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【新装版】 畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
三章 万花の園に朽花一輪

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第1節 命が咲くには Ⅴ


「……遅くなってしまったな」


 黄金色の夕日が姿を隠し、代わって星が彩り始めた空を見上げて、カインはつぶやく。



 食材と薬品の詰まった紙袋を抱え、通りを歩く彼――。

 その周囲をすれ違う住人たちは、装いこそ個々人で違うものの、皆が皆、幸せそうなことだけは共通していた。


 至る所に笑顔があふれ、何の翳りもなく、穏やかだった。


 兄妹を追ってさまよった庭都中心部で、初めて人々の生活を目の当たりにしたときの感覚を――カインは改めて思い出す。


 まるで楽園だと、彼はそのとき感じた。

 いや、今でも街の様子、人々の姿を見るたびにそう思う。



 だが、やはりそこには――。

 拭い去れず、無視もできない違和感が付きまとう。


 そして今なら、その原因が理解できた。


 不老不死――すなわち『死』の喪失にあるのだと。



 人は死を持つからこそ、終わりがあるからこそ――そこへ至る過程を、それぞれのやり方で磨き、輝かせようとする。

 星の歴史の中に、死を以てしても失われない灯火を刻もうとする。

 たとえ小さくとも、自らの命の証として。



 それが――その行程こそが『生』なのだろうと、彼は思う。



 だからこそ、違和感を感じるのだ。


 幸せそうで、満ち足りていながら、しかし『生きて』いるように見えないと。

 幸せな世界、幸せな生活――それらを『生きる』のではなく、ただなぞっているようだと。



 しかし彼は同時に、彼自身や、ノアたちの信じる道が真理であり正道であろうと……決して人々が望む最良の道ではない、ということも理解している。


 ――人とは、そうしたものだからだ。


 死を恐れ、拒み、失われない幸せを願う――。

 その当然とも言える欲求を、どうして責められるだろう。



 だがそれは――願うだけで止めなければならなかった。

 決して手にしてはならなかったのだ。



 その願いは、引き換えとして『人』であること、そして――『生命』であること。

 それを手放す道に、繋がっていたのだから。




 本来あるべき真理を外れた幸福か、苦難を承知で貫く正道か――。



 分かたれた二つの道に思いを馳せるカイン。


 すると彼の脳裏には同時に――ノアたちの保護を願った女性から託された、『もう一つの願い』のことが思い浮かぶ。


 数日前まではただ闇に紛れているだけだったその記憶に、今は少し変化があった。


 探ろうとも、完全に掴めないのは相変わらずだが、しかし何かが指にかかり始めたのか……そこに、感情の動きが伴うようになっていたのだ。


 その際に生じるのは、何としてでも思い出さなければならないという――果たさなければならないという、強い義務感だ。

 だがそこには同時に、なぜか……思い出すことを躊躇い、拒む、相反する感情も同居していた。



 もともと彫りが深いカインの顔に、さらなる皺が刻まれる。



 庭都においては異端となる、しかし正道を求める兄妹を護ること――。

 それだけでもすでに、自らが、その正道に背いてまで存在する意義はあると感じる。


 だが……この身に課せられた役目は、それだけではないはずだった。




 なぜなら、それは――『罰』でなければならないからだ。




「おやおや……物憂い顔でどうしました……?」


 意識の外からの呼びかけに、カインはハッと、夜空に向けていた視線を下げる。



 近道として選んだ、公園の遊歩道。


 時間が時間だけに、すっかり人気の無くなったその小径のただ中で――。

 街灯の明かりの下、一人の青年が、彼の行く手を遮るように立ち尽くしていた。



「――ヨシュア……!」


 その唇が呼ぶ自らの名……そこに少なからず驚きが含まれていたことが、さも愉快だったのだろう。

 ヨシュアの顔に、うっすらと嘲笑が浮かぶ。


 ただし、それは――。

 嘲るという感情だけではない……どこか病的な歪みを含んでいた。



「わたしは……カイン、お前を倒す。

 倒さなければならないのです……!」



 普段の赤衣とは違う、普段着のような上着の内側から、ヨシュアは無骨で鋭利なナイフを取り出す。


 その刃が――そして、昏い鬼気を宿した瞳が。

 月明かりに禍々しく輝いた。



 そのとき――カインは気が付いた。



 そこにあるのが、記憶にしっかりと刻み込まれるほど、かつて幾度も目にしてきたが……。

 しかし、この庭都では決してありえないはずの人間の姿であることに。



 ――そう。

 ヨシュアが、死の影――その恐怖に怯えていることに。


 そして……それを振り払い、打ち克つべく――。

 その根源となった自分に、固執していることに。



 本来なら、その恐怖からは、むしろ当の『死』を以て解放されるはずだった。


 しかし、なまじ不死であるがゆえに――。

 解放されるどころか、いや増す恐怖に苛まれ続けているのだと……カインは悟った。



「――不憫な」



 カインの口をついてこぼれ出たのは、そんな憐れみの情だった。


 だが、そもそも――。

 彼がしてやれることなど、たった一つしかないのだ。



「いいだろう。

 その命、もう一度……殺してやろう」



 抱えていた買い物袋をそっと地面に置いた――かと思うと。



 次の瞬間には――。

 カインは音もなく地面を蹴って、ヨシュアに詰め寄っていた。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 鳩の親子はどこまでも繋がっているんですね。 他のお話も、繋がりが分かるたびに立ち返ることができます。 面白いです! 子どもを育てる事は、周囲にとってもかけがえのない刺激になるはずなのに、…
[良い点] 確かに不老不死であれば、人は何かをなそうとか思わないかもしれませんね。 時間はいくらでもあるのですし……要るのは暇潰し程度? 発達するのは娯楽ばかりかも。 などと、つい色々と考えてしまい…
[一言] 最新話まで読ませてもらったのですよー 主人公たちが排除される動機づけがとてもうまいと感じたのですよー
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