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五月の約束 - [あや] 編  作者: oohonoo
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05 ぬいぐるみと女の子(1)

 全面がガラスで包まれた巨大な建物の38階。時間は午後8時を過ぎ、比較的長く留まっていた太陽もわずか数分前に姿を消し、懐中電灯から出てくる白光の光だけが暗い廊下を照らしていた。


 そんな暗い廊下伝いに着いた所は『第三管理室』の前。今日二回目となる廊下の奥は相変わらず暗かった。昼とあまり変わらなかったが、時間を意識したせいかどことなくひっそりとしていた。シュンは取っ手を押して鉄の扉を開けた。


 今回は何も引っかかることなくぱっとドアが開いた。中に懐中電灯を照らしてみる。窓一つない、換気設備は小さな換気口一つだけが全部の『第三管理室』は地下2階の『第二管理室』より狭かった。モニターを含む数々の機械と椅子一つで一杯になった2坪余りの空間は足を伸ばすことさえ大変そうに見えた。


 「ふぅ‥」


 昼間に気をもんだことがあったせいか、開いた扉から内部が丸見えだったので内心少し安心した。そのように気を緩めた状態で管理室の中に入り、懐中電灯を照らしながら電源ボタンを探し始めてすぐに主電源のスイッチと推定される緑色のボタンを発見することができた。第一管理室よりボタンの数が少なくてそれほど時間はかからなかった。


 正常に作動することを確認した後、電源を切って何気なくボタンに指を当てたが、必要性を感じずボタンから手を引いた。続いて外に出るため歩を向けた時だった。


 !?


 何かが足にひっかかって反射的に懐中電灯を下に照らした。


 「‥ぬいぐるみ?」


 足下にいたのは古いぬいぐるみだった。驚いた心臓を落ち着かせながらうつむいた。汚れだらけの茶色いぬいぐるみ。大きい両耳の間にある小さな魔術帽子、口の代わりに着いている黒い口ひげ、そしてぬいぐるみの首にはめられている金属時計のガラスにはヒビが入っていたがその中の時計の針はちゃんと動いていた。


 クマ…かな?


 昼間は急いでいてくわしく見る機会がなかったが、間違いない。クマをモチーフにしたように見えるそのぬいぐるみは倒れていた女の子が抱きしめていたものだった。


 たぶん女の子を抱き上げた時床に落ちたんだろう…と思っいながらぬいぐるみを拾った。そのまましばらく黙ってぬいぐるみと目を合わせた末、横にある椅子の背もたれの上に手をのせて体重をかけた。


 女の子…か。


 幸い女の子の状態は応急処置後1時間もかからないうちに正常化されたが、だからといって問題がすべて解決されたわけではない。女の子はまだ意識を取り戻していない状態。しかも、そんな危険な状態でどれくらい放置されていたのか分からないから今のところいつ意識が取り戻すか分からない。


 今日、または明日になるかもしれないが、もしかしたら数週間後、または数ヵ月後になるかも知れない。最悪の状況まで考慮すると一生…もありえるが、いずれにせよ血管から持続的に栄養を供給できる装備がない以上、長くは持たないはずだ。


 「長くて一週間ぐらい‥かな」


 女の子が死んだ後めいが受ける衝撃を考えると、もしかしたら救わなかったほうがよかったかもしれない…と思ってみて少し自己嫌悪するシュンだった。


 しばらくして、シュンは自己嫌悪から逃げるようにぬいぐるみと一緒に第三管理室を抜け出した。廊下に続き、薄暗いロビーに入った。主電源をつけて明るくすることもできたが、倒れた女の子を保護している今、理由もなく電力を浪費する必要はない。


 日が昇っている時は懐中電灯がなくても十分に明るい場所だったが、日が暮れた後の38階のロビーは地下と大して変わらなかった。そうやって広いロビーのあちこちを懐中電灯で照らしながら休憩室に向かっていた時だった。


 「シュン!」


 どこからか聞こえてきた緊迫した声。音がした方向に懐中電灯を照らした。


 「‥めい?」


 白いワンピースと共に輝く銀色の髪をなびかせながら走ってきためいがそのまま身を投げて胸に抱かれてきた。


 「どうした。何があった」


 シュンがめいの肩を掴んで間をあけると、めいはそんなシュンを見上げて急を要するように話し出した。


 「その‥! あのこ、急に目を…」


 慌てた様子でどもるめい。


 「めい、落ち着いて。ゆっくりでいいから」

 「……」


 右往左往する話を途中で止めると、めいは静かに息を整えた末に真剣な顔で口を開いた。


 「とりあえず、来て」


 そのまま手を引っ張り出すめいと共にシュンは歩き始めた。だんだん速くなる歩みに合わせて歩いていくと、あっという間に休憩室に着いた。


 本でいっぱいの本棚に作動するのか疑わしいテレビ、二つの柱を繋ぐ物干し綱、3人用ソファーの上に眠っている女の子とその前のテーブル、そして片付いたキャンプ用品まで‥


 大半が出る前と同じだった。変わったのはソファの前、テーブルの上で明るく輝く小型のledランタンだけだった。管理室に向かう前に休憩室にあった電池が切れたledランタンに新しい電池を入れてめいに使い方を教えたことを覚えている。


 その時、シュンの手を放しためいが3人用ソファーに駆けつけ、急いで横になっている女の子の顔を見つめた。


 「あれ?」


 首をかしげるめい。


 「どうしたの?」

 「さっき確か目を開けて声を‥」


 それを聞いてすぐ横になっている女の子に近づいた。めいが席を外してくれた。めいと同じくらいの身長、痩せた体型の少女。黒い短髪に7分丈のジーパンと汚れた白い運動靴、そして白いTシャツを着ている小·中学生くらいの女の子はソファの上で寝袋をかけたまま横たわっていた。


 相変わらず何の動きもなく目を閉じている女の子。見かけは変わっていないように見えた。瞳孔反射を確認するため、人差し指で女の子の片目を開いて懐中電灯を照らした。


 そして女の子の眼をじっと見つめたとたん、ふと動いた瞳と視線が合った。


 「うわっ!」


 びっくりしたシュンが跳ね返るように起き上がりながら懐中電灯を落とし、そんなシュンの手をはなれた懐中電灯は、


 トッ!


 そのまま女の子の額の上に落ちた。


 「何が‥」


 シュンが驚いた胸を静めている時だった。


 「いっ‥、痛い…」


 初めて聞く声。それは、ほかでもない女の子の声だった。さっきまで何の動きもなかった女の子が目を閉じた状態で、つらそうに『うう‥』とうめき声を出している。


 「‥気が付いたのか?」


 シュンが体をかがめて女の子に話しかけると、目を閉じたまま顔をしかめていた女の子が再び元の表情に戻った。そしてゆっくりと目を覚ましてシュンを見つめた。女の子の額には短い曲線模様の跡が鮮明だった。


 そのまま何も言わない女の子。よく見ると、ふと誰かと似たような気がした。少し考えた末、かすかな記憶の中で一人の女の子の顔を思い浮かべたシュンだったが、それを口に出すことはなかった。


 「体の様子はどうだ?」

 「……」


 無口な少女。


 「どこか痛いところは?」

 「……」


 無口な少女。


 「なぜこんな所に一人で‥」

 「……」


 無口な少女。


 「……」

 「……」


 度重なる質問にも黙々と黙秘権を行使する女の子。シュンはしばらく考えた末、返事をしない少女の代わりに、返事をしてくれそうな少女に先に話しかけることにした。


 「めい‥、もう大丈夫だから」


 さきほど女の子と目が合った時から、めいはおびえてシュンの腰を強く抱きしめたまま、黙りっぱなしの状態だった。


 「…めい」


 ぶるぶる震えている頭にシュンが手を乗せるとやっと目を覚ましためいが数秒後で状況を把握して腰を覆っている腕の力を抜いた。恥ずかしそうに少し顔を赤らめて頭を下げるめいからまた無口な少女へ視線を移した。


 何も言わないけど、女の子は少し前までは深刻な脱水状態だった。おそらく非常に喉が渇くはずだ。そうやってソファの裏、テントの前に並んである何本かのペットボトルのうちから適当にきれいなものを一つとりあげたシュンがそれをソファに横になっている女の子へ持っていった。


 「起きれるか」


 その言葉を聞いてペットボトルを見た女の子がゆっくりと体を起こした。


 「‥さあ」ペットボトルのふたを開けて女の子に差し出した。


 言葉を聞き取れたのか、それともただ喉が渇いて水に反応しただけなのか分からないけど女の子は差し出したペットボトルをためらわず受け取った。そして視線を落としたまま黙々と水が入っているボトルを見つめて、


 「なるべく少しずつ‥、急にたくさん飲んだら胃が驚くかもしれない」

 「……」


 シュンの言葉が終わった瞬間水を飲み始めた。


 「あ」


 素早くペットボトルの口部を口に着ける動きに一瞬一気飲みするのではないかと心配したが、ペットボトルの中身はなかなか減らなかった。ひどく喉が渇くはずなのに急がず少しずつゆっくりと飲むのを見ると、どうやら言葉は理解できるみたいだった。


 そうしてシュンは曖昧に挙げていた手を静かに元の位置に戻したのだった。

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