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【新装版】 畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
三章 万花の園に朽花一輪

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第1節 命が咲くには Ⅰ





咲き続ける花の庭に、咲かない花が開く。

枯れない花の庭に、枯れ続ける花が開く。

在りながらに無く、無い故に在るそれは、

咎人の骸にのみ咲く、冥界の屍花がゆえ。


     〜葬悉(そうしつ)教会偽典七十七章 凋零(ちょうれい)












                *




 ――隠れ家にしている田園地区の工場、その地下。


 がらんとした、元は倉庫だった広い空間に、銃声が立て続けに何度か響き渡る。



 真剣な顔で、握った拳銃を木の板に向けているのはノアだ。


 何があるか分からない地上に降りるときのことを考えて――。

 兄妹がそんな理由で渋るカインに頼み込み、いざというときの自衛手段の一つとして天咲茎(ストーク)から持ち出してきていた拳銃……その使い方の手ほどきを受け始めて、今日で二日目になる。


 ナビアも、自ら望んで同じように練習させてもらっていたものの……。

 基本を覚えた今では、もっぱら、カインに教えを受ける兄を見守るばかりだった。


 正直、彼女にとって銃など、引き金を引けば弾丸が出る危険な道具、という程度の認識しかない。

 内部構造など必要以上に理解する気もないし、興味もない。

 当然愛着など存在しない。


 だが、兄は違った。


 やはり、男子というのは少なからず武器というものに興味を惹かれるのか――。

 今も目を輝かせて、無骨な塊をいじくり回している。


 そうしながら、熱心にカインと話をする姿は、一週間ほど前からは想像もできないものだ。

 そしてそれは、いつも彼女の兄であろうと、自分を律するしっかりした兄の……珍しく無邪気で子供っぽい姿でもあった。



 そんな兄の姿に、彼女は素直に、うらやましいという思いを抱いた。



 これまで同じ時間を一緒に過ごしてきた人たちの中でも、春咲姫(フローラ)は姉という感じだったし、ウェスペルスは兄で、碩賢(メイガス)なら教師か友達という感じだった。


 こうした雰囲気――彼女にはどうにも加わることのできない、そんな枠とはまた別の……男二人の語らいなどとは、まるで無縁だったのだ。



 正直なところ、うらやましいばかりでなく、疎外感もあった。


 だが……不快ではない。



 むしろ、仕方ないなあ……と。

 自分が年上になって、年下二人を見守っているような……。


 そんな、若干の優越感すら混じった楽しさがあった。



「……もしかして、こういうのが、親子みたいっていうのかなあ」



 すべての結論として、彼女が導き出し、そっと形にした独り言。


 それは奇しくも――。

 当の兄が、彼女とカインを見ながら感じたものと、まったく同じだった。




「……しっかしカイン、アンタ銃の扱い、すごい手慣れてるんだな……」


「幸いにして、私の記憶にある時代の物と、ほとんど構造が変わっていないようだからな」


「まあ……そこはそれ、『必要は発明の母』ってやつだよ。

 基本的に庭都(ガーデン)ができてから、争いらしい争いもなくなったから。

 銃なんて、わざわざ進化させる必要がなかったんだ」


「だが、庭都のできた当初には反乱を企てる者もいたという経緯から、いまだ戦う術そのものまでは捨てきれずにいる……か」



 カインは、ノアから以前聞いた話をもう一度繰り返しながら……。

 ノアの手から拳銃を取り上げる。


 そして、改めて細かくその動作を確認し、安全装置をかけてからそっと返した。



「いいか、くどいようだが繰り返す。

 これまでもこれに頼ろうとしなかったように、これからも極力使おうとするな。

 どうすれば銃に頼らずに済むか、それを真っ先に考えろ。

 どうしようもないとき以外、決して人に向かって引き金を引くな。

 たとえ、相手が不老不死なのだとしても……だ。分かったな?」



「……分かってるよ。

 俺だって言ったろ、これは、地上に降りてから、凶暴な獣なんかに襲われたときのために――って、おいナビア、お前どうした?」


 カインを相手に話していたノアが――。

 ふと視界をかすめたナビアの方に、いきなり鋭く注意を向けた。


「……顔色、あんまり良くないぞ。

 大丈夫か? また熱でも出てきたんじゃないのか?」


 いったん銃を置いてナビアに近付くと、ノアは眉根を寄せてその顔をしげしげと色んな角度から見直し、最後に額に手を当てた。



「ん〜……特に熱があるってほどでもなさそうだけど……」


 朝から少し身体がだるい感じはしていたものの、ちょっと疲れているだけだと自分に言い聞かせていたナビアは、笑顔で「だいじょうぶだよ」と首を振る。



 しかしそうすると、ノアはますます顔をしかめて、やがて大きくため息をついた。



「あー……お前のその『大丈夫だよ』は、あんまり大丈夫じゃないときの大丈夫、だな。

 ……うん。

 やっぱり顔色良くないし、今日はもうお前、部屋で寝てろ」


「そう言えば、身体があまり丈夫ではないということだったな」


 続けてカインまで、膝を折って彼女と視線の高さを合わせ、その顔を覗き込む。



「これまで極度の緊張にもさらされただろうし、慣れないことの連続で、自分で思う以上に疲れが溜まっているはずだ。

 今は大したことがないかも知れないが、無理して悪化しては元も子もない。

 今日はもうノアの言った通り、休んだ方がいい。――分かるな?」


「ん……でもじゃあ、ご飯とかどうするの? また保存食とか?」


「大丈夫だ。お前ほどではないが、私も簡単なものなら作れる。

 ……もっとも、味の方は期待しないでもらいたいがな」


 あまり表情が変わらないので、冗談とも本気ともつかないカインの台詞は……。

 しかしそれが却って、ナビアのツボにはまった。


 身体がだるいので少し控えめに、しかしひとしきり笑う。


 そして笑いながら……。


 ここで身体は大丈夫とねばったところで二人が気を遣うだけだし、それは同時に、せっかく二人が仲良くしているのに、その邪魔をすることにもなる――と。

 そう考えて、ナビアは兄の言葉に従って休むことを決める。



「うん――じゃあ、ご飯はおじさんにお願いする。

 あたしはお部屋で寝てるね」


 笑われたことなど特に気にしていないのだろう、大きな手で優しくナビアの頭を一度撫でると、カインはうなずいて立ち上がる。



「部屋まで付いてってやるよ」


 過保護気味な兄の提案に、子供じゃないと口を尖らせて反論し、ナビアは大きく手を振る。




 ――もう少し、お兄ちゃんとおじさんのこと見ていたかったけど……。




 こんな感傷を抱いてしまうのは、やはり体調が悪くなっているからなのか――。


 そんなことを思いながら、ノアたちの姿が完全に視界から消えるまで何度も振り返りつつ……。



 ナビアは、足がふらついたりしないようにと気を付けながら、その場を後にした。







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