済ませた保存食を持って席を立った。ソファーの真ん中に座っている女の子に近づいた。


「ほら」


 黙々と空っぽのペットボトルを弄っていた女の子に、先に『パエリア粥』を渡した。それは『パエリア』に適度に水を加え、お粥のようにしたものだった。味は保障できないが、食べやすくなったはずだ。


 すると女の子はしばらくパッケージをじっと見つめた末に黙ってそれを受け取った。


 「これもゆっくり…、分かるな?」

 「……」


 相変わらず無口な少女。


 「‥ほら、めいも」


 続いて隣に座っているめいに普通のパエリアを渡した後、シュンもソファーに腰を下ろした。そのように三人で並んで座り、食事を始めた時だった。


 持っていたペットボトルをテーブルの上に置いてから『パエリア粥』が入ったパッケージをじっと見つめる女の子の行動にシュンがふと手を止めると、それを見ためいもスプーンを持つ手を止めた。


 「これ、スプーン。こうやってすくって…、少しずつ‥」


 シュンが落ち着いて食べ方を説明すると、それを黙って見ていた女の子がすぐに使い捨てスプーンで少しずつ『パエリア粥』をすくって食べ始めた。その姿を見てほっとしたように、シュンとめいもまた使い捨てのスプーンを動かした。


 パエリアにはムール貝やエビなどの海産物が入っていたが、海産物特有の風味はまったく感じられなかった。ただただ調味料と香辛料の味が強く感じられるだけだった。個人的にカレーよりは増しだったが、それでも『保存食』に似合う曖昧な味には変わりない。


 シュンは静かに横目でめいを見つめた。一さじ一さじ、口に入る直前に微妙に鈍くなる手つきからためらいが感じられた。めいが海産物を嫌うという事実を知っていたため、自然に納得が行った。


 反面、そんなめいの隣で女の子は何のためらいも、表情の変化もなく、速いスピードで手を動かして『パエリア粥』をすくって食べている。ただ機械的に食べ物を摂取する姿。何を考えているのか分からなかったが、食事に負担がない事に内心安心した。


 食器をかたづけて帰ると、めいが一人食事中の女の子のそばで長々とあくびをしていた。


 「眠い?」

 「いや‥、別に…」


 食後すぐ寝てはいけないと何度も言ったからだろうか。いったんいいえと答えたものの、ソファの末に身を投掛けてすぐめいは小さい寝息を立て眠りについた。


 そんな子供のような姿にシュンも断念し、寝入った頭に軽く手をのせた。めいが小さく『うん‥』と寝言を言った。


 ‥疲労が溜まっていたんだろう。


 無理もなかった。今日は本当にいろんな事があったからだ。シュンは脱いた白衣をめいにかぶせて、そのまま隣を確認した。女の子は未だに使い捨てのスプーンで『パエリア粥』をすくって食べていた。


 手の動きを見ると一見早食いのように見えるかもしれないが、よく見ると本当に少しずつスプーンに乗せてよく噛みながら食べているのが分かる。


 まあ、ゆっくり食べろって言ったから。


 食べることに集中している姿を見る限り、今すぐいろいろ聞いても答えてくれるとは思えなかったのでシュンはまず散らかっている部屋を先に掃除することにした。


 パエリアを温める時に使ったバーナーとコッヘル、女の子がかけていた寝袋、空のペットボトルなどを次々整理していく途中、テーブル越しの床に落ちているぬいぐるみを見て、ふと行動を止めた。どうやら急を要するあまり床に投げ捨てたようだった。


 ちょこちょこと近づいて身をかがめ、古いぬいぐるみを拾った。ほこりが積もった床を転がっていたせいか、元から濃かった汚れがより濃くなっていた。シュンは首にはめられた時計を避けて手でパンパン、ぬいぐるみのほこりを払った。


 

 空中で揺れるほこりに眉をひそめた。そしてほこりだらけの空間を抜け出し、こらえていた息をついた。


 「これ、君のだろ?」


 シュンが女の子に近づいてぬいぐるみを渡したその瞬間、忙しく動いていた手が止まった。両目を大きく開けるのと同時に女の子が手に握っていたアルミニウムのパッケージが床に落ちた。幸い、中身はほとんど残っていなかった。


 驚いて床を見下ろす男性の姿にも御構い無しだった。女の子の目に映るのはたった一つ、だれかの手に握られている古いぬいぐるみだけだった。


 女の子はそのまま腕を伸ばして、古いぬいぐるみを手にした。目を大きく開けたまま、今までにない集中力で他人の手に握られているぬいぐるみを見つめる女の子。その揺れる瞳には動揺が漂っていた。


 「……」


 手の力を抜くと、女の子が自然にぬいぐるみを懐に持っていった。シュンはしばらく考えた後、その場にしゃがみ込んだ。


 「名前…言えるか?」


 期待なしで持ち掛けた質問。


 「……」


 そして無口な少女。


 …やっぱだめか。


 諦めて体を起こした時だった。




 「あや」




 それは間違いなく少女の声だった。シュンは中途半端に立ち上がった姿勢から、まるで巻き戻しをするように再び床にしゃがんだ。


 「あや?」


 頷く少女。初めて話し合いが成り立ったような気がする。これで女の子、『あや』が言葉を理解できるってことが証明されたわけだ。


 「それじゃあ、あや。何があったのか説明できる?」


 ささやかな達成感と共に、シュンは間を置かずに質問した。その質問にあやはぬいぐるみを抱いたまましばらく口を開けなかったが、


 「…わからない」ついに意気消沈と目をそらして答えてくれた。


 うそをついているようには見えない。


 過去に何か記憶の消失、または混乱を招くような出来事があったのだろうか。そうやって疑問が深まる時、怖気づいたかのように、古いぬいぐるみを抱えた両手がぶるぶる震えた。


 どうしてこんな所に一人でいたんだ?

 なんで管理室に倒れていた?

 他にも生き残った人がいるの?


 ‥他にもいろいろ知りたいことが山ほどだったが、さらりと聞けなかった。


 「…シュン」


 ためらいの末、シュンが口走ったのは自分の名前だった。あやがゆっくりと頭を上げた。


 「泉谷(いずたに)シュンだ、僕の名前。よかったらシュンって呼んでくれ」


 そう言って立ち上がったシュンがすぐそばでソファーの端にもたれてすやすやと眠っている銀色の頭の上に手をのせた。


 「そしてこの子はめい」


 めいの頭を数回手のひらで軽くたたいたが、覚める気配はなかった。


 「めい…、シュン…」


 めいと自分を順番に見ながら名前を言う姿を見て、シュンはのんきに眠っているめいの頭から手をとった。


 「うん。よろしく、あや」




 #


 二人の少女が眠ったのを確認してテーブル上のランタンの明かりを消そうとした時、ふと休憩室の入り口側の柱に何かを覆っている広い布の切れが目を引いた。


 ランタンを離し、入り口の柱に近づいた。薄い布を両手で引っさらう。布の切れに溜まっていたほこりが空気中に広がり、シュンは反射的に目を閉じ、息を止めた。ゆっくり目を覚ますと、布に覆われていたものが視野に入った。


 これは…


 シュンは視線を固定したまま、うつむいて小さくつぶやいた。


 「食糧‥か」


 一目で見ても数ヶ月ぐらいは問題なく持ちこたえられるような、とても幼い女の子ひとりで集めたとは考えられない量だった。やはり誰か助びとがいるのだろうかと思いながら目の前の食料を調べる中、どっさり積まれている缶詰のそばにあった銀色の袋一つを取り上げた。


 黒色で『コーンスープ』と書かれているアルミパッケージの保存食。間違えなかった。それは確かに8年前の惨事の直後、施設で民間人あてに配られた保存食だった。

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