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【新装版】 畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
五章 そして、万花は楽園に還りゆく

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西暦20XX年 某所 ~永遠の少女の追憶~


 ――目を覚ましたとき、わたしは不思議で仕方がなかった。



 いつもみたいに息苦しくなくて、普通に呼吸ができて、重いどころか軽いぐらい自由に体が動く。


 頭は熱でぼんやりすることもなくはっきりして、全身の痛みも、ウソみたいにキレイさっぱり消えている。


 夢なのかとも思った。

 わたしはまだ寝ていて、夢を見ているだけなんじゃないかって。


 先生に、お兄ちゃん、お姉ちゃん――。

 わたしを取り囲んだみんなが喜んでくれているところも、何だか夢のようだった。

 最近はずっと、みんな、心配そうにわたしを見ていたから。




 ――わたし、生きてるんだ……。




 みんなに祝福されてそう実感するまで、少し時間がかかった。


 生きていることが――死を怖がらなくていいことが、こんなにも幸せだとは思わなかったから。




 ……だけど、そんな幸せな夢は、すぐに悪夢に塗りつぶされた。




 一番あいたかった人――大好きなパパ。


 幸せな夢に絶対に必要な人を探し求めたわたしは、そこで、現実を突き付けられた。



 ……どうしようもない、現実を。








「パパ……?」


 再会したパパは、穏やかに、静かに、眠っていた。


 神父さんとかが着ているような、いつもの黒い服を着て、何だか重々しい箱の中で……たくさんの花に囲まれて。



 ――そう言えば、わたし、パパの寝顔って見たことなかったな。

 思ったより普通で、ちょっと残念かも。

 でも……こんな堅苦しい格好のまま寝てるところなんかは、とってもパパらしい――。




「肩……凝っちゃうよ?」



 せっかくだから、着替えを手伝ってあげようと思って、起こそうと手を伸ばしたら……その手が、視界の中でゆらっと揺れた。


 ううん、違う……手だけじゃない。


 いつの間にか、パパも、パパを包む花も――何もかもみんな揺れていた。

 揺れて霞んで、良く見えなくなっていた。



 ――あれ。これ……涙だ。

 わたし……泣いてるんだ。



「どうして? どうしてわたし……泣いてるんだろ。

 ねえ、パパ、どうして……」



 ――どうして? そんなの、決まってる。



 わたしは知ってるからだ。本当は分かってるからだ。



 ここが礼拝堂で……。

 パパが寝ているのが棺で……。


 周りを囲んでいるのが、献花だってことが。





 そう――。


 パパが、死んだっていうことが。





「どうして? ねえ、どうして?

 パパ、パパぁ……っ!」



 縋り付いて泣いて聞いても、パパは応えてくれなかった。


 いつもみたいに、口数少なく怒ることも。

 大きな手で、優しく頭を撫でてくれることもなかった。


 認めたくない。認められるわけない。


 でも、パパを呼べば呼ぶほどに……。

 それに応えてくれないって思い知るほどに。



「パパぁぁーーっ!」



 悲しかった。

 何が悲しいのか分からなくなりそうなぐらい、とにかくどうしようもなく悲しかった。

 泣かないと、泣き続けないと、どうにかなりそうだった。


 助けて欲しくてパパを捜し、求めて、呼んで……。

 呼ぶたびに、パパが死んだことを思い知らされて。


 また悲しくなって怖くなって、パパを呼んで……もっと、どうしようもなく悲しくなる。


 わたしはただ、泣き続けることしかできなかった。


 あとからあとから湧いてくる悲しさを、泣いて泣いて、涙といっしょに外に出すことしかできなかった。



 涙はいつまでも枯れないんじゃないかと思った。

 ずっと泣き続けるんじゃないかと思った。



 でも、泣いて、泣き疲れて、眠って――起きたらまた、泣いて。



 そんなことを何度も繰り返しているうちに、いつの間にか、涙は止まっていた。



 悲しいのを涙で外に押し流さなくても、受け止めていられるようになった。












「……パパ……」


 今日もパパは、ただ眠っているだけみたいに、棺の中に変わらない姿で横たわっていた。



 ――パパが亡くなってから、もう一年になる。


 捧げた献花は萎れるたびに何度も替えたけど、パパは――パパの姿だけは、何も変わらない。



 ……パパが死んだと知ったあの日。


 わたしは先生に縋り付いて、パパを生き返らせて欲しいと願った。



 不凋花(アマランス)なら――わたしを死の淵からすくい上げてくれた奇跡の花の力なら、それができるんじゃないかと迫った。


 先生はこれまでの実験の結果から、それが不可能なのは分かっていたんだろう。

 でも、わたしを納得させるために、わたしの願い通りの処置をしてくれた。



 そして、その結果が……パパのこの姿だった。



 蘇生することもなければ、土に還ることもない――。


 死んだときのままの、変わらない姿だけを、不凋花は保たせていた。



 予想外で……しかも、ヘタに蘇生の希望をもたせるような皮肉な結果だと、先生はおっしゃってたけれど――。

 わたしは、そうは思わなかった。



 勝手なようだけど、たとえ生き返ることがなくても、大好きなパパが、わたしの思い出の姿そのままでいてくれることが、わたしにはただ嬉しかった。


 不凋花が、せめて姿だけでもそのままに――と、力を尽くしてくれたように思えた。



「……そう言えばパパ、先生ね。

 今でもちょっとずつ若くなってて、もうおじいちゃんじゃなくなってるのに……まだ今までみたいなしゃべり方してるんだよ。おもしろいでしょ?」



 パパに会いに来て、こうして話しかけるのはいつものこと。


 でも今日は――。

 いつもと違う一つの決心を固めて、わたしはここに来ていた。



「……わたしはね、まだ成長してるみたい。大人になるか、その前に止まるかは分からないけど。

 身長も伸びたんだよ? パパと最後に会ったときよりも。

 だって、もう……一年になるんだもんね」




 そう……一年だ。


 今はまだ実感がわかないけど、これから永遠の時間を生きると言われたわたしにとっては、とても短いはずの……でも、長かった一年。




 この一年という区切り――。

 今日を最後にわたしは、パパとお別れする決心をしていた。




 もしかしたらパパが息を吹き返すかも知れない……そんな思いで待ち続けるのを止めて、パパの死をきちんと受け入れ、そして――前を向いて、新しい生き方をしようと。


 それは、お兄ちゃんたちが提案した、誰も死ななくて、苦しまない……。

 そんな穏やかな世界を創るための、お手伝いをする生き方だ。


 こんな風に、大事な人を喪って悲しむことのない、みんながずっと一緒にいられる――幸せな世界を創るための。



「だからね……パパ。もうこんな風に、毎日会いに来るのはやめるね。

 いつまでも立ち止まってたら、なにしてるんだって怒られそうだから。

 せっかく、新しい命をもらって、元気になったんだもん……ちゃんと役立てないといけないよね」



 そっと両手を組み、口の中で、昔教えてもらった祈りを唱える。


 パパが死んだと知ってから今まで、決してしなかった――別れの祈り。



 亡くした人を天国に送るための……。

 パパの死を受け入れるための、けじめの祈り。




「さようなら……パパ。

 天国から、ママと一緒に……わたしのこと、見守って下さい」



 ――もう大丈夫だって思ってたのに。


 別れを口にしたとき、また一滴……わたしの頬を、涙が伝い落ちた。





「……さようなら――」







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