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【新装版】 畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
四章 祖花の想い、幼芽の願い

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第5節 どうか、わたしに Ⅱ


「――どういうこと?

 どういうことなの、ライラ! 答えて!」



 ――月明かりの降り注ぐ庭園に、春咲姫(フローラ)の悲鳴にも似た叫びが響き渡る。


 つい今までは、大怪我を負ったノアのためにと、行方を追う前に治療設備を用意するよう、比較的冷静に、枝裁鋏(シアーズ)隊員に指示すらしていた彼女だったが……。


 入れ替わりにライラが自分の前に立つや――。

 一転して、その肩を揺さぶってまで必死に問い詰めるのは、ただ一つ。



 ――カインの存在についてだった。




「どうして――どうしてパパがいるの?

 あなたたちは知ってたの? ねえ、答えて!」



「……ええ。知っていたわ」



 力無く、揺さぶられるがままだったライラは……。

 静かにそう言って、ゆっくりと顔を上げた。



「……黙っていたことは謝るわ。

 でもそれも、あなたの心を不必要に騒がせないために、みんなで決めたことだったの。

 ――それにね、あの男はカインの名を騙っているだけの偽者で――」


 ライラの弁明に、春咲姫は激しく頭を横に振った。



「違う、違うよ! 偽者なんかじゃない!

 あれは――パパだよ、本当の!」



「それは……あなたはそう思いたいでしょうけど……」




「――春咲姫の言う通りだ。

 彼は……正真正銘、本物のカインなんだよ、ライラ」




 横合いから差し込まれた涼やかな声に、二人は揃ってそちらを向く。


 影になっている回廊の奥から、ゆっくりと歩いてくるのは――ウェスペルスだった。



「ウェス……ペルス……?

 あなたが、どうしてここに……!」


「サラから、春咲姫が天咲茎(ストーク)を飛び出したと連絡を受けてね。

 どうも帰りが遅いということだったから……寄り道するならここだろうと、大急ぎでやって来たんだ」


 口調こそ穏やかにそう答え――しかしウェスペルスは一瞬、ライラに射抜くような視線を向ける。


 君の考えは分かっている……と、そう言わんばかりのその視線に、さしものライラもたじろいだ。



「それでウェスペルス、やっぱりあれは……本当のパパなんだよね?」


「ああ、そうだ」


「――ダメよウェスペルス、証拠もなく憶測で決めつけては――!」


「もちろん、証拠ならある」


 きっぱりと断言するウェスペルスに、ライラは反論を途中で呑み込まざるをえない。




「……僕は、『霊廟(れいびょう)』をこの目で確かめてきたから……ね」




「…………!」


 ライラも、そして春咲姫も……言葉を失って、ただただウェスペルスを見る。


 ウェスペルスは平静とした様子で――。

 しかしどこか強い口調で、二の句を告げた。



「あそこは、僕ら一握りの人間以外、立ち入るどころか近付くことすらできない聖域だ。

 だけど……中から出ていくだけなら、話は別なんだよ」



「何が……言いたいの」


 掠れた声でさらに問うライラ。

 すべてを理解しながら、しかし否定したい、否定してほしいと……そう願うように。


 だが――ウェスペルスの答えは、そんな望みを無慈悲に切って捨てた。




「……跡形もなく、消えていたよ。

 生前と変わらない姿のまま安置されていたはずの、カインの亡骸は……ね」




「で、でも――!

 不凋花の力でも息を吹き返すことはなかった、彼は亡くなった――それは間違いないことでしょう?

 なのに、その死者が甦ったと言うの? そんなバカなことが――」


「もう、ありえるかどうかの話じゃない。

 ――それが、現実なんだよ」


 縋り付く人間を突き放すようにそう言って、ウェスペルスは春咲姫に向き直る。



 ウェスペルスの話を聞くうちに、先程の興奮も治まり、そして――何か思うところでもあったのか。

 少女は、儚さと強さが同居した、いつもの凛とした表情に立ち戻り……。


 まるで祈りを捧げるように、目を伏せていた。




「そう……分かったよ、ウェスペルス」




 改めて見開いた青い瞳を、ゆっくりと湖の方へ向けて――。

 春咲姫は穏やかな……そしてしっかりとした口調で告げた。





「パパが……パパこそがきっと。

 『永朽花(アスフォデル)』なんだね――」












     *     *     *




 ――人工湖北岸を目指して、ボートはひた走っていた。


 北岸の港の一つから上陸した先にある、個人の研究施設――。

 それが、グレンから連絡を受けた碩賢(メイガス)が彼らに、合流地点として指定した場所だった。



「……ねえ、おじさん……」



 兄の頭を膝に抱き、手を握り、つい今まで弱々しい声で呼びかけ続けていたナビアは……。

 涙に濡れたままの瞳を上げて、カインに尋ねる。



「春咲姫と会って、何か……思い出せたの?」


 まずはナビアを、そしてノアを。

 二人の顔を順に見やり……カインは大きくうなずいた。



「ああ……思い出した」



 続けて、こうしている間にもどんどん小さくなっていく古城を振り返り、その先――さらに遠くを見据えるかのするように、目を細める。





 かつて彼に、この兄妹を護ってあげて欲しいと願った者。


 そして――『もう一つ』と、さらなる願いを託した者。




「オリビア……お前だったのだな」




 彼が目覚める前、無限の闇の中に身を横たえていたとき。

 そこに射す一条の光のように届けられた、暖かく、懐かしい声――。


 それがもう一度、今度こそ完全な形で……彼の心に繰り返されていた。




 ――お願い……パパ。


 どうかあの子たちを……ノアとナビアを、護ってあげて。


 そして、そして、どうか……あの子たちの道こそが正しいのなら。


 わたしが、過ちを犯してしまっているのなら。


 人の命を、ゆがめてしまったのなら。



 どうか、わたしに……罰を。


 自らを罰することもできないわたしに、罰を――。







 ……わたしに――どうか。


 すこやかなる死を、与えてください――。







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― 新着の感想 ―
[良い点] カインさん……そんな人だったのですか…… なんともびっくりです…… 春咲姫の願いに泣きました。いい子だと思ってたけど、いい子ですね。
[一言] 的外れなことを言うようですが、本作は三人称視点の小説なのに、地の文が誰を描写してるのかちゃんとわかるところが凄いと思います。 たまに初心者の方が書いた三人称視点だと、地の文が破茶滅茶なことが…
[良い点] お陰様で、あっちこっち読み直しに行きました! ノアも体験してしまったのですね。 助かる方法があるのなら、すがりついて当然です。 ただ、グレンが提示したのがソレだけだったのは、意地が悪い…
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