1 失せ物屋と少女
古いレンガが敷き詰められた、迷路のような裏通り。
しとしとと小雨の降りしきるなか、水溜まりを蹴散らして一人の少女が駆け込んできた。
チリン、と取り付けられた鈴を鳴らして扉がひらく。
店のなかは暗く、狭かった。入って左、手前から奥にかけて細長いカウンターがある。壊れていない椅子が二脚。
全体的に、本人が意識して散らかしたとしか思えない有りさまだった。壁際にはあらゆるものが積まれ、正体不明のオブジェと化している。隅に寄せられた木箱には、鞘のない錆びた剣と魔法石を抜いた杖が数本、無造作に突っ込まれていた。
鼻をつくのは古い紙束の匂いと、干した植物の匂い。カウンターの中央には微かな灯りを投げかける、古びたランプの灯芯がじじじ……と油を吸い上げ、ひたむきに燃えている。明かりはそれだけ。
お世辞にも綺麗とは言いがたい。それでも、少女は迷わず進んだ。
「探偵さん。ね、いるんでしょう?」
はぁ、はあと息は切れて、被った頭巾はずぶ濡れ。ぴとん、と水滴がしたたるのも構わず、少女はうるさそうに頭巾を降ろした。
濡れた獣が身震いするように、ぶるるっ、と首を振る。
とたんに露になる、場違いなほどの金の髪。ランプの灯火をなめらかに弾いて輝くそれは、ほっそりとした卵形の顔を包む込み、ふわりと胸下までこぼれ落ちた。
業を煮やした少女は、なおも声を張り上げる。
「探偵さんってば!」
「――探偵じゃねぇよ。いい加減名前覚えろよ……レグダ、だ。レグダ」
「レグダさんっ」
どこに隠れていたのか。まるで、ずっとそこに居たかのように男が現れ、のっそりとカウンターに肘をついた。
男が立つのはこちらではない向こう側。おそらくは店員、あるいは店長の領域。
男――レグダは、面倒くさそうにがりがりと頭を掻いた。暗くてわかりづらいが、黒っぽい色の短い襟足。長い前髪。じろり、と睨んだ瞳は闇夜も見通しそうな、ふしぎな暗い赤だった。
「あと。俺の仕事は探偵じゃねぇ。“失せ物屋”だ」
* *
名前なんかどうだっていいのよ、と豪語した少女は勢いよくレグダの向かいの丸椅子にのぼった。脚立のような造りで、なおかつとても高い位置に座面があるので座るのも一苦労だ。
それで、立っている青年とようやく視線が釣り合うのだから、レグダは相当な長身と言える。
「お前さんが来るのはなぁ、大抵、ろくでもない失せ物目当てなんだよ」
「まぁ。ひどいわ、聞きもしないで」
「こっそり、姉ちゃんの衣装箱からくすねた髪飾り」
「……自分で見つけたわ。こっそり、返しました」
「母ちゃんの靴」
「すごく素敵だったのに、サイズが合わなかったわ! ち、ちゃんと戻したもの……!!」
「父ちゃんの眼鏡。ったく、なんでそんなもん隠すんだよ。父ちゃん、めちゃくちゃ困ってたろうが」
「あああぁあ! もう、どれもこれも私が小さいときの話ばっかり。あなたってば、いたいけな女の子の成長過程のいたずらを、“忘れてあげる”ってことができないの? やんなっちゃう!」
「嫌なら帰れ」
「ぐっ」
噛みつくように言い募っていた少女が、ふいに口をつぐみ、まなざしを揺らした。レグダは、しっしっ、と邪険に手を払う素振りを見せる。
涙目の少女は、むぅっとふくれ面になりつつ、それでも席を立たなかった。「……鍵。探してるの」
「ああん?」
うつむき、ぼそっと呟いた言葉はちゃんと耳に届いていたが、レグダはわざとらしく聞き返した。少女は意を決したように、ぱっと顔を上げる。
「鍵よ。ひいひい、ひいお祖父様の」
「ひいひい……、五代も前か。死んでるよな。なんで今さら?」
「死んでないっ! どこかで生きてるはずなの!!」
まなじりを強めた少女は、語気を荒げてカウンターに握った拳を打ち下ろした。ダンッ、と、それは高らかに、雨音しかしなかった店内に賑やかに響く。「いたたた……」と、すぐに少女は手をぴらぴらと振った。強く打ちすぎたようだ。
ふ、と青年の口許に苦笑が浮かぶ。
「ばーか。気ぃつけろ。で? どこの鍵だよ」
「日記よ」
「日記? って、あの、毎日あったことをくそ真面目に、丁寧に書きつけたい人間が習慣にするってぇ伝統的な。“あれ”か?」
「そうよ」
こっくりと頷いた少女は、熱のこもった、潤む青い瞳でレグダを見上げた。
「大昔に失踪した、大魔法使いだったひいひい、ひいお祖父様の行き先。そこに書いてあるはずだって。別の史料が出てきたの」