2 飛ぶ? ※挿絵あり
少女の家は、代々続く魔法使いの名家。
この辺り一帯を治める領主の血筋でもある。少女のいう『ひいひい、ひいお祖父様』とは。
――――――――
雨が止むのを待って店をあとにした二人は、ところどころ光が差してきた曇り空の下を軽快に歩く。
町中には通行人や旅人の気配が戻っていた。昼時でもあったし、多くの人間が食事がてら雨宿りしていたのだろう。
大通りの両脇には、多種多様な店舗が軒を連ねている。ウェノムの町は豊かだ。
けれど、どの店にも少女が本当に求めるものはない。“失せ物”に限らず、例えどのようなものであっても。
実力はあるくせに、わざわざ猥雑な裏通りに店(?)を構える探偵兼魔法使い――レグダでなければ、と、最初から心に決めている。
「面倒くせぇ。飛ぶか」
「だめよ。皆びっくりしちゃうじゃない」
低く艶めく物騒な呟きに、少女は素直に驚いた。
“戦いと魔法の時代”と呼ばれた二百数十年前ならいざ知らず、昨今、何の下準備も補助もなく、強化杖さえ携えずに飛翔魔法など不可能のはずなのだが――……この男ならばやりかねないな、と、妙に心配になる。
こっそり黒い法衣の裾を引っ張ると、瞬く間に気づかれた。
「ん」
「レグダさん……。一応、念のため確認ね。歩くのが面倒だからって、こんな町中でいきなり飛ぶ? 可愛い依頼主を置いていくんじゃないでしょうね」
「馬鹿言え」
に、と。
男が愉快そうに片頬を緩ませる。
年齢不詳の、よくよく見れば鋭利で端正な面立ちを、少女はじぃっと見つめた。
「お前さんくらい小さけりゃ、軽いもんだ。抱えてやる」
「えっ」
わわわ、と狼狽える少女を可笑しそうに、レグダは見下ろした。
「なーんてな。飛ばねぇよ。置いてったりもしない。だから、手ぇ離せ」
「はーい……」
不承不承、小さな指は離れていった。
* *
「お帰りなさいませ、フラウ様。こちらは……?」
ただいま、と濡れた頭巾を外す少女を見とがめ、パタパタと館の奥から老執事が出迎える。
手近な場所に控えていたメイドにそれを渡し、意気揚々と自室に行こうとした少女――フラウは、ちょっとだけ目を泳がせた。
「えっと」
「失礼、執事殿。俺はこういう者だ」
「!!」
「ははぁ、なるほど……。レグダ私設魔法事務所代表、レグダ様。旦那様のお知り合いで?」
「そんなとこだ。魔法鑑定も生業にしている。調べてほしいものがあると、先ほどフラウ殿から聞いて来たんだが――フラウ殿?」
「あ」
赤い、切れ長の一対と穏やかな茶色の一対。合わせて二対のまなざしに晒されて、フラウは内心まごついた。
が、辛うじて取り繕う。
「そ、そうなの。ご先祖様の開かない日記。あれを見ていただこうかと思って」
「左様でございましたか」
一転、にこにこと老執事は微笑んだ。フラウの頭巾を手に去ろうとしていたメイドを引き止め、抜かりなくお茶の準備を言いつける。
彼は、くるり、と振り返ると再度主家の令嬢を見つめ、意味深に言い含めた。
「ただいま、茶請けなどお持ちしますので。お部屋の扉は開けてお過ごしくださいますよう」
「はい……?」
「心得てるよ、執事殿。さ、案内を頼むフラウ殿。手短に済ませるさ」
「? ???」
頼む、と言いつつフラウの背に手を当て、歩き出す長身の男は束の間、何らかの無言の訴えを老執事に送ったようだった。