成人の儀式
「しかしなんだろう、成長してるはずなのに、成長しないよね、君は」
カミュ姉さんが僕の二の腕をぷにぷにとつまみながら言った。
「私と、サツキの特訓を受けてるんだから、もっと逞しくなってもいいんだけどなぁ。成人の儀式はもうすぐでしょ?こんなに筋肉が無くて大丈夫かなぁ」
ついでに頬っぺたもつままれる。
成人の儀式、この村で毎年行われる一大イベントだ。
10代の若者に試練を与え、それを攻略した者は一人前の大人として扱われる。
勇者であるサツキ姉さんが関わっており、そのことが評判となって村に越してきた者もいるらしい。
ちなみに僕も今年は受けることになってしまった。
「こらカミュ、貴方なんて羨ましいこと、違う、違う。あんまりリーンをつまむんじゃないの、可哀想でしょう」
「なんだー、サツキもつまみたいんじゃないの?ほらほら、リーンは逃げないよ?つまんだらいいんじゃないの?」
好き勝手言っている。
好き勝手言っているが、僕は一向に構わない。
なんせ中身の年齢は今年で19なのだ。
多感なお年頃なのだ。
ハッキリ言って、今のシチュエーションは、とても、好ましい。
幸せだということだ。
そんな幸せも、長くは続かなかった。
来客だ。
「おお、すみませんな。今年の成人の儀式の件で話がありまして。うちの息子も今年で16でしてな、そろそろ参加させようと思うのですよ。年下のリーン君も参加すると聞きましてな、息子もようやくやる気を出しまして」
訪れたのは、村一番の富豪であるバークリーさんだった。
「今年の儀式の準備は滞りなく進んでいますので安心してください」
「もちろん!そこは心配していませんよ!」
「では何か?」
「いやね、うちの息子、デュランは優秀なんですよ。ですがね、暗闇が怖いって言うんですよ。ほら、今年の儀式は洞窟に入るじゃないですか?」
ああ、なるほど。
つまりこの人は。
「えこひいきして欲しい、ということですか?」
直球すぎる答えをサツキ姉さんは投げつけた。
「いや!そこまでは言わんよ!ただなぁ、その、例えば舞台を変えるとかはできんかね?去年は森だったじゃないか」
「出来ません」
一刀両断だ。
「し、しかしですな。暗闇が怖い、という子供はデュランだけではありませんぞ?わしだって暗闇は怖い」
「だからこその試練です。暗闇をどうにかしたい、というのであれば、方法はいくらでもあります。それを乗り越える儀式なのですよ?」
「うむ、そうか、駄目だというのなら仕方ない。ところでだね、その、渡したいものが」
言葉も終わらぬうちにサツキ姉さんは扉を開けて帰りを促した。
見るからに元気を無くしたバークリーさんは、とぼとぼと帰っていった。
「サツキー、バークリーさんも悪気があった訳でもないんだし、少し強く言い過ぎなんじゃない?」
とカミュ姉さん。
「そうはいきません。あの人はお金に頼りすぎる一面がありますからね、先程も腰のところに袋をぶら下げていましまが、恐らく私を買収するつもりだったのでしょう」
「お金を出させてしまったら、バークリーさんを裁かなきゃいけなかったから、あんなツンケンした態度だったんでしょ?」
「え?なに?リーンはわかって見てたの?なによー、わからなかったのは私だけ?」
カミュ姉さんはへそを曲げてしまった。
「でも他人事ではありませんよ?」
サツキ姉さんは僕を見て言った。
「うーん、でも僕は今回落ちたとしてもいいかなぁと思ってるし。何回でも受けられるんでしょ?初回で受かる人は少ないって聞いたし」
「えー!リーンは受かるよ!大丈夫!私が保証するよ!」
何その無根拠な保証。
さっき、受かるかなぁと心配していたのは何だったのだろう。
この二人の修行を思い出すと、確かに実力はついてきたかのように思える。
だが、自分への自信など一切無かった。
現世にいた頃は、全く運動ができなかった。
勉強で誉められたことなど一切無かった。
なんというか、自己評価が著しく低いのだ、僕は。
この1年にしたって、何故か筋力はつかない。
ドルイドの技というのも練習したが、全く精霊が寄ってこない。
寄ってこないから精霊というものを感じることも出来ない。
試しに魔法を試みたが、やはり発動もしなかった。
意味があったのは、サツキ姉さんに仕込まれた剣技が身に付いたこと、カミュ姉さんにサバイバル術を叩き込まれたこと、くらいであった。
その二つだけでも、お釣りが来るくらいの価値はあるのだが。
それでも、その辺の子供でも使える簡単な魔法も使えず、赤ちゃんでも感じられる精霊も感じられないというのは悲しいものがあった。
そんなことを思っていると、頭を優しく撫でられた。
サツキ姉さんだ。
「私は貴方のそういう執着しない部分を買っていますよ。それでも、自分の評価が正しくない、というのは良くはないですね。貴方なら大丈夫、カミュも私もそこは同意見です」
成人の儀式まであと一ヶ月程度。
果たして僕はその期間で自信というものをつけることができるのだろうか。
しかし、人間というものは一年もすると色々忘れてしまうようだ。
僕はこの時、本当に完全にすっかり魔王のことを、ナジャ・ガランのことを忘れていたのだから。
思い出すのは、一ヶ月後のことだった。