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【新装版】 畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
五章 そして、万花は楽園に還りゆく

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第3節 生か、死か Ⅳ


 ――データルームの中央に鎮座する、無機質に黒光りする大きな機械……。


 それを見たナビアは最初、金属で作った大樹のオブジェかと思った。



 幾つもの高機能コンピューターを繋ぎ合わせて築かれているそのメインシステムは――。

 根のように幾重にも延びるケーブルに、硬質な樹皮のような外枠……といった見た目をしていたからだ。



 そして実際にそれは、庭都(ガーデン)の中心たる天咲茎(ストーク)という大樹同様に……。

 庭都のあらゆる情報網の中心と言う意味で、やはりもう一つの大樹だった。



 その大樹の前に用意されていた、整備用らしい大きな端末に、さらに自前の掌携端末(ハンドコム)三枚も接続して……ノアは今まさに、激戦の真っただ中にいた。



 まだ違和感が残るとぼやいていた義手すらも巧みに操り、何をどう動かしているのか、ナビアの目では追うことすら困難な速さで、総計四つに及ぶ端末の――。

 キーやら、モニターやら、はたまた宙に浮かぶ映像そのものの間に……僅か十しかない指を、これでもかと舞い踊らせる。



 やがて――。



「よし……これで…………勝ったっ!」



 額に浮かぶ汗を拭うことはもちろん、瞬きすら忘れているのではないか――。


 それほどまでに端末の操作に没頭していたノアが、そう叫んで顔を上げる。



 ふとナビアが気付けば、いつの間にか……。

 さっきまで目まぐるしく移り変わっていたはずの四つの端末の映像はすべて、まったく同じものになっていた。



「……勝った――って?」



碩賢(メイガス)のじーさんにだよ。

 別の場所――多分自分の部屋から、このメインシステムが俺に乗っ取られないように邪魔してたんだ。

 でも……もう、システムは俺が完全に押さえたから大丈夫だ」



 得意気にまくし立てる兄にナビアは、曖昧にうなずくことしかできない。


 彼女の知識では、どう説明を受けても……喜びを完全に分かち合うことは不可能なようだった。



 ただ、カインのサポートをするという、一番の目的に近付いたことぐらいは理解できる。


 改めてそのことを尋ねると……。

 ノアは、任せろとばかりに胸を叩き、早速新たな作業に入った。



「あたしは……」



 何か自分でも手伝えることは――と、周囲を見渡してナビアは……。


 ノアが向かい合っているものとは別のモニターに気になる映像を見つけ、慌てて兄を呼ぶ。



「お、お兄ちゃん、あれ!」


「ん? この部屋の前の映像か?

 ……って、あれは――!」




 監視カメラのようなものなのか、データルーム前らしい映像の中に映っていたのは――。


 ドアの前に押し寄せて来る、ライラと……その部下らしい枝裁鋏(シアーズ)の集団だった。




「どうしよう、今入ってこられたら……!」



「ドアは真っ先にロックしたから、そう簡単に突破されやしないよ。

 大丈夫……大丈夫だ……!」


 大丈夫と繰り返しながらも……。

 打って変わって緊張した面持ちで、ノアは作業を再開する。




「今はとにかく、カインの前に――!

 春咲姫(フローラ)のところへ辿り着く道を付けることに、集中しないと――!」










     *     *     *




「……まったく、やってくれるわい……」


 肺に溜まっていた空気を根こそぎ外に出すかのように、碩賢は大きな息を吐き出した。



 ……メインシステムのコントロールを巡る攻防は、彼の完全敗北だった。



 まだ不慣れな義手というハンデを抱えているはずの少年は……。

 しかし、全身全霊を傾けて相対した彼を上回ったのだ。


 今さらながら、ノアの才覚、そして――モニターを通して伝わってくる気迫に、彼は舌を巻くしかなかった。



「本当に、まったく……。

 子供というのは、あっと言う間に成長するものじゃな」



 戦跡と化した端末を前に、そんな想いを呟く碩賢は、どこか満足げですらあった。



 もはやモニターは何を映すこともないが、碩賢はその先に……。

 カインの――そして自分たちの信念のためにと、奮闘する兄妹の姿を思い描き、研究者らしい思索に意識を移す。





 果たして人間の、生への飽くなき執着は、彼らを――。


 人の都合だけでなく、世界との調和を考慮するがゆえに、人を諫めようとする彼らを――超えることができるのだろうか……と。










     *     *     *




「これ以上先に進ませるな! 食い止めるんだ!」



 回廊の先に、黒衣の人影が見えるや……。


 列を成しバリケードとなっていた警備隊員たちは一斉に、構えていた拳銃を発砲する。



 有効射程距離から言えば、明らかに早過ぎるタイミングだったが――。


 とにかく牽制して近付かせないようにしたい、という思いが念頭にある彼らの心情からすれば、相手の姿が見えている時点で、すでに遅いぐらいだった。



 ……実際のところ彼らは――。

 死を恐れてはいたものの、その源を止めるのは決して難しいことではない――と、誰もが心のどこかで高をくくっているところがあった。



 しかし、それも当然だろう。


 なにせ相手は、いかに強くとも一人――。


 対してこちらは、グレンのような強者を始め、総勢百人を超える戦士が集っているのだから。




 だが――。




 正門前を突破されたのをきっかけに、要所を守っていた守備隊の壊滅の報せが次々に届けられるにつれ……。

 彼らの戦意のうちに、徐々に剥き出しの恐怖が幅を利かせ始める。



 しかも、データルームのコントロールが乗っ取られたということで、機器による通信が途絶してしまい、原始的な人伝での情報しか入ってこなくなっているところが――。

 相手を正確に捕捉できていないというところが、また、不安を大きく煽った。




 そしてその恐怖は――。

 実際に、黒衣の死神が視界に入ると……頂点に達した。




 これまで積み重ねてきた訓練のもとに戦う――という意気など、もはや無いに等しく。


 ただただ、泣き喚く幼子のように――。

 恐怖の対象を遠ざけるべく、手にした武器を闇雲に振るうのみ。



 あるいは、死を持つ普通の人間ならば、ここまで追い込まれれば逆に開き直り――実力を上回る底力と気迫で、それこそ、命を賭けて戦おうとしたことだろう。


 そしてそうなれば……いかにカインとて、苦戦は免れなかったかもしれない。




 だが皮肉にも、彼らは死から解放され、死を知らないがゆえに――。

 命の本来の形を知らないがゆえに――命の使い方をも知らなかった。


 人が人として生を為す上で、己の命は必ずしも第一には成り得ず――。

 時として、より大切なもののために、(なげう)たなければならないということを――。



 そして、それこそが……困難を打ち砕く、最も強い力の一つであるということを。




 ……それでも銃なら、逃げ場の無い狭い回廊内という地の利も加わって、カインを止めるのに充分な力を持つはずだった。


 そして、その程度でも勝算があったからこそ……。

 彼らは、逃げ出したりせずにいられたのだ。



 しかし――それすら、カインを相手にするには甘すぎる算段だった。



 遠間では絶えず身体を左右に振って狙いを外していたカインは、ある程度の距離まで近付くと、勢いを付けて壁へと跳ぶ。


 そして――壁に彫り込まれた彫刻の僅かな凹凸を足場に、一気に天井近くまで駆け上がると。


 自ら天井を蹴って自由落下に角度と勢いをつけ、一瞬のうちに距離を詰め――バリケードの眼前へと着地した。



 ……人は往々にして、左右に比べて上下の動きへの対応が弱い。


 ましてや、正常な精神状態でないとなればなおさらで……。

 ただ直進する相手を追い払うつもりでいた守備隊たちは、回廊を立体的に使ってのカインの動きに、まるで反応が追い付かずにいた。



 そして――状況を理解したときには、すでに何もかもが遅すぎた。



 恐慌の内に思考など吹き飛び、ただ本能の命じるままがむしゃらに、銃を、軍刀(サーベル)を向けるも――。

 その向けた相手から……黒衣の死神は命を刈り取っていく。



 黒衣が翻るたび、その闇の中に命が取り込まれていくように……一人、また一人と。





 ……やがて、回廊を塞ぐほどだった人数の守備隊が、倒され、逃げ――。

 最後の一人となるのに、それほど時間はかからなかった。



 残った一人は、軍刀を抜くことも銃を構えることも、逃げることすら忘れ、腰を抜かして。


 返り血すら浴びていないかのような死神を見上げ、その大鎌が自らに振り下ろされる時を待つばかりだった。

 ――少なくとも、彼自身はそう思っていた。




 しかし、結局――その時は訪れなかった。




 戦意どころか敵意すら失った彼に、カインが立ち去る前に向けたのはただ、一瞥だけだった――。


 殺意ではなく……憐れみに満ちた眼差しの。







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― 新着の感想 ―
[一言] 命に限りがある人の方が強いというのは、ある種真理だと思います。 ゲームのマリオも、残機が無限にあると言われたら、集中力が落ちて却ってクリアするまで時間がかかるでしょうし(どんな喩えだよ)。
[一言] カイン圧倒的……グレンとの戦いも含めて、思想とか関係なく楽しんでしまいました。 だって格好いいんだもん。 内容が内容だけに、こういうこと書きづらいのかなって思うんだけども、本当に格好いい戦…
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