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【新装版】 畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
三章 万花の園に朽花一輪

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第1節 命が咲くには Ⅳ


「――失礼します、春咲姫(フローラ)



 部屋に入ったサラは、一礼してから木製のドアを静かに閉める。


 六角形をした壁一面に、背の高い本棚がずらりと並ぶその部屋は――。

 名目としては書斎であるものの、歴史の古い図書館を思わせる造りをしている。



 主の座す机も、使用者に合わせて丈が低く作られているものの、雰囲気に沿った重厚な、それ自体が装飾のような素晴らしい調度品だ。


 そんな机の上に並ぶ、端末の映像、書類、そして何冊もの分厚い本――。

 それらの向こう側に、忙しなく動く小さな頭があった。


 この部屋の主人である、春咲姫その人だ。



「……あら、サラ? どうしたの?」


 サラが机の前まで近付いたところで、ようやくその存在に気付いたらしく……少女は手もとの本へ落としていた視線を上げた。



「はい、夕食の用意が整いましたので」


「あ……もうそんな時間?

 ――ホントだ……。うん、ありがとう」


 柱時計にちらりと目をやって時間を確かめると、開いていた本を閉じて机の端に置く春咲姫。



 一方サラは、机上に広がる様々な資料を一通り目で追うと……。


「今日も、出生率低下の原因について勉強されていたのですか?」


 そう尋ねた。



 それに春咲姫は、端末の電源を落としながらうなずく。



 ……庭都(ガーデン)における子供の出生率というのは年々減少し続け、ついにこの二百年で新生児はノアとナビアの二人だけ――という事態になったのだが、未だにその理由は判明していなかった。


 人の生殖機能自体に異常が出たわけではない。

 ただ――産まれない。


 完璧な環境を整えた上で人工授精を試みても、なぜか、ことごとくが失敗するのだ。



 まるで……これが人の総数の限界であり、これ以上増えてはならないとばかりに。

 あるいは、ここが――人の歴史の限界であるとばかりに。




「ですが……春咲姫や碩賢(メイガス)ほど、庭都の人々はこの事実を憂慮していないようですね」


「うん……そうだね。

 みんな、悲観的にならないのはいいことなんだけど……」


 春咲姫は小さく首を振った。



 サラの言うように、庭都の住民、特に庭都建設後の新史生まれの人間は、この事実を知ってはいても、問題視はしていなかった。


 死が失われた以上、子を生し、それによって歴史を紡いでいく――という認識がなくなったのがまず一つ。

 加えて、不凋花(アマランス)によって、すでに庭都全体が一つの共同体として結ばれているため、新しい家族という存在に対して執着が弱い――というのも理由に挙げられる。



 要は――誰もが皆、子供が産まれなくてもさして問題ない、と考えているのだ。



 それどころかむしろ……子供という存在に対して、恐怖を抱く人間もいるほどだった。


 ある程度の年齢に達するまで、不老不死となる『洗礼』が受けられない以上は――。

 いくら天咲茎(ストーク)などが全力をもって子育てを手助けしようとも、そこには常に『死』の影が付きまとうからだ。



「でもやっぱり、わたしは……街の色んな所に子供たちがいて、それがみんな、元気に、幸せそうに笑ってる……そんな光景も見てみたいの」


 春咲姫は、穏やかに――。

 彼女以外の誰も持ちえない、無垢な、そして慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


 だが、それを見るサラの胸中には、一抹の悲しみが過ぎる。



 理由は明白だった。


 春咲姫と崇められる、この少女だけが――。

 この不老不死の庭都において、最も慈愛に満ちた彼女だけが。


 皮肉にも――不凋花との共生でも癒されなかった、先天性の生殖機能の異常により……。

 決して子を授かれない身体であることを、知っているからだ。



 そんな、あまりに残酷な皮肉を再認識し、サラが顔を曇らせるのに気付いたのだろう。


 少女は……気にしなくていいと釘を刺すかのように、無邪気に笑った。



「それで、街の人たちはともかく、サラはどうなの?

 子供が欲しいとか思わない?」


 一瞬、どう返答するべきかと考えないでもなかったが……。

 余計な気遣いは却って逆効果になるだけだとサラは、ただ正直に、困った顔をしながら首を振った。


「……分かりません。

 子供は確かに、可愛いと思いますけど……それでも、分からないのです。

 ――申し訳ありません、はっきりとしない答えで」


「ううん、いいの。ごめんなさい、こっちこそいきなり変なこと聞いちゃって。

 ――でも、わたしはサラの子供って見てみたいかな。きっと可愛いと思うし」


 冗談めかして春咲姫がそう付け加えると、サラもまた芝居がかった苦笑を返した。


「母のようなことをおっしゃらないで下さい。

 今でも会うとたまに言われるんですよ?」


「あはは、それは仕方ないかな。

 わたしもほら、どうしても普段はあなたを姉のように感じてしまうけど、一応……母親みたいなものだから」


 椅子に背中を預けながら、春咲姫はどこか哀愁のある、儚い微笑を浮かべた。



 それは、注意して見てもそれと分からないほど一瞬の、かすかな変化だったが……。

 余人ならいざ知らず、常に少女に付き添い、ともに過ごしてきたサラが気付かないはずはない。


 そして、今の主がそうした表情をするとき、原因が何であるかも、彼女は理解していた。



「その想いは、きっと伝わります……あの子たちにも」



 春咲姫は一瞬、驚いたような顔をしたものの――。

 すぐにその一言が、サラゆえの鋭い推察だと理解したらしかった。


 余計な、なぜ、を問うことなく、今度は素直な心境を吐露する。



「そう……わたしは、あの子たちの母親であろうと、心を砕いたつもり。

 あの子たちが寂しがったり悲しがったりしないように、母親になろうと努力したつもり。

 でもね、やっぱり……実の母親にはなれないんだなって思うの。

 表面的なものだけだと……もっと根っこの方での、目に見えなくて、でも大きな繋がりの代わりにはなりえないんだなあ……って」



「あの子たちの心については、正直私には分かりません。

 ですが私は、あなたがどれほどに子供たちを慈しんできたかは分かっています。

 そしてそれが、決して実の母親との絆に勝るとも劣らないことも。

 ――なぜなら、私自身がそうなのですから。

 幼い頃から可愛がっていただき、大切にしていただいた私にとって、あなたは……。

 間違いなく、もう一人の、大事な母でもあるのですから」


 サラの嘘偽りのない真っ直ぐな瞳と、真っ直ぐな言葉に、春咲姫はまた目を丸くしたが……。

 しかし今度は、陰りのないただただ嬉しそうなはにかみで、それに応えた。



「……ありがとう、サラ。ありがとう……」



 どういたしまして、と一礼してサラは、場の雰囲気を変えようと手を打ち合わせた。


「さあ、気分を切り替えるためにも、そろそろお食事に参りましょう?」


 春咲姫もそれに合わせて、陽気に大きくうなずく。


「――そうだね。

 お腹が減ってると、考えがどんどん悪い方にいっちゃいそうだし」



 机を手早く片付けると、一度背を伸ばしてから、書斎のドアへ向かう春咲姫。


 いつものようにその後ろに付き従いながら、サラは――。

 「大丈夫ですよ」と声を投げかけた。



「普段はだらしない父ですけど、こういうときにはきっと、期待に応えてくれます。

 きっと、あの子たちを連れて帰ってきてくれますから。

 ですから、そうしたら……話をすればいいのです。あの子たちと、もう一度、じっくりと。

 そうすればきっと――想いも伝わります」



 春咲姫は、じっとその言葉に聞き入っていたが……。


 やがて背を向けたまま、ゆっくりとうなずいた。




「うん……そうだね。

 うん。ありがとう……サラ」







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