幼馴染に四方を固められて鬱陶しい件
私の名前は、真中美広。ピッチピチの高校二年生……とか何とかいうキャラではないですが、今から学校に行きます。
「うーん! 今日も良い天気ですねっ!」
家の前で伸びをし、いざ学校へ!
今日は、鬱陶しい幼馴染たちにも邪魔をされないだろうと思えるくらい清々しいお天気。青空を拝んでから歩き出そうとした時でした。
視界に、人のような黒い影が映ったような気がします。
きっ……気のせい気のせい。そう思っていたら、物凄い音とともに私の前へ何かが降り立ちました。
「ひっ!? なっ何ですか!?」
驚いた声を上げると、何かはくるりとこちらを向きます。そして、眩しいくらいの笑顔を浮かべていました。
「よぉ、美広! 今から学校か? 俺も行くぞ!!」
「ゲッ……」
鬱陶しい幼馴染第一号です……。彼の名前は、北神正臣。この町の北にある神社の息子さんで、幼馴染の中で最も暑苦しい人。
現れた正臣に対し、私は露骨に嫌な顔を浮かべます。朝から関わると疲れますし、うるさいですから。
「いやーっ、やっぱり美広の家の屋根から飛び降りるのは楽しいな!!」
最早発言が意味不明過ぎてついていけません。
「なっ、何言ってるんですか! 一緒になんて行きません!! ついてこな」
厳しい口調で正臣にそう言い、一歩踏み出そうとしたその時。私の肩に重たい何かがのしかかってきました。
「ゔぇっ!」
女の子らしからぬ声を上げてしまいましたが、それほど重たい何かは「おはよう、みぃ……」と眠そうな声です。
こちらは鬱陶しい幼馴染第二号。この町の南にあるお寺の息子さん、南寺心清。幼馴染の中で最もマイペースで掴みどころのない人。
「ちょっ、ちょっと、心清! 私に体重をかけないでください!!」
そう言いますが、心清には私の言葉が届いていないのか「ぐぅ……」と返事をしてきました。本当に腹立たしいです……っ。
苦しい表情を浮かべながらも、私は学校へと向かい始めました。このままでは遅刻してしまいますし、授業に出なければ留年の危機なのです。すると正臣の手が伸び、心清を突き飛ばしてくれました。
「……いたっ」
痛覚を感じる速度も遅いのか、心清はアスファルトに尻餅をついてから十秒後にそう言います。そんな心清の胸ぐらを、正臣が掴みにかかりました。
「心清! 美広が困っているというのが、なぜわからないんだ!! そうやって美広に甘えるのはよせ!」
「……ふぅん。じゃあ、まぁもみぃにウザ絡みするのやめたら? みぃが困ってたから、俺はみぃに『一緒に寝よ』って誘ったんだけど」
「なっ! さっきのあれじゃあ、きっと美広にお前の気持ちは伝わってないぞ!! だからもう少し気持ちを言葉にしろといつも言っているだろう! これだから仏教は!!」
「仏教は別に、関係ないと思うけど。……そんな事を言ったら、神道を崇拝する君も盲目になってるんじゃない? ふぁ……」
「何だと〜!? くっ、表に出ろ、心清!!」
「すぅ……」
出ました、恒例の宗教争い。今の日本は神仏習合していますし、そんな事で歪み合わないでいただきたいです……。しかし、これは私にとって大チャンス。二人が喧嘩を始めて私に対する興味が失せたようなので、静かに学校へ向かわせていただきます。
今からなら、ギリギリかもしれませんが時間までに学校へ着けるはず。漸く鬱陶しい幼馴染から解放された、私はそう思っていました。ですが、それは容易く打ち砕かれたのです。
背後からドシュッという音が聞こえ、驚いた私は「何事!?」と言いながら振り返ってしまいました。その瞬間、その行動が間違いであったと気づいたもののもう遅く。私の目には、顔面でサッカーボールを受け止めた正臣が映っていました。
「ったく! お前らは朝っぱらからうるさすぎるんだよ! 美広に迷惑かけるなよな!!」
そう言うのは、鬱陶しい幼馴染第三号でありながら唯一の常識人こと西宮凛くん。彼は、この町の西にある芸能プロダクションを立ち上げた社長の息子さんでサッカー部に所属しているんです。
「大丈夫か? 美広」
「はっ、はい! おはようございます、凛くん」
「おう、おはよ」
私の挨拶に、凛くんは笑顔で返してくれました。そして、凛くんはそのまま私の肩を抱き寄せて歩き始めます。不思議と顔が熱くなる私の左側に立った凛くんは、「そういや、駅前に新しいクレープ屋さんができたって知ってる?」と話しかけてくれました。
「えっ! 初めて知りました!!」
クレープ。そう聞いて、私の心は踊ります。食べてみたい。そう思っているとそれが表情にも出ていたのか、凛くんは笑い声を上げました。
「じゃあ、今日の帰りに行ってみるか?」
「良いんですか!?」
「あぁ、今日は部活休みだし。つっても、部活があったって俺は美広を優先するけどな〜!」
「わぁあっ! 嬉しいです、ありがとうございます!!」
凛くんからの夢のようなお誘いに、今から帰るのが楽しみでたまりません。凛くんのおかげで、重かった足取りも軽くなりました。流石、幼馴染の中で一番常識人な凛くんです。
「へぇ、クレープかい。僕も行きたいな」
「ぎょっ!?」
突然、私の右側から声が聞こえてきました。驚いてすぐさま右を向くと、本当に鬱陶しい幼馴染第四号である東門司の姿が。彼は、この町の東に建っている法律事務所所長の息子さんで、美意識の塊です。
「クレープを食べる僕、凄く絵になるだろうからね」
ナルシストなところも厄介で、私の明るい気持ちは一気に地へ落ちました。凛くんも、「司は相変わらずだな……」と苦笑いを浮かべています。
そこで私は漸く、いつもの如く左右を固められた事に気づきました。そして、目の前にまた何かが降ってきます。
「きゃあ!?」
「ダメだダメだダメだ!! 凛に司! 美広と勝手に出掛けるなんて、許さないぞ!!」
いつの間に追いついたのか、顔面にボールの跡がくっきりついた正臣がそう騒ぎ出しました。同時に、再び私の肩に重たい何かがのしかかります。
「すぅ……すぅ……」
これで、前後も正臣と心清に固められてしまいました。私は、がっくりと項垂れます。鬱陶しい幼馴染から逃れる事は、今日も叶いませんでした。
彼らがこうして私の四方を固める事は、私からしたら本当に鬱陶しいのですが……その時の私はまだ知らないのです。
なぜ彼らが私の前後左右に立つのか。
彼らが、アパレルショップ業界でNo. 1の地位を確立している株式会社MaNaKaの社長である私の父から、「娘を守って欲しい」と頼まれていたからだとは、思いもしませんでしたから。