表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/78

てんせいの、勇者

「ゆ、勇者!?」


「世間ではそう呼ばれていますが、私はその呼び名は好きではありません。あの戦いは、もっと別の形で解決できたのじゃないかと思っています」


険しい表情。

本当に、勇者と呼ばれることが好きではないらしい。


「ごめんなさい。でもね、サツキが凄いことには変わらないんだよ!それでね、つまり、安心して欲しいって、言いたかった訳で」


表情は見えなくても、僕を気遣っての発言だということは痛いほどわかる。

僕の心に罪悪感が顔を覗かせる。


「でも、お二人が冒険者っていうことは、僕はどこかに預けられるんですか?」


出来る限り不安そうな表情を作る。

一人にはなりたくない、そんな表情だ。


「いや、それでは孤児院と何も変わらない。私は君を家族として迎えたいと思っている」


家族。

現実世界の家族は妹だけだった。

それが突然、二人姉が出来るのか。

なんというか、こそばゆい。


「前からサツキとは話してたんだ。君に選んでもらおうとは思っていたけど。今だってそうだよ、君には選ぶ権利がある。君は、どうしたい?」


カミュさんの僕を抱き抱える手の力が、少し強くなった。

僕の答えは決まっていた。


「もし、もしお二人が宜しければ、僕はとても嬉しいです。よろしくお願いします」


演技のつもりだったが、本当に少し涙がこぼれた。

頭の中は、これでいいんじゃないか、魔王とかどうでもいい、二人に家族として迎えられ、第二の人生を歩むのも悪くない、そんなことを考えていた。

だが、やはり世の中そんなに甘くないと知るのは、それからほんの数日後のことだった。



ソチの町から馬車に揺られ一時間程度、小さな村が見えてきた。

そこが僕の新しい生活の場。

勇者サツキの作った小さな理想郷。


「私はね、とても貧しい国の出身なんだ。そこでは争いが絶えなくてね、小さい子供も国のためにと働かされていた。だからかな、私はなるべく自然に近い環境に住みたくなった。それでその、無いなら作ってしまえ、と財産をはたいて小さな共同体を作ってみたんだ」


と、馬車の中で話してくれた。

とりあえず得た情報として

二人は20代前半らしいということ。

サツキさんは遠い国の出身で、今は村の周辺に出る怪物の討伐をしているということ。

カミュさんはこの国の出身だが、珍しいドルイドという種族であること。

些細なことではあるが、僕にとっては全てが新鮮で、知らないことばかりであった。


村へつくと、そこで盛大に迎えられた。

お祭りのような騒ぎであった。

サツキとカミュが子供を連れて帰ってきた、という珍事はあっという間に村全体へと伝わり、三日三晩祝宴が開かれた。

そこで僕はモミクチャにされながらもなんとか生き延び、四日目はサツキさんとカミュさんの家で死んだように眠っていた。

その晩のことである。

コンコン、と扉を叩く者があった。

丁度、僕らは居間でくつろいでおり、サツキさんは剣の手入れを、カミュさんは僕を相手に指相撲に興じていた。

ノックの音は次第に激しさを増していった。

これは何かあったな、とサツキさんが険しい声で叫んだ。


「こんな夜更けに誰か!」


「わ、私はソチの町から神父様を連れて来た御者です!し、神父様が!神父様が魔物に襲われて、助けてください!」


サツキさんがドアを開けると、傷だらけの男が部屋の中へ倒れ込んできた。


「襲われた場所はどこだ?」


「この村へ入る川の手前で。小鬼だと思うが、デカいのも中にいた。お、俺は神父様にこの事を伝えるように言われて、それで」


「わかってる、神父様とて無防備ではない。連れの従者もそれなりの使い手だろう」


サツキさんはこちらを見ると、カミュさんと目を合わせ何か合図した。

カミュさんはそれで判ったようで、どこにそんな力があったのか僕を小脇に抱え立ち上がった。


「嫌だ!僕も行く!」


「?当たり前でしょ。ここでは君も戦わなきゃいけない。でも足は遅いでしょ、だから抱えたの」


なんと。

子供らしくどこかに隠されるものかと思いきや、予想外の展開だ。


「見たところ傷は深くはない、すまないがこのことを皆に知らせ、広場で火を炊くように言って欲しい」


「あ、ああ、わかった!あんた達は?」


「勿論、小鬼共にこの場所はお前たちの居場所でないことを教えに行く」


先程まで手入れをしていた剣を鞘に収めると、サツキさんは闇の中を駆けていった。

カミュさんに抱えられたまま外に出ると、すでに姿は見えなくなっていた。

どれだけ早いんだ。


「私達も向かうよ。落ちないように捕まっててね!」


言うが早いか、風のようにカミュさんは駆けていく。

それでもサツキさんの姿は見えない。

あまりの速さに目を回しそうになる。


「もう始まってるね!君は私とここで見てるといいよ。多分、出番はないから」


地面に下ろされる。

神父様はすぐにわかった、馬車の側で男の人二人と固まっている。

全員無事なようだ。

地面には三体の見たこともない怪物の死体が転がっていた。

醜い小人のような形相をした怪物、あれが小鬼だろう。

その先でサツキさんは剣を振るっていた。

一振りするごとに、小鬼が一匹、また一匹と地面に倒れていく。

何が起こっているのかわからない。

まるで剣に吸い寄せられるかのように、小鬼達は向かっていっては斬られるのだ。


「小鬼程度ならサツキにとって問題じゃない。でも、次はどうかな?」


カミュさんが身を屈め、何かあれば飛び出す準備をした。

その視線の先を見てぎょっとした。

小鬼の数倍、いや、人の4倍はあろうかと思われる巨体が向かってきていた。

その手には、錆びた巨大な斧を持っている。

錆の色は赤茶色く、血の色を思わせる。


「あれは人間じゃ勝てないね。大鬼だ。神父様は運がいい、あれが初めに出ていたら間に合わなかったんじゃないかな」


「サツキさん大丈夫なんですか?」


「サツキはね、特別だから」


「特別?」


「そう、特別。天星の加護を持つ特別な人間」


「てんせい?」


「今日はサツキの機嫌が悪いみたい。ゆっくりしてたのを邪魔されたからね。見れるよ、見といた方がいい。とにかく、凄いんだから」


目を離してはいない。

やはり、目に追えない速度で切り結ぶ。

鉄と鉄のぶつかり合う高い音が広野に響く。


「来るよ!よく見て!」


戦闘態勢を崩したカミュさんが、僕の頭を掴み視線の先をサツキさんに固定した。

グギっと嫌な音を立てたが、抗議の意思はすぐに消えた。

サツキさんを中心に光が集まってきている。

なんだ、あれは。

剣技とは明らかに違う。


「あれが天星の力。魔王を倒した勇者の奇跡」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ