少女は刃を握る ~妄想を虚空の軌跡に描く~
「焼き払ってくれよう──」
薙いだ風を額に感じ、彼女は後ろにショートの黒髪の靡かせた。身長の違い故に上目遣いで覗かせる彼女の双眸は真っ直ぐにこちらを見ている。口許はこちら側から見て右だけが上がっており、ちらりと見えた舌とその水平直線上に伸びる両の腕は小刻みに震えている。ぶかぶかのセーラー服のスカーフは垂れ下がり、と同時に身体を少しくねらせる。
腰を少し曲げて前傾の姿勢を取っている。制服の空いた首元からちらりと見えた、とても瑞々しくて美しい白い肌に擦られた鎖骨のラインの強調は映えた。近づけてきた顔は蠱惑的な──『余裕』を感じさせるような不敵な笑みだった。
──何をして。どうしたのか。一体。
彼女の背後からは数枚の窓があり、外には木々が嫋やかに撓らせているようだが、そのようなことは視界に入っていない。因みに揺れる木々はいつのまにか鮮やかな桃色の春から緑の元気な葉を揃えている。
火照り、熱さを増していく頬は薄桃色に変わる。彼女の、だが。
「ねぇ……」
「ああ、な、何か……?」
「話さない友達をとことん減らしてみたら、遂には家族と三人になった」
流暢に語っていくようだが、ことは案外深刻ではなかろうか。自身で気付かないようなら気付かせるのもの。行動力の発揮の機会に万歳三唱。状況を把握出来ない──もとい混乱で脳の思考がシャットダウン、締め出されているが故に適切ではない言動が反射的に飛び交わせてしまう。
「可愛そう、とは憐れんでいない」
「あのさ、結構傷付く」
「し、知ったことかよ」
「何を話そうか」
「…………」
「あれ、勉強中?よく出来るね〜」
「…………」
「何か言ってくれないの?」
尚も沈黙を貫いたことに憤慨を表すか、
「はぁ?」
と彼女はきつく当たる。
元はと言えば話しかけ始めたのは彼女だ、と憤懣やる方なくも、暫しの時間を気長に待つことを憶えた。
「ごめん、ちょっと揶揄って無視してみただけ、だから……」
「死ぬよ。私」
「どうぞそのままご自由に」
「うわー、あなたともあろう人が自殺教唆ですか〜……?私。試しに涙目にでもなろっか?」
「そういうわけじゃないだろ?」
全くもって勝手な判断に嫌気もさすというものである。そう考えた、だろうか。
──分からない。解らない。判らない。
あたふた慌てて──何にだろう──汗を飛ばすように無理やりに言葉を返した。
「ここに来て責任逃れ?情けない」
「どうだろうか……。事実性に欠けている。と思う訳なんだけど?」
「曖昧な奴よのぅ」
何だ、その古風な話し口調は。思わず漏れかけた言葉を呑み込み、間違った人間性を急いで訂正した。
「勝手に思って勝手に死んでろ。どうせそれがお似合いだろうさ」
「誰のことを指してるんだか……。ハッ!それは、ま、まさか……。我のことを示すか⁉︎」
「知ったことかだけで──」
言葉を詰まらせ、やがて赤面した。要するに、噛んでしまった。大事な場面で……全く舌というのは何なんだ……!
舌か……。
「こ、これは……だな。えー、そ、そうだなぁ……あ!そうさ!ある種の表現技法の一種なのだ!ははは」
「ダサい。ものすっごくね、もうホント。あーあ、ヤバっ。ホントホント」
──お前だよ。おーい、ボキャブラリー……!
想像以上の語彙力の無さを身を以って確認したところで、彼女はスマホを叩いていた。右手の一際長くて細い、その人差し指を画面上で軽やかに踊らせていた。
「……ッ!これだからスマホは!」
「ああ。すまほ、とやらは難しいようだな」
「それには共感するな。後、私の場合だと私の人差し指が他の指よりどうにも長くて……バランスが悪いのはとっても不利」
「『文明の利器』か……。ほざけ……!」
「解せない」
細くて白い──その下から美しい鎖骨のラインが窺える──不明な話の意味を小首を少し傾げて表す。
「たかがそれだけのものだった、ということだ。可愛そうな……」
「ふっ。大したことは無いね」
「理解力に乏しい者に慈悲は掛けられんな。そも、理解が出来ないのだから」
「これだから男の子は……。みんなイキっちゃうんだから……何様のつもりかな?」
「申し訳ないが君の片仮名語は理解しえない。失礼」
彼女は確実に敢えてオーバーなリアクションをしてみせる。眼を大きく見開き、開いた──開けた口許を両手で覆い隠す。
「まさか……イキり、なのか……⁉︎」
「君こそ何用で?君のことだ、何か野暮用なんだろ?この状況でノー、とは応えさせないぞ」
「特に」
それは淡々としたものだった。何の感情も込もっていないかのような。何か底から漏れて、すぐさま消え去り、跡形なくさらさらと。否、器──形だけで中身は空、か……。
何かが外れかけた気がした彼女は、我に返ったようにして表情が元に戻った。しかし今考えるとその表情や仕草──。そのどれも、どこか作り物に似せたような微妙な違和感を覚えた。実際それが偽りならば完璧ではあるも。
「特に用は、別に無いって言ったんだけど……」
雑談雑談、と。
「さっきの問いのことだけれども。それについては答えかねるな。いきり、とやらは難しい」
「違う。と言ったら嘘になるかな?」
「──下らない価値観……そんなものを押し付けないでいただけるかな?」
なるべく温厚に。人間性の問いを裏に考える。
「照れる……」
「いや、照れられても……全く理解に苦しむ、というものだが……。舐めるなよ、私の理解力を」
挑戦を焚きつけてくる、とはな──。
……諦念。終わりだ。
「ところで君の睫毛は細くて長い。とっても綺麗……」
視界に肌色──白色と呼ぶべきかもしれない──細い指先が入った。
「うわっ!」
「驚かないで」
慣れたような手つきで、目には当たらないように手を伸ばす。届いた。するすると撫でていく。心地よい感覚。絶妙な加減で抜けていく指先は何故だか温かい。
「声もちょっと高めだし……あ。ほら。前髪も長いし。君ってちょっと女の子っぽいよね」
「別に女の子っぽさは必要ないだろ」
「またまたそんなこと言っちゃって……。気持ち悪さから逃れようとしても無駄だ!」
「おんなのこ、ぇす!」
うえ。
「私もぇす」
とりあえず、うぇ。
「今日はさ。君が女子の代わりをしてよ。私が代わりに男子役する」
「みんなのひーろー、ぇす!」
「明日は、逆ね」
早すぎる交代宣告は流石に堪えた。しかし砕けた身も、恥じて身体の奥からどんどん熱くなっていく身には敵わない。流れる血液が沸々と煮え滾っていくようだ。
「じゃ今度は眼鏡を掛けた大人しめな女の子ね」
「何歳くらいだ?」
「君と同い年」
「承知」
へいへい。と。はい、は一回で。なんて……。
「あ、後身長は156センチで」
「設定細かっ!」
飛んだのは冷やかな視線で。どうにも突っ込みが安直過ぎたという話か。
「俺に突っ込みをさせる方が悪いんだ」
「『俺』系の女子?それが君の思うところの『同い年の156センチ』の女子?」
「今からちゃんとしますよ、はいはい」
ぷくっ、と頰が膨らんだ。
「じゃあ、まず……名前は?」
「さぁ?適当になんでも」
「えー。よーみーにーくーいー」
そっくりそのまま返したくなる文章はさておき、
「いちいち注文が多いなぁ」
「お疲れ様です」
「本当だよ…………」
「学校が辛かった〜」
「今まさにその『辛い学校』の最中だと言うことをご存知で?」
やはり彼女は能天気だった。というか、彼女は彼女だった。
「ふふ、そうだね」
「ああ、確かにそうだ」
何の確認なのかは実際に話している双方とも解らない。
「頑張って。現在いい感じに女子だ」
「うん、ありがとう!」
──疲れる。
双方とも丁度同タイミングで感じたことだろう。何せ本来の性別とは完全に真逆の役を演じているのだから。
「今日も、塾?」男子役女子。
「私はないよ」女子役男子。
「塾行ってないの?」男子には見えない女子。
「うん、そうだよ」女子には見えない男子。
「道理で……」男子っぽく低めの声で話す高めの声の女子。
「行ってないけど。何?」女子っぽく高めの声で話す低めの声の男子。
「いや、別に。何でも……ないっす」
「でね、将来は……総理大臣になるの」
「……す、すごい夢、だね……。う、うん。目標は大きい方がいいよ……うんきっと」
「ふふ。そうでしょ?じゃあさ、もっとスケール大きくしよっか⁉︎」
「う、うん……」
上がり続けるハードルを下げてもらうのも虚しく、自暴自棄になって我を忘れる。自らの意思で。忘れる。
「……宇宙人と結婚でもしよっかな……で、どこかの惑星に新居を構えるの」
「イタイな……」「見ちゃダメよ」「えー」
なんて、通りすがりの親子が言いそうな冷やかな、彼女の。──もとい、男子役の視線。
「どこの惑星にしようかなぁ……」
「普通の『女の子』にしてよ〜」
「はい?私は至って普通ですが。何か?時に君は何用で?」
唐突に硬派なイメージを叩きつけ、動揺へ追い込む。つもりだった。しかしながらそれは無残な形に砕けた、らしい。
「別に。というか……飽きたから今度は役割交代。ってことで」
「ねぇ……ねぇ。あれ〜無視?酷いですっ」
「いやいや」
「実際には……?」
「ちょっとだけ」
「やっぱり」
「嘘嘘」
嘘だ、と表面上嘯いてみるも、僅かな微笑が逆効果か。冷や汗垂らしてへらへらと可笑しく作り笑いを浮かべている、という典型的な嘘のパターンにあまりにも従順過ぎる。平然と偽る、などと悪評が立つのは避けたい。不意に強い意志に駆られた。同時に彼女は追い討ちを──じりじりと首に刃を当て、不吉な足音を鳴らして近付いてくる。
「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」
──「ねぇ、実際は……見てたんでしょ?」
ごくり、と喉に何かを呑み込む音が聞こえた。引っかかる。空えずきを何とか抑えた。
「次そんなことしたら…………」
キラリ、と喉元に何かが光った。
「おいおい……。ヤンデレかよ……!」
ヤンデレ、と言えば刃物だ。当然のシナリオと言えよう。
「誰がですか!」
「うわー、えげつないなぁ」
「ちょっと何言ってるの?28753〒4・2〒483(9650」
「それぐらいの理解力だったと、せいぜい自身の乏しい脳みそに嘆くんだな」
「随分と舐めてくれるじゃない?それならさっきの文章の意味が分かったの?」
「ああ。舐めてるのか?当然だ」
「なら、言ってみなさいよ」
「…………」
──分かるわけねぇだろ。
「言えないんでしょ?」
「ちょっと用事を思い出したようだ」
「情けない……」
「じゃ、何なんだ?」
眉間に皺を寄せて考え事の……振りをする。
「……そうね。そのままの意味よ。まさか……⁉︎」
「まさか……⁉︎」
「ここまで言ってまだ尚、分からない、と?」
「何だ、と。言っているんだがな……」
「本当に日本人なの……⁉︎」
想定以上に焦ったい彼女は目を丸くしているようだが、それに目を丸くしたいところである。
「読めないのを誤魔化そうとしているんでしょう?見え透いた嘘は吐かない方がマシよ」
「はは、何を根拠に?」
「私の能力を舐めないでくれるかしら?」
「ん?君はそういう、所謂厨二系統の人間だったか?」
「私のことを言っているのなら強ち間違いではないかしらね」
「それはそれは。笑ってしまってすまないな」
上げたのは当然ながらに嘲笑の一つである。鼻で嗤い遇らう。最早ここでそれ以外に何の言葉を出せばよいと言うのか。すっかり笑いの壺に嵌ってしまったようだ。
「でも、そこらの。たかだか。厨二病患者ふぜいと一緒にしないでくれるかしら」
嗤われても。否、嗤われてからの方がさらに冷淡さは極まり、まるで意地でも張っているようだった。
「ほぅ……。君は何処ぞの人間とは違う、と……?」
「ええ」
「ならば証明して見せたまえ」
「どこにその義務が?」
「義務ではない。僕はただ、君を信じたいのさ」
義務など知ったことではない。人の、個々のやりたいようにやることが必要だ。
「私はあなたに信じてほしい、などとは思ってないかしら」
人を信じることもできない。愚かしい。実に愚かだ。
「その分の代償……であろうな」
「私と話していて私の能力に気付かないような人に、教えられる資格はないと思うのだけれど」
「言ってみたまえ。その『能力』とやらを」
その『能力』に些か興味を示した。
「あなた、私に気があるの?」
「ああ。その通りだ」
──もともと事の元凶はそれだっての。
「そうねぇ……考えておくかしら」
彼女は言葉を軽々しくひょい、と翻した。
「逃げ、か……。羨望の眼差しを返していただきたいのだがな」
羨望──。人は羨む。彼女はその感情を駁論するように頭を横に振った。
「逃げてなどはいないわ。返すも何も、頂いていないかしら。変な言いがかりを付けるのなら……通報するわよ」
困りごとあらば警察へ。対応が追いつかないものだ。憐れむことしか出来ないのか。
「してみたまえ」
「男性のあなたと女性の私。さて警察はどちらに楯突くか──」
「警察は平等だろう?」
国は公平であることを知っている。公平を保たなければならない。
しかし彼女は高飛車な態度を示して見せた。
「表向きは、ね」
「ほぅ……?」
「私の親は警察に殺された。私にはその事実を隠蔽し、データを改竄してあらん限りのことに尽くしてきたらしいわ。それからというもの、私の周りではずっとにこにこしてる。全くもって、努力家なこと、ね……」
半ば自嘲的に笑みを浮かべる。黒く淀んだ瞳の中には、深い悲しみと憎悪と──闇に堕ちた深い靄がかかっていた。
「でも、あなたは実際に私とこうして話をしている。それだけで十分に事足りていることじゃないかしら?」
「しかしながらそれ自体に何があると言いたい?」
「あなたは、助けを求めている。違うかしら」
「残念だがそれはない」
「いいえ。あなたは私を求めている」
そこで唐突に、箍が外れたように声を荒らげた。
「冗長もいい加減にしたまえ!」
しかし彼女は臆することなく堂々としていた。
「あなたが始めたのではなかったかしら」
「憶えていないな、そんな話」
「卑怯なものね」
「君が言った台詞を使うならば、『逃げではない』だな」
どうやらようやく平静を取り戻したようだ。
「だからどうしたというの?世の中、私全てで回っている訳じゃないわ」
当然だ。だって──。
「ふん……悪いがお遊びはこれまでのようだな」
どういうことかしら、とでも言わんばかりに小首を傾げて、彼女は言葉を反芻させる。しかし彼女が理解できる範疇にはどう考えてもなく、その味は苦い。
勝ち誇ったように横柄さを露わにした。彼女を前にして。初めての感覚だった。
「それだけのことだった、という訳だ」
「お遊びにもならなかったわ」
「諦めたまえ。君はどうしたってこれ以上先へは進めまい。即ち、敗北を喫したのは……君だった」
彼女はその後も吼えるように叫んで、噛み付いた。
「よくもまぁ、ぬけぬけと。それは戯れなことね。しかし。間違いは正さなければならないかしら」
焦燥に駆られながら必死に、彼女はいつもの冷静さを少々失ってまで否定する。
──「既に神は、運命の賽を投げた。して……傾いたのは、僕だった」
天地神明。神を仰ぐように、上を向いて投げかけるように言った。
「尊敬を通り越して、全く気持ち悪いわ」
言うも、焦りでいつもの引き具合とは何一つ違った。
しかし何の負の感情も持たない素の微笑みを返すと、彼女は驚いた様子だった。
「は……⁉︎ま、負け犬の遠吠え、と言ったところかしら」
「何を言おうと構わない。それ自体に何ら意味はないのだから……」
「あはは。そうやって現実から逃げればいいわ」
でもね、と。
突然に笑い始めた彼女は、やがて落ち着いて続けた。
「……いずれ限界を迎える時が来たら、また私とお話しましょう」
状況を理解したのか、話を終了させる方向へと向けた。
「現実逃避、か……。あるいはそれも、悪くはないのやもしれないな……ふむ。君との冗長。期待しておこう」
そして、終了した。
「今からしましょうか」
はずだった。
「舞台は終幕を迎えたはずだったがな……」
「勝手に終幕を迎えないで欲しいかしら」
ここでも彼女の焦ったさは、やはり健在だった。
「君は世の流れを知らなさすぎる」
理──。
摂理──。
人間ごときが捩じ伏せることなど不可能。手出し無用と言えば分かるだろう。
「そういうあなたはどうなの?」
「……あるいは、それ以外の『何か』か……」
「あなたが世の何を?」
「全て。とでも言っておこうか」
「それは私の身長と体重も含まれているのかしら?」
ふざけた言動が地雷を踏んだが、後の祭り。後の血祭り、だろうか。
「き、訊いてきたのは君だろう?」
「ストーカー」
「勿論だ」
「消えろ、滓。とでも言うと思ったかしら?」
「罵詈雑言ありがとうッ!」
直後、何かを察したように彼女は引いた。物理的に。具体的には後ろに後退りした。
「ごめんなさいね」
「ほぅ……?何をだね?」
「そんなつもりなどなかったの!あなたは……⁉︎いえ、何もないわ……」
胸の奥で犇めく感情の嵐をとうとう沸き起こらせた。
「言いたまえ」
話は言わずもがな、充分に理解していた。
「無理よ!」
「最終、君の気のゆくまで。な……」
「そんな酷なこと……!私には……!」
彼女の額を大粒の涙の雫が流れる。
「いいんだ……」
「そんなことをすれば、あなたの身がもたないわ!」
「受け止める!何があろうとも‼︎」
刹那。何があったのか、判らなかった。
鈍い音が聞こえた気がした。
──熱い。熱い。熱い。熱い。徐々に感覚を取り戻した脳はただただそれだけを感じていた。
慌てて両手を腹部へと当ててみると、手が瞬時に赤く染まった。凝視した。しかし無残に散った紅い鮮血が手にはべったりと付いていて、事の生々しさをまざまざと甦らせた。
「ああああああああああッッッッッッッッッ!!!!!!!!」
裂帛の勢いで迸る、耳を劈く叫びは痛々しい現実を直視させる。
茶色の柄が腹部に確かに入っていた。銀色に光る刃の片鱗すら現れないほど深く抉られている。一部は中の肉塊を裂いているのではないだろうか。
見事なまでに一直線に美しく穿たれた包丁は依然として強く奥まで入り込んでいる。
「The end.かしら……?」
目を吊り上げ、口許を綻ばせる彼女は悲しそうで──それでいて楽しそうだった。
「うん、面白かったわ……!」
何故か刺し応えのあった腹部の血の匂いは出てきた瞬間が最も良いものだ。世界にはコーヒーと同じぐらい鼻腔を擽るものがある。それは長年の経験。否、研鑽から得た一つの答だと自身、感じていた。研鑽の理由は、この行為は常人には不可解でかつ不可能だろうからだ。まず常人には途轍もないほどの嘔吐感に苛まれるものだろうし、たとえ刺せたとしてもこの転がる死体と死肉を流れる鮮血に快感ではなく、ただ単の腐臭にしか感じられないだろうからだ。腐臭、と言うと具体的には……例えようもない。腐卵臭でもなければ生ゴミを発酵させた臭いでもない。しかしたったそれだけ。実に瑣末なものだ。無論、こういった死肉と滴る血を見て若干の不快感も覚えるものだが、それも些細なものだ。すぐに快感へと変わってしまう。そう──『能力』。
「あー。この匂いも……。段々と消えてしまう、と言うの……?」
現実など空虚な空間に過ぎない。その物理理論に文句など付けようもない。是非もないのだが、こうして生きている自分は、時折一体何なのだろう、とふと思索に耽ってしまうものだ。
「おい!匂い匂いってな、鼻血だよ!そして腹部の赤いのはその鼻血が滴ってしまった跡だよ!」
嗅ぐな、と怒りに身を裂く。
「それで俺が死んだら、とんでもねぇクソバッドエンドじゃねぇか!何て作品だ」ッざっけんなよ!」
「テヘッ!」
目を輝かせて尾をふりふりして。
「良い終わりだったね」
「どこがだよ!俺は死に損ないだよ!」
「じゃあ私は殺し得だね!」
「もう死ねよ!」
怒り狂った。激昂した。興奮もした。そして鼻血が出た。さらに怒り狂った。の繰り返しだ。
「今度女子やって〜」
「もういいわ!」
えー、と駄々を捏ね始めるが何として気にしない。気にした方が負けだ。
「勉強するから」
死ぬから。と、言うと恐らくまた言い包められて流れに乗せられてしまう。ならば正当性のある逃走理由を述べるのが道理。暫し逡巡して出たのが、この返答だった。
「男子役やりたい〜」
逃走理由を変えれば、駄々の理由を変えてきた。
「じゃ、ちょっと……」
「えー、逃げるの?卑怯ね」
「そりゃ、死んでしまうこと分かってて、わざわざ演じるほどの馬鹿はいねぇよ」
「情けないわね」
「勝手に始めんな!」
直後彼女は、何に不満を感じたのか舌打ちを飛ばしてきた。
「そこは受け止めてくれはしないのね」
「くれねぇよ!」
一体どこに揶揄いようを感じているのやら。ただ遊んで、弄んで。死を喜んで受け止める馬鹿などどこにいると言うのか。
「嘘よ……あれは、嘘だったの……?」
あれは確かに……いいえ、もしかすると……。と言う風な口調だった。口をもごもごとさせて正確な文が聞き取れなかったものの、何かに自問自答している様子は言うまでもない。
「嘘だろって言いたいのは、俺の方だからな」
──勝手に殺しやがって……!
「あなたが健忘である……と言う可能性は?そうでしょう?」
「それを踏む必要はない」
「ねぇ」「返事してよ」「ねぇってば」
「ねぇ……」
病んだ恐い顔から一転、彼女は物憂げな表情で、暗く沈んだ。
「ねぇ……!」
直後、無性に狂気じみた笑みをこぼした彼女は、どことなく楽しげだった。
「いや、ヤンデレ……と思ったら普通のサイコパスかよ!」
「酷いわ。次はツンデレ希望かしら?」
「いらん!」
「私にあんなことをさせておいて……!責任転嫁とは横暴ね」
「黙れ落ち着けとにかく」
言葉の語順を間違えるほどに困惑していた。しかし自分でも気付きはしない。
「学校中に広めてやる!」
「深呼吸しようぜ……!」
「あなたのコミュチャットのアカウントをね!」
「いや────ッ!」
極力まで自身の情報を広めない。即ち、自己の内面を見せることによる『強さ』を失う。それは、現代文化──流れからすれば少々不明だろうが、それこそが流儀。『強さ』だったのだ。それが一瞬にして崩壊しようとしているこの現状を過剰なまでに重く受け止めたのは、間違いではなかったはずだ。
現実逃避という形で。
「そう……私はそうだった。いつだって、そうだった。しかしあなたはいつも……いつもいつもいつも──」
「間違ってるよ!」
「こんなに真っ向から否定してくれた人はあなたが初めて……」
段々と彼女の口許が綻んでゆく。
「え?ちょっと。何、嬉しがってんすか?」
すると、彼女は首をゆっくり横に振り、徐に、言葉を確かめるように否定した。
「そんなことないよ」
目許まで緩んで、彼女はようやく素の笑みを見せた。お日様のように明るくて。眩しくて……。
「それより……」
湛えた笑顔から即座に先と同じく、狂気的な笑みを浮かべた。
──怖い。
──怖い。
「もっと話しましょう……」
じりじりと躙りよってきた彼女は、どうしても恐いものだ。しかし。彼女はこれが、彼女だ。これの他にない、彼女なのだ。その事実を捻じ曲げることは不可能。表は裏であり、裏は表なのである。
「ねぇ」
「嫌だ」
「ねぇってば」
「嫌だ」
「ねぇ」
「嫌だ」
「ねぇ」
「嫌だ」
「ねぇってば……!」
「嫌だ……!」
「ねばっ」
「嫌だ、ん……?」
「ねばねばっ。ねば〜」
唐突のボケに対する耐性などなく、破顔した。込み上げてきた笑いの流れがどっと押し寄せる。荒波を立てて笑いの壺へと漂泊する。
「あははは。ヤバい。面白いわ、あははは」
「まだまだね」
はー、と彼女は溜め息混じりに吐いた。
「しょうがない!精々普通の学生してる極々平凡な、最早『平凡』を具現化したような存在なんだから」
「あなたにはすごい力がある!」
何をまた言い始めたかと思えば。羞恥心の欠片もない彼女はどうにかしている。
そして間髪入れず、
──「そう!勇者よ!」
と言い放った。
彼女は目を細めて言うが、『厨二系統』が発動したか。あの速さで危険信号など出るものでもない。恐れていたことだが、仕方あるまい。予期出来なかった方がいけなかった。
そして彼女の尚も世界を全開に暴走させた。間違った続け方をした為に。
「じゃあ何だ?お前は魔王、とでも?」
「失礼な男ね。剣士よ剣士」
「冗談でも笑えないな」
「斬るッ!はああああああああッッッッッッ‼︎‼︎‼︎」
彼女は、肺腑を抉る気勢で居合いを抜く。動きをする。
こうなってしまってはもう遅い。どうしようが誰も止められはしない。コンスタントに彼女の希望に──世界に倣う他ないのである。
「──魔王剣士ユーシャ!」
自身も不可解な設定を演じきることに専念する。
「出たな魔王!」
案の定、キャラを演じてくる。これが彼女の世界だ。
「ははは」
魔王らしく、恫喝感のある低い声を意識して勇者を威圧した。
「何を笑っていやがるんだ!あ⁉︎」
──勇者の台詞じゃねぇな、おい!
「ははは!今宵祝宴を挙げよう……!貴様を血祭りに上げてな……!」
両腕を大きく広げて構え、王たる威厳を示した。
「いいぞ、が、しかし。討伐した後になッ!行くぞ、魔王!」
鼓舞した勇者は走り出す。視界など見えてはいない。ただ魔王という高き壁が存在しているだけだ。そこに無作為にも飛び込む勇者はどうにかしている。
「来るがいい!行けっ、我よ!」
「破壊光線!」
どうした剣士ッ!
「ははは……そのような陳腐な戯れ、我には効かぬ!」
聞こえるような大きな舌打ちで始まった怒りは次なる行動へと移らせる。
どこからともなく現れたランチャー式の何かは確かに堪えるものがあった。
「物理攻撃としてはいかがだろう、魔王よ!」
しかしそれをも投げ捨てた。それは武器を投げ捨てたのだが、個人の尊厳すら遠く明後日の方向に進んでいった。
「貴様……!流石にお前は節操がないようだな!ならば、反撃と行こう……!」
そして次なる手を打って出た。
「中間テスト‼︎‼︎‼︎」
明日は学校の定期テストだ。こんな暢気に楽しむことをしていてよいはずがないのだ。にもかかわらず、世界と言っては現実を逃避している。それを引き戻させたのだ。
「何だ、と……。その攻撃は⁉︎」
「諦めたまえ。常人には到底生きていられまい?」
常人には、だが。
「あの全国の学生が憂鬱になる、あれか……!何故、貴様がそれを……⁉︎」
しかし勇者は気付き、口許を両手で覆った。大きく驚いた。
「そんな……バカ、な──」
「はははははは。その通りだ。だからこそ、諦めたまえ。と言ったではないか?」
浅はかさに薄笑いを浮かべて、嘲り、煽った。
そして同時に魔王は進化した。否、真なる姿を取り戻した。
「ついに本性を現したか⁉︎」
続けて彼女は、今となっては干された『過去』の芸を思い出しつつ披露していった。
──「壊青と追撃の春斬劔」
突如として現れた劔を大きく掲げ、華々しく散った『過去』を、燐光煌めく黄金なる覇気を纏ったその刃で──空虚な妄想を虚空の軌跡に描きながら、振り翳した。
辺りは白光りの発光に囚われ、包まれ、──沈黙の──無へと変貌した。
その劔の力を解放することでなされるのは、『過去』の解放。
やがて、『過去』の幻影を視界は映し出した。
「憶えてる、かな?」
幻の劔を振り翳したまま彼女は言った。
「ここは、一体……?」
視界の端は若干の靄がかかっているようだが、それよりも真ん中の景色だ。視界の中央に映る今、この状況。否、それに限りなく近づけた景色。過去。
「俺、なのか……⁉︎」
──でも……どうして……?
脳内からあらゆる過去の記憶を呼び覚ます。
何なんだ?これ……。
記憶を詰めて、思考がオーバーヒートしそうなほどに回転させる。
「君は……憶えていない、よね……。そう、これは忘れもしない、『一年前の四月七日』私は4/7と憶えてしまっている」
ゆっくりと徐に話し始めた彼女は、劔の鍔に指を引っ掛けるようにして掴み直した。
『あ、ああの……私、私……。す……好き、です……』
視界に映るほうの今に比べると、初々しく幼い彼女が、非常に緊張しながら告白の第一声を口にした。
『は、はぁ……?そ、そう……ですか。へぇ〜……』
ただ傍観者として眼前の風景を眺めていると、非常に苛立ちを募らせた。具体的に応対のあまりのぞんざいな様には鬱憤が溜まった。自分ではなく、ただの過去の景色なのに。風化して消えた末端の記憶だというのに……。
どうにも謝罪することしか頭になかった。
ただただ頭を下げて泣き喚くことくらいだ。
──思い出した……!
『え、えっと……。ごめん』
──何もかも……!
「悪い……すまん……すみませんでした!」
『……そ、そっか。うん!ごめんね‼︎』
過去の彼女は遠くへ。遠くへと走った。何を考えることもなく、真正面から受ける風で目から額を伝ってそのまま頰から零れ、溢れていく。溢れて、止まらなくて、何も見えなくて。感情の渦を大粒の涙が洗い流してゆく。潮流はますます速度を増して、みるみるうちに溢れて粒となって。消えて。
──それはどちらの『彼女』だろうか。
「君は、忘れてしまったかな……。記憶の隅にも残っていないかな……。そう言えば、君は私が何故こんな人間──演者に徹することに決めた日を知ってる?あの翌日だよ。そう……私だって、こんな記憶なんて……消したい。壊したい。潰したい。殺したい。死にたい。消えたい。いっそのこと死んで何も考えずに天国でのんびり出来たらどれほどいいか……」
潤んでいる。眼を潤ませるが、口許は微笑んでいる。涙を流さないように瞬き一つしない。そして続けた。
「でもね……」と。
「出来ないよ。出来るわけないよ……君との記憶が消えるのが一番怖い……。君に笑わされたし、君に緊張した。初めて何かを失った。私の中で何かが崩れていく感じだった。それもこれも、全部君の所為……」
小刻みに震えている彼女はまたはにかんだ。涙は零れない。
「春なんて。春なんて……。春なんて……!」
広がった瞼からとうとう涙が溢れ出した。
「……ぅうぁあああ…………‼︎」
彼女を挟んだ向かいの窓には何かが付いている。雨粒だった。その窓の後ろをよく見ると、どうやら雨が降っているようだ。横殴りの激しい雨のようだ。だが彼女の激しい慟哭は雨の音さえ搔き消した。元より気にはならないほどだった。
とめどない。しかし今の『彼女』には、はっきりと視界が映っている。クリアにくっきりと。眼前に広がるのは現実なのだ、と。凄まじい威勢が迸る。現実を知って、傷付き、逃げず、闘って、踠いて、苦しんで。それでも消えず、生きて、暗い闇を孤独に歩いてきたのだ。全ての魂をその劔の切っ先に込めて、咆哮する。絞り出した声。彼女の脳内には静かに、陽なる想い出の数々が甦るが、それらを全て圧し殺して、一閃する。
──「放て鬱積!集え機微!穿て!宝具よ!……青春を‼︎……壊青と追撃の春斬劔‼︎‼︎」
柄を握っている右手に左手で被せて支えて彼女は劔を大きく振り下ろした。
「させてたまるものか‼︎前夜祭!」
穿たれた劔と放たれた魔法は、凄まじい勢いで爆風が散り、ぶつかり激しく相殺した。
「俺はな……判らないんだ。これが何なのか。過去?今?それとも未来か?知るかよそんなこと。だがな……知ることは罪だ。大罪だ。それを知らないでいるのはさらなる罪だ。だったら俺はその罪に全てを託す!」
「君はもうどうしようもないほどに野蛮な人間だな!しかし、『勇者』も『魔王』も今の相殺で全てが終わった。だったら今度は『私』と『君』だけだ!演じることなど……知るか‼︎」
「──行くぞ!」
「来い……!」
狂乱の叫びは憤然たる気持ちの全てを流し、その代わりに裂帛の気合いを入れ直して、自らの強さ──誇りを鼓舞した。
「硬化の聖憤撃!」
憤撃、ではなく旋撃だ。自身の能力を徐々に上げていくと共に旋回攻撃を与える。
しかしその攻撃を放つことすら出来ないほどの俊足で魔法を放つ。彼女は魔弾を斬るように劔の軌道を変え難しい体勢から劔を振る。矢先、はっと慌ててその身を横方向へと飛び、投げた。
「終焉の宴」
これは滅び。攻撃範囲内に少しでも干渉すれば、最後。そのものは霧の如く消滅する。即ち、滅びを意味する。と言えば簡単かつ分かりやすいだろう。
実際、彼女の劔の剣身を掠め、その宝具は跡形なく消え去った。
「なっ!終わらせるの⁉︎」
「そろそろ終焉の時かとも思ってな!」
「と、言いたいところだけれど今の私に滅びなどない。残念だったね」
「魔法、物理攻撃、その他あらゆる障壁諸ともを駆使して、全攻撃を無効化すると言うか……!しかし。この空間の中では俺に勝るものなどいないッ!」
しかし未だ知らなかった。
「高等召喚」
「何ッ⁉︎高等召喚魔法など魔法を使うことのないお前とは無縁なはず……⁉︎」
驚きに感嘆を漏らす横で彼女は分厚い魔道書を掲げて見せた。
『魔道全書』
確かにそう載っていた。簡単なものから高等魔法まで全ての魔法が載っている。そして、同時に。魔法発動の補助具でもある。全ての魔法使いが扱う、まさに全書なのである。
「どう?私の魔法?」
「私の、と言うのは語弊が生じていないか?」
「知ったことか!召喚する!出でよ、アスル・ブライ・ドラゴン!」
「何、だと……⁉︎さっきまで『私』と『君』だけだ、とか言ってたのどこのどいつだよ!」
「アスドラよ、何でもいい!殺せ!あいつを殺せ!殺して殺して殺し尽くせ!」
無茶すぎる願いも賜れば聞き届ける。素晴らしいものだ。
感情の揺れは一切感じない。
「了解。殺傷プログラム構築……完了。プログラムからアクセスし殺傷用宝具の転送……完了。自己管理システム上から宝具を受信、確認……完了。宝具ステータスの上限を改変……完了。受信。これより殺傷プログラムに則った命令を受け付けたものとし、直ちに目標を排除します」
何の感情も持たずにつらつらと述べ、光の幕に応じて現れた宝具なるものを手に取った。
──本だった。厚い。辞書のようだ。
「書店アタック」
仕方なく……とばかりに発せられた技は何の変哲もなく、簡素なものだった。そして簡素なネーミングと共に攻撃も実に単純だった。
辞書をぶつける。以上。
顔面を殴られたのか、頭部を殴られたのか。はたまた違うところか。いずれにせよ妙に殴り方に慣れを感じた。一言で上手い。
──アスドラと言ったか……。高等召喚されたのだから強いとは踏んでいたが、これほどとはな……⁉︎なるほど憶えておこう
その攻撃は計り知れないほどの強烈な叩きで、その場の皆は倒れた。揺れた。それは何を指すのかは未だ分からない。が、しかし。確かに〜〜〜〜の感覚は掌の中にあった。
そんな中、無の空間は……。
「お、お前……!」
──何があったと言う……!
「崩壊、か……⁉︎」
「いいや、簡単なことさ」
「んむ?」
判っていた。この状況が何なのか。周囲を見渡すと一目瞭然である。
「お前の実体は消滅して魂だけの──それすら残らないかもな──ゴミになったってことさ」
崩れていく。消えて落ちて、ずるずると引き摺り下ろされ。ばらばらと。白い光も何もなくあるのは幻惑を──現実を崩していった。
「な、こ……この崩落は俺の存在の壊滅を示すと言うのか……⁉︎」
「そうさ」
はは、と哄笑を浮かべて自身を誇る。
そしてそのまま右手を服の左胸の懐に潜り込ませる。何かを掴んだように嬉々たる笑みを湛えてそっとそれを取り出す。
「な、何だ……?」
「これで決めよう!最後の一撃を放って!」
はあああ、と渾身の集中を高めて阻止の手をも振り払う。
「うっ!お、お前──!」
彼女は小さく何か口を動かした。睨みつけながらも少し微笑んで。
まず、「あ」の口。続いて「い」の口。順に「う」「い」と続いた。4文字だった。慌てふためいた。その単語を聞く前に放ちたかった。どうにかして。どうでもいい。とにかく……。
「死の暗滅……!なっ!き、効かねぇか⁉︎」
何一つ歯が立たない。鋼に砂の針を刺しているかのようだ。陳腐なものだ。面白いくらいに弾き返されてしまう。そうこうしているうちにも気合いは充分に溜めきったかと思われた。残念ながら抵抗は出来なかった。否、残念と言うのも違う。抵抗など、する気力さえ失っていた。完全なる戦意喪失だった。
「穿て!………………ツンデレの包丁!」
その後、さらに場を恐ろしく、凍りつかせた。けたたましく、熱く。冷たく。
「好きだよ…………でも………ね………他に好きな人が出来た」
全てが決壊した──。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
その時、彼女は小さく微笑んだ。
「嘘…………もしかしてホントにした?」
はは、と思い切り笑って言った。そして深呼吸する。数秒間吸い続けて、ふー、と吐く。二度繰り返した。
「……えっと……。うん!」
「何が……?」
「……はじめまして!雪口千鈴と言います!私……あなたのこと、好きです!」
「…………」
噛みしめるように、反芻する。ある程度予想はしていた。
「楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと、疲れたこと、笑ったこと、消えたこと、終わったこと、壊したこと、逃げたこと、闘ったこと、死んだこと、殺したこと、負けたこと、でも。やっぱり頭からどうしてもどうにかしてもどう……離れはしなかった。無理、だよ……。ぅぅ……ぅぁ…………あぁぅあ…………」
「…………」
ただ眺めた。だけではなく、彼女──千鈴のことを想った。
「……ぁぅ…………ふぅ……あ、ありがとう」
「うん……」
千鈴は不敵な笑みを浮かべて、綺麗な日を浴びて明るく咲いた向日葵のように──楽しげに笑った。
そしてそっと、千鈴は身体を元の状態に戻す。
──そうか。壁ドン、されてたのか……。
幻想は現実なのだと。現実など幻想をくっつけたものに過ぎないと。逃げたければ逃げればいいし、消したければ消せばいい。壊したくなれば壊せばいいし、闘いたれば闘えばいい。でもこれだけは言える。言わなければいけない。見なければならない。
千鈴は何をしようが千鈴で。キャラを作ろうが、それは同じ人間で。
しかし振り翳した刃も最後は振り下ろさなければならない──。
──その妄想を虚空の軌跡に描きながら。
──いつか軌跡が、奇跡に変わると信じて。
初めてなろうで書いた作品がこんなものですみません。ほんと。自分自身、これがどれくらい幻想入り交ってたかよくわからないんです。とりあえず書いてみて、とりあえず書き終わった。みたいな感じで。それこそ『幻想』だったんじゃないかなぁ……とか思ったりするわけです。でも、まぁ。単なる自己満足なんだから、例え幻想とか空想だったりしても、満足だから良しとしよう。(一体これを書いていた時間は何なのか……空白のゼロ時間は、果たして──ッ!)
もしも今後、「あー暇だ。ゲームも遊び尽くした。勉強も一通り周った。じゃあ、虱潰しに……っと。さくさくっと構成考えたし書くか……」とか言う展開で書く機会があれば、もう少し真面に。もうちょっと書く話数を増やして長めのやつ書こうと──思いますかね……?どうだろうか……。『その時の気分で』ってのが、正しいんですかね?
ま、どうぞその時は、虱潰しに周って貰えれば、幸いなことで……。(どの口が言うかよ)
『虱潰し』には『虱潰し』を、ってね。