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【新装版】 畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
終章 新たな花を咲かせるために

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【 春終 】


 ――ざあっと、強い風が吹いた。


 それでも、ノアもナビアも、その場を動こうとはしなかった。





 天咲茎(ストーク)の正門脇、広がる花畑の中で手を繋いで立ち、彼らは待ち続けていた。


 白み始めた空の下、ただ、じっと待ち続けていた。





 ――ざあっと、強い風が吹いた。


 さらわれた花びらがつむじを描き、空へと大きく舞い上がった。













 ――横たわる少女の愛らしい顔は……。

 苦痛に歪みも、恐怖に引きつりもしなかった。


 そこにあるのは、ただ。

 心の底から安堵したような……安らいだ表情だけだった。





「……ねえ、パパ……」


 力の失われていく娘の手を握ったカインは、どうした、と優しく聞き返す。




「わたしでも……ママと同じところ……いけるかなあ……」




「もちろんだ。母さんならきっと、お前を迎えに来てくれる。

 そうしたら、あのシチューを作ってあげるといい。……きっと、驚く」




 カインは、微笑みを浮かべた。


 少女の思い出にあるのと同じ――微笑みを。




「……よく独りで再現したものだ、とな。

 ナビアが、お前から受け継いだあのシチュー……。

 あれは間違いなく、母さんの味そのものだったぞ」



 春咲姫(フローラ)の――オリビアの顔にも、笑みが浮かんだ。

 嬉しそうに、無邪気に……少女は笑った。



「えへへ……そっか。

 じゃあ、パパには……ママと一緒に作ったの……ごちそうしてあげるね」



「……私は――」



 一瞬、カインは返答に詰まる。


 ……彼は、自らの魂に安らぎなどないと信じているからだ。




 ――娘のため、という私利により、限りない命を手にかけたばかりか、隠されていた不死の花を奪い、人が理を踏み外す路を作った――。



 その贖いきれない罪があるゆえに、人の世に終焉を告げるという、最後の大罪を担うことになったのだと。


 そしてまたその罪ゆえ、この仮初めの命が消えたあとも、闇の中、永劫の責め苦と終わりなき孤独に捕らえられるのだと。




 ……彼にそれを拒む気はない。

 いや、むしろ、選んだ道の対価として、甘んじて受け入れる覚悟だった。


 それが、安息も転生も許されない――。

 娘や妻との、完全な離別であることを承知の上で。




 だから彼は、一瞬、約束を躊躇った。


 だが――




「ああ……そうだな。楽しみにしていよう」




 そんな真実を告げることに、何の意味があるというのか――。


 彼は笑顔を保ったまま、柔らかくうなずいてみせた。




「……うん……きっとだよ……」




 言って、オリビアはそっと瞼を閉じる。


 そして――





「みんな……生きたいっていう望み……。

 叶えてあげられなくて……ごめんね……」




「――オリビア」




「それと、パパ………………ありがとう」





 春咲姫としての謝罪の言葉と、オリビアとしての感謝の言葉を残して。





 千年を生きた少女は――静かに、息を引き取った。







「…………オリビア――――。


 オリビア…………オリ、ビア……ッ……!」






 ……カインはその小さな亡骸を、力の限りに抱きしめていた。




 胸に渦巻く慟哭を、嗚咽を、叫びを、涙を――。


 身を引き裂かんばかりの想いを。



 自らの罪の慰みとなってしまうそれらを、外に吐き出す代わりに。




 千年の空白を埋めるにはあまりに短い――。


 しかし、かけがえのない僅かな時の間――。




 その尽きることない愛情が、かすかにでも伝わるようにと……。




 彼は…………娘をただ、抱きしめ続けた。









「…………そろそろ、お別れだ…………オリビア」



 やがて――。


 父は愛する娘を、改めて……ウェスペルスの隣に、並ぶように寝かせる。




 そして――この先も、彼らの約束が続くように。


 二人が離ればなれになったりしないようにと、願いを込めて……手を繋がせた。





「――ウェスペルス。

 どうか、これからも……オリビアを、頼む」





 庭園に咲いていた花をいくつか摘み取ったカインは……。


 そのうちの二つを、それぞれオリビアとウェスペルスの胸元に供える。






 そして――ただの一度だけ。


 おだやかな表情で手を繋ぐ二人を振り返ってから、庭園を後にした。







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