修行、生活、そして修行
翌日、僕はサツキさんと村の教会へ来ていた。
カミュさんも誘ったが、こういう堅苦しい場は嫌いだと、村の仕事を手伝いに行ってしまった。
「では、これより名付けの儀を始める」
神父様の声が小さな教会に響く。
神父様は壇上に、僕はその下に置いた座布団のようなものに座らせられ、儀式的な衣装と装飾品で着飾られていた。
「幼き者よ、お前の星はリーズマランスッタカンコス、力もつ王者の星だ」
おぉ、と見学に来ていた村人達から感嘆の声が漏れる。
「リーズマランスッタカンコスはこの大陸を我らが住めるように作っていった開拓者、そして今は我らが父としていつも神の国から見守っておられる」
こほん、と神父様は咳払いをした。
そして、真剣な眼差しで僕を真っ直ぐに見据えてきた。
「では、新しい名を与える。リーズマランスッタカンコスの星の下にある幼子よ、これよりリーンと名乗るが良い。まだ意味を持たぬその名は、お前の歩む人生と共に意味を持っていくだろう」
リーン、その名前は自然と僕の中に入ってきた。
まるで最初からその名前だったかのように。
「では、リーンよ、名を受けてくれるな?」
「はい」
「よろしい。リーンがここに産まれ、そして育っていくことを我々は祝福しよう。だがリーン、忘れるでないぞ、その名は共に育ち成長するもの、謝った道を歩めば、汚れ穢れ黒く染まっていくことを」
この言葉を締めに、場の空気は明るいものへと変わった。
見に来ていた人々が代わる代わる僕の所へ来て、祝いの言葉を述べていく。
まとめると
「サツキさんは凄い」
「カミュさんも凄い」
「だからお前も凄い」
親の威光にプレッシャーを感じる子供の気分であった。
この日から、僕は村の一員として暮らしていくことになった。
朝起きると、鶏?によく似た生き物(面倒なので鶏と呼んでいる)の卵を小屋から回収する。
それから水を必要とする野菜たちに水をやる。
終わればあとは朝食まで自由だ。
今日は、これだ。
納屋から木を切り出した木剣を取り出す。
それを持って、家の裏で鍛練をしているサツキさんの元へ走っていった。
「サツキさん!剣を教えて欲しいんだ」
「剣ですか?私は教えたことはないのですけど。まぁ、そうですね、でも、そうか」
サツキさんは後ろを向いてモジモジしだした。
「わ、私の修行は厳しいですよ!それに、それに」
「それに?」
「サツキさん、と呼ぶのは止めてくれませんか?なんというか、その」
「家族なのに?」
「そう!そうです!家族なのですから!もっとこう、砕けた呼び方というのがある訳で!」
「でも、お姉ちゃんはもういるし」
チラリと家を見る。
カミュさんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「で、ではお姉さん!」
「お姉ちゃんとかぶってるよね。僕も使い辛いし」
「あ、姉上とか、姉貴でも」
「片方はお姉ちゃんで、片方が姉貴とか姉御って、僕の育ちが疑われるレベルだよね」
「じゃあ私は、私はどうしたらいいというのですか。姉でもなく姉貴でもなく、私は何なのですか!」
育ての親だよなぁ。
と思うが、お母さん、と呼ぶには歳が若すぎる。
それに流石に呼び辛い。
「もうさ、カミュ姉さんとサツキ姉さん、じゃダメなのかな?」
「いい・・・もう1度、呼んでくれませんか?その、姉さんって」
「サツキ姉さん」
うずくまってしまった。
今のうちに一本取ったら僕の勝ちということになったりするだろうか。
そろりと近づき、木剣を振り上げる。
小さな風が舞った。
僕の木剣ではない。
サツキさんの持っていた木剣が、僕の喉元に切っ先を当てたことによるものだ。
全く見えなかった。
「私の一本は、そう安いものではありませんよ」
お互い剣を1度引き、距離をとる。
「朝食の前に少し汗をかきますか。全力で打ち込んできて下さい。振り方は問いません。目の前の敵を倒す気迫で」
結果、この日は全く相手にされないまま終わった。
汗だくで地面にへばる僕に対し、サツキさんは汗の一つも出ていなかったのだから、この敗北感といったら。
「さぁ、リーン、ご飯にしましょう。カミュも待ちかねてますよ」
初めて名前を呼ばれたくすぐったい気持ちは、嫌ではなかった。
「うん、サツキ姉さん」
呼んでみると、自然に口から出てくるものだと思った。
呼ばれた姉さんはまた喜びからかうずくまっているが。
こうしていると全く勇者なんていうものには見えない。
普通の、いや、かなり変な姉。
僕と姉たちのちぐはぐな日常はこうして始まった。
そもそも僕が転生した理由でもあるナジャは一向に現れない。
ただ待っているのも意味がないので、とにかくこの世界を強く生きていくのだ、そう僕は心に決めていた。
まだまだこの世界には知らないことが多すぎる。
それから驚くことに一年が過ぎた。
一年経っても、ナジャは姿を表さなかったのだ。