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【新装版】 畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
五章 そして、万花は楽園に還りゆく

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第3節 生か、死か Ⅱ


 何も事情を知らない人々にとっては、今日という一日も、わざわざ一日と数えるほどのものでもない、日常の一片でしかないのだろう――。



 庭都(ガーデン)中央部の市街地は、これまでとまるで変わらない、いつも通りの平穏な夜を過ごす人々で賑わっていた。

 その中を抜け、天咲茎(ストーク)を取り囲む広大な、庭園というよりは自然公園に近い緑地に辿り着いたところで……カインは一度足を止める。



 あらゆる意味で庭都の中央に座する、大樹のごとき尖塔――。


 彼はそれを今一度仰ぎ、そして……背後に控える兄妹を振り返った。




「覚悟は……いいな?」



「……覚悟――か。

 それなら、あそこを逃げ出すときからしてる――つもりだった」


 答えながら、ノアもまた尖塔を見上げていた。



「けど、そんなのは……本当の意味での覚悟でも、何でもなかった。

 でも……もう大丈夫だ」


 ノアは手を握るナビアと顔を見合わせ、うなずき合う。



「今度こそ、俺だって覚悟を決めた。

 だから――戻ってきたんだ」



 三人は隠れることなく堂々と、天咲茎正面へと続く広い道を、真っ直ぐに進んでいく。


 なだらかな上り坂を上りきり、ようやく視線の先に現れた天咲茎のエントランス前には――。

 赤衣の枝裁鋏(シアーズ)や警備隊員が、列をなして待ちかまえていた。




「三十人はいるよな……。

 はは、豪勢なお出迎えってやつか」


 自らの緊張を解すように、大口を叩きながら……ベルトに挿していた拳銃に手をかけるノア。


 だがそれを、カインが制する。



「先日のライラの件もある。お前たちの身柄が、絶対安全だとは言わないが……。

 それでも、率先して狙われる可能性は低いだろう。

 少なくとも、今はまだ……お前まで戦うときではない」



「で、でも、あれだけの人数がいるのに……」



「――問題ない。少しだけ待っていろ」



 そう言い置き、カインはたった一人――。

 連なる銃口が、槍衾(やりぶすま)のごとく待ち受ける集団へ向かって歩を進める。


 彼が近付くにつれ――。

 集団は重苦しい緊張を保ったまま、包囲するように輪を広げる。



 そうして、後方に控えた指揮官の合図を待つ集団の視線にさらされながら……。


 しかしカインは、無防備にすら見える動きで……。

 まるで服を整えるように、襟元に手をやっていた。



 一歩、また一歩と互いの距離が近付くにつれ、比例して高ぶる緊張感。



 それが臨界間際まで迫り……いよいよ司令官が必殺の確信を込めて、一斉射撃を指示しようとしたまさにその瞬間。



 ひゅっと、包囲の一角に向かってカインの腕が伸び――。


 そして、その延長線上にいる警備隊員が、弾かれたように身を仰け反らせる。



 それが、カインが指で弾き飛ばした、僧服のボタンによるものだと誰かが理解するよりも早く――。

 攻撃の指示を今か今かと待ち受けていたその隊員の指が、半ば反射的に、手にする拳銃の引き金を絞っていた。



 ――張り詰めた静寂を、突然の銃撃が乱暴に引き裂く。



 平時であれば、せいぜい驚く程度で済むだろうその出来事に――。

 しかし極限の緊張下にあった彼らは、釣られて無意識に――司令官の指示を待つことなく、ロクな狙いも付けずに、次々と発砲してしまう。



 不協和音となって重なり響く銃声は、彼らの恐慌そのもののようだ。



 もっとも、それはほんの一時的なもので、そう長くは続かないはずだった――。


 そう……何事もなければ。



 ――ひっ、と悲鳴にすらならない悲鳴を上げ、驚愕を顔に張り付かせたまま……。

 一人、また一人と、屈強な戦士が崩れ落ちていく。



 条件反射による騒がしいだけの銃火は、カインを止めるどころか……。


 彼が一息に距離を詰めるための、煙幕の役割を果たしたに過ぎなかったのだ。



 ……元より、ヨシュアの死という起こりえないはずの現実を知り、その慣れようのない怖れを必死に抑え込んでいた者たちである。


 一時のはずの恐慌は、黒衣の死神の肉薄により、本物の恐怖となって……瞬く間に全体に伝播した。


 指揮官の指示に従うどころか、陣を整えることもなく、彼らは急き立てられるように――思い思いに、乱戦へと身を投じていく。



 そしてその状況こそが、カインが意図したものだった。



 高い志を持ち、戦士としての訓練を重ねて、自らを練磨してきた天咲茎の強者たちが――。

 指揮の及ばぬ混戦の中、次々と倒れ、命ある屍となって折り重なっていく。




 ……ノアはこれまでも、カインの研ぎ澄まされた動作に目を奪われることがあった。


 だが、今回は――まさしく次元が違っていた。



 世界最高の暗殺者――その言葉が、実感として染み込んでいく。




 群がる戦士たちの中心で舞い踊るのは、正しく死神に違いなかった。


 誰より死の意味を知るがゆえに非情に徹し、その痛苦も罪もすべて引き受けようとする――最も慈悲深き、死神に。








 ……結果として、決着が付くまでは、ものの数分とかからなかった。


 最後に一人残った指揮官の赤衣すらも容易く討ち果たすと、カインは兄妹を呼び寄せる。




「戦闘が始まったことが知れれば、後詰めが続々と押し寄せるだろう。

 動きが取りにくくなる前に、お前たちを最優先でデータルームに連れていく。

 ――それでいいんだな?」


 この先の行動を確認するカインに、ノアは駆けつけながらうなずいた。



「ああ。――先に言った通り、真っ先にあそこを押さえてしまえば、アンタに春咲姫(フローラ)への道を示してやれる。

 それに俺たちも、そこに立て籠もれば、アンタの足手まといにならずに済む」



「よし、ならこのまま行く。道案内は任せるぞ」




 見事な彫刻の施された、実に雅やかな正門を抜け、三人は天咲茎の内部へと駆け込む。


 目的地を目指し、長い回廊を走り抜ける間……意外なことに、誰も彼らの邪魔に入ることはなかった。




 しかし、通路が集まる中央広間には、たった一人――待ち構える男がいた。




「……あれだけの数を相手にしても、まるで無傷、か」



 広大な空間の中心で一人、瞑想をするかのように静かに佇んでいたグレンは――。

 ゆっくりと瞼を開き、訪れた侵入者を見据えた。



「世界最高なんて表現すら、アンタには追い付いていないのかもな」



「……どう賞賛されようと、私は所詮……人殺しでしかない」



 淡々としたカインの返答に、微笑さえ浮かべたグレンは……。

 続けて、兄妹に視線を向ける。



「坊主。どうせお前の目的地は、奥のデータルームだろう?

 今は俺の権限で、この階層は人払いしてある。

 ……邪魔される心配はない、行け」



 予想外の提案に、ノアは戸惑う。


 そこへ、重ねて告げるグレン。



「モタモタしてると、俺の勝手な行動に気付いた連中が、大挙して押し寄せて来るぞ?」



「で、でも……」



「構わん、行け。

 ――少なくともこの男が、お前たちを罠にはめることはない」



 迷っていたノアも、カインがそう背を押したことで決心がついたのだろう。


 向かい合う二人を見比べた後……。

 ナビアの手を引いて、広間から駆け出していった。



「……これでまあ、子供の邪魔は入らんというわけだ」



「――良く言う。

 データルームは厳重な造りで、一度立て籠もれば、そう易々とは侵入できんと聞いた。

 これも、あの子らの安全を守るための……お前なりの気遣いだろう?」



 カインの言葉に、グレンはふん、と鼻を鳴らす。


 そして――



「どう解釈するもアンタの勝手だ。

 どのみち……ここでアンタを倒せば、終わりなんだからな」



 ナイフを抜き放ち、逆手に持ち替えて構える。




 カインも応じて――僅かに腰を落とした。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 始まってしまった……。 この、待ってはくれない現実感が堪りません! (読まなければいい、というのはナシでお願いします!w) 碩賢とグレンのコンビも良い感じですね。 個人的な感情を排するよ…
[一言] ラストダンジョンキタアアアア!!!!! 金曜ロードショーでいうなら22:35くらいですかね!? いよいよ大詰め!! それにしても、やっぱカインは強いですねえ。 アマチュアがどれだけ束になろう…
[良い点] 嵐の前の静けさの中、ひりつくような緊張感がありますね。 そして始まってしまった! 個人的にはこの作品のMVPはグレンかもしれません。格好良すぎる! 種としての、という下りは思わず…
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