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【新装版】 畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
三章 万花の園に朽花一輪

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第2節 原初の殺人者 Ⅱ


 食堂の入り口に姿を現したカインは、三人の方へと静かに歩みを進める。


 その手は返り血で汚れていても、彼自身には――着衣の乱れさえ見当たらない。



「! おいおい、まさか……。

 外を固めていた連中が全員、俺に連絡するヒマもなくやられたってことか?

 挙げ句、この俺が、今の今までまるで気配に気付かなかっただと……?

 まったく――悪い冗談だな……!」


 ――つい今まで、この場を完全に掌握していたはずのグレンの気配が揺らぐ。


 その苦々しげな表情を見れば……彼が心底驚いているのは明らかだった。




「カイン!」「おじさん!」


「――すまない、二人とも。遅くなったな」


 兄妹の歓声に、カインは普段と同じような調子ながら……しかしどことなく申し訳なさそうな声色で応える。


 そして――改めて、ナビアを捕らえているグレンを見据えた。



「護る、という約束なのでな。

 ――その子を、離してもらうぞ」


 そう宣言するや否や……ゆらりと、カインの身体が傾いだ。



 ――刹那。



 グレンは、ナビアをあっさりと突き放し――。

 瞬きの(いとま)すらなく間合いを詰めてきたカインの手刀と蹴りを、拳銃も盾にして捌き、防いで――後方に跳び、距離を開く。


 その、文字通り一瞬の攻防に、見惚れたように呆けるノア。


 彼には知る由もなかったが、グレンが、人質として切り札になるはずのナビアを躊躇いなく解放したのも――。

 彼女を捕らえたままでは勝負にならないという、相手の力量を瞬間的に見極めた、歴戦の勇士ならではの本能的な判断だった。


 事実……カインとしても、人質に固執してくれれば、今の攻めで決められると踏んでいたのだ。

 それだけに、グレンの見事な判断には彼も内心驚いていた。


 やがて……一拍にも満たない間を置いて、カインの蹴りを防いだことで破壊された、グレンの拳銃の残骸が地面に落ちる。

 それに合わせて、カインはグレンを牽制したまま――鋭くノアに指示を飛ばした。



「ノア! ナビアを!」



 我に返ったノアは、自分もグレンに銃口を向けて警戒したまま……。

 カウンターを乗り越えて、尻もちをついているナビアに近付き、肩を貸して立ち上がらせると――揃って、カインの方へと移動する。



「……まったく、なんて技のキレしてやがる……。

 そりゃ、新史生まれの小僧じゃ相手にならんわけだ……!」


 カインと視線を交えたまま、悪態をつくグレン。


 しかし、その表情は――。

 依然として気迫に満ちてはいるものの、先程までと比べてどこか愉しげだと……そんな風にノアは感じた。



「――貴様もな。

 どうやら、ただ本物の『死』を知っている……という程度ではないらしい」


「フン……お互い、似た者同士ってことなのかも――な!」


 言うや否や――グレンはさっと、腕を素早く翻す。


 その手に、いつの間にかナイフが煌めいていることを、ノアが見て取ったそのときには――すでに、銀色の凶刃は宙に放たれていた。


 一直線に――事態を理解しきれていない、ノアの眉間目がけて。



「――――え」



 迫り来る刃は、ゆっくりと、宙を泳いでいるように感じられた。


 しかし、まるでその速さにノア自身が合わせているかのように……避けようにも、身体はどうしても動こうとしない。

 ただ、じっくりと――飛来する刃に貫かれるその瞬間を、想像することしかできない。



 だが、その呪縛を――脇から差し延べられた、大きな手が打ち破った。



「――――ッ!」


 ――カインが、寸前まで迫ってきていたナイフを叩き落としたのだ。

 勢いのまま床で跳ねた刃の閃きが、見開かれたままのノアの瞳に照り返す。


 呪縛が解かれたように、ようやく元の流れを取り戻したと感じる時間の中――。


 気付けば、これまでの落差を埋めるかのように、グレンが急速に近付いて来ていた。


 ノアを救うため、形振り構わず無防備に伸ばされたカインの腕――。

 そこに狙いを絞っていたグレンが、己の腕をムチのようにしならせて絡みつこうとする。



 腕を固め、動きを封じ――逃れようのないところへ、必殺の一撃を叩き込むべく。



 しかし、それを――カインはかわした。


 いや、より正確に言えば、グレンの機先を制して反撃するように……。

 逆に彼の方へと、腕を突き出していたのだ。



「…………ッ!!」


 見切られたことに驚くも、間合いと反応からして、ギリギリで致命傷は免れると読み――。

 身を捩らせて、首を狙ったその一撃から逃れようとするグレン。



 だが、それすら嘲笑うように――。

 カインの袖口からは、銀色の光が飛び出していた。



「貴様の仲間の物だ――返すぞ」



 無機質な声でそう囁くカインの声に、その光がナイフだとグレンが理解したときには、すでに遅く――。


 一瞬で手刀の射程を引き延ばした肉厚の刃は、彼の喉を深く貫いていた。



「ごっ……ァ――!」


 グレンはその勢いのまま、よたよたと後ずさったが……。

 まだ余力があるのか、喉に突き立ったナイフを自ら引き抜く。


 そして、苦笑めいた表情を浮かべながら、血の泡混じりに二言三言、何事かを呟いたかと思うと――。

 喉からあふれ出た自らの血溜まりの中に、膝から崩れ落ちた。




「……二人とも、大丈夫か? よく頑張ったな」



 グレンが動きを止めるのを見届けたカインは……。

 緊張のためか、まだ構えたままだったノアの銃に、そっと手を添えて下げてやると、力が入らない様子のナビアを抱き上げる。


 ノアは、その高ぶった気を静めようと、何度か深呼吸を繰り返す。

 のんびりとしていられる状況ではなかったが、カインはそれを黙って見守っていた。



 やがて……幾分落ち着いたらしいノアは、カインに急いでここを出ようと提案する。



「……前に話しておいた出口、覚えてるよな? あれを使おう」


「分かった。あまり時間がないが、荷物はどうするんだ?」


「ナビアが先に捕まったことから考えても、部屋の方はもう押さえられてるか、それでなくても侵入口として固められてると思う。

 ヘタに姿を見られたくないし、諦めるしかない」


 答えて、ノアは置きっぱなしになっていた掌携端末(ハンドコム)をひったくり、ポケットに押し込んだ。



「これ一つだけでも残ったのが不幸中の幸いだよ。

 ――行こう!」











     *     *     *




「……大丈夫ですか、隊長?」



 ノアたちが食堂を出てから三十分ほどが過ぎた頃――。


 駆けつけた部下の手当てもあって、グレンはようやく意識を取り戻した。



 ただの人間であれば即死は免れない傷だったが、今は生々しい血糊以外、痕跡はまったく残っていない。


 しかし、気分的なものだろう――。

 何となく違和感を覚えて、グレンは自身の首を撫でつける。



「すまんな、情けない姿をさらしたもんだ。

 ……それで、坊主どもの足取りはどうなってる?

 包囲を突破されたにしても、後を追えないってことはないだろう?」


「はっ、それが――実は、どの出入り口にも姿を見せず……」


 部下の困惑しきりといった報告に、思い切り顔をしかめるグレン。



「チッ……なるほどな。あの坊主め。

 ここの建設記録の見取り図を書き換えて、いざというときの脱出用の出口を隠してたってところか……やってくれる」


 グレンはヘッドセット型の通信機で、工場の外を固めている他の部下に指示を飛ばす。


「――全員、聞こえているな!

 ここはもういい、チームごとに街の方へ追跡を始めろ! 急げ!」


「……間に合うでしょうか」


 側の部下の呟きに、グレンは髭をさすりながらほんの少し考えた後、冷静に答えた。



「可能性は低くないだろう。妹の方が体調を崩しているようだったからな。

 抱えて行くにも、あれでは状態を気遣って、休憩を取る必要が出てくる。

 ……そう速くは逃げられまい」


 そうして、自らも追跡に加わろうとしたところで……部下の方から、彼に通信が入った。


 まさか、もう見つかったのか――と、拍子抜けのような気分を味わいながら回線を繋げる。



 しかし、相手は――。

 別任務のために、若干名割いていた部下の方だった。



「……なに?

 分かった――とにかく後で俺も顔を出す。

 それまでは、引き続き拘束しておけ」


「どうしました?」


 怪訝そうな部下に、グレンはつい先刻、自分の喉を貫いたナイフを拾い上げながら答える。



「――ヨシュアが見つかった。

 宿泊先は見つけたものの、尾行を撒かれたと報告を受けていたんだが……先程、街でぶっ倒れていたところを確保したらしい。

 ……あのカインを名乗る男、出かけているにしても妙に現れるのが遅いと思ったが……。

 つまりは、期せずして、ヨシュアが足止めになっていたということか」


 カインが『仲間の物』と言ったそのナイフは、よく見れば枝裁鋏(シアーズ)の隊長だけが持つものだった。


 その事実から事情を察したグレンは、ナイフを懐に収めると、もうここには用はないとばかりに出口へ向かう。


 そんなグレンの背に、部下は遠慮がちに質問を投げかけた。



「――隊長。自分は通信で、ここでのやり取りをある程度聞いていましたが……。

 隊長ならば、あの男が戻ってくる前に、兄妹を確保することも容易かったのではないかと思います。

 なのに……どうしてあんな……脅しをかけるようなことを?」


 グレンは足を止めると、困ったように笑った。


「そりゃお前、俺のことを買い被り過ぎだろう。

 ――それとも何か?

 俺がわざと、ヤツらが逃げられるように取り計らってやったとでも?

 言葉通りに、死ぬほど痛い思いまでして?」


 グレンの射抜くような視線を受けた部下は、大慌てで手をぶんぶん振る。


「い、いえ、決してそのようなことは!

 た、ただ、効率の面からも、どうしても気になったものですから……」


「冗談だ。

 まァ――何と言うかあれは、イタズラが過ぎたことへの、俺なりのお仕置きのつもりだったんだがな」


 その一言に、部下は首を傾げる。

 するとグレンは、もうこの話は終わりだと大きく手を打った。



「――そら、お前もさっさと仕事に戻れ。

 あの坊主どもが使っていた部屋を調べて、手掛かりになりそうなものを片っ端から回収するんだ、いいな!」


「は、はっ! 了解しました!」


 駆け足で食堂を出ていく部下。



 それを見送った後、グレンは改めて食堂内を振り返った。



 ――部下への言葉は嘘ではない。


 実際には兄妹を傷付けるつもりなど毛頭ないにもかかわらず、ああして脅しをかけたのは、彼なりの戒めのためだった。


 多くの人間に迷惑をかけたことを自覚させ、その上で――。

 『死』がいかに恐ろしいものかを、改めてその身に教え込むための。


 自分は嫌われるかも知れないが、そもそも好かれるような人間でもなし……。

 引き換えに彼らが不死のありがたみを感じてくれるなら、やるだけの価値はあると思っての芝居だったのだ。



「……しかし、まあ……」



 グレンの脳裏に浮かぶのは、我が身が危険にさらされながら、それでも決して助けを乞いはしなかった妹と――。

 妹の危機を前にして心が揺れながらも、最後まで、安易に銃口を下げようとしなかった兄の姿だった。



「子供じみた一過性のワガママとは違う、ということなのか……」




 グレンは、彼には珍しいもの静かな表情で――。


 またそっと、自身の髭を撫でつけた。







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― 新着の感想 ―
[良い点] カインが来たー! 油断してはいけないのでしょうけど、彼がいると安心します。 強いとは思っていましたがこれ程とは! ノアはよく耐えた!! グレンは、ノアとナビアに立ちはだかり続けられる壁と…
[良い点] カインめちゃくちゃ強いですね! ヨシュアをあっさり降し、包囲網を破って最後グレンをまた割かしあっさり…… 相手は不死の軍団だし、2人子連れで逃げようと思うならこれくらいは強くないと、かも…
[一言] 超今更ですが、カインとアベルのカインだったんですね!? 私は聖書の知識があまりないもので、本作は聖書の勉強にもなっております! 漫画で学ぶ日本史とかもそうですけど、こうやって面白く物語形式に…
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