てんせいの、勇者
「ゆ、勇者!?」
「世間ではそう呼ばれていますが、私はその呼び名は好きではありません。あの戦いは、もっと別の形で解決できたのじゃないかと思っています」
険しい表情。
本当に、勇者と呼ばれることが好きではないらしい。
「ごめんなさい。でもね、サツキが凄いことには変わらないんだよ!それでね、つまり、安心して欲しいって、言いたかった訳で」
表情は見えなくても、僕を気遣っての発言だということは痛いほどわかる。
僕の心に罪悪感が顔を覗かせる。
「でも、お二人が冒険者っていうことは、僕はどこかに預けられるんですか?」
出来る限り不安そうな表情を作る。
一人にはなりたくない、そんな表情だ。
「いや、それでは孤児院と何も変わらない。私は君を家族として迎えたいと思っている」
家族。
現実世界の家族は妹だけだった。
それが突然、二人姉が出来るのか。
なんというか、こそばゆい。
「前からサツキとは話してたんだ。君に選んでもらおうとは思っていたけど。今だってそうだよ、君には選ぶ権利がある。君は、どうしたい?」
カミュさんの僕を抱き抱える手の力が、少し強くなった。
僕の答えは決まっていた。
「もし、もしお二人が宜しければ、僕はとても嬉しいです。よろしくお願いします」
演技のつもりだったが、本当に少し涙がこぼれた。
頭の中は、これでいいんじゃないか、魔王とかどうでもいい、二人に家族として迎えられ、第二の人生を歩むのも悪くない、そんなことを考えていた。
だが、やはり世の中そんなに甘くないと知るのは、それからほんの数日後のことだった。
ソチの町から馬車に揺られ一時間程度、小さな村が見えてきた。
そこが僕の新しい生活の場。
勇者サツキの作った小さな理想郷。
「私はね、とても貧しい国の出身なんだ。そこでは争いが絶えなくてね、小さい子供も国のためにと働かされていた。だからかな、私はなるべく自然に近い環境に住みたくなった。それでその、無いなら作ってしまえ、と財産をはたいて小さな共同体を作ってみたんだ」
と、馬車の中で話してくれた。
とりあえず得た情報として
二人は20代前半らしいということ。
サツキさんは遠い国の出身で、今は村の周辺に出る怪物の討伐をしているということ。
カミュさんはこの国の出身だが、珍しいドルイドという種族であること。
些細なことではあるが、僕にとっては全てが新鮮で、知らないことばかりであった。
村へつくと、そこで盛大に迎えられた。
お祭りのような騒ぎであった。
サツキとカミュが子供を連れて帰ってきた、という珍事はあっという間に村全体へと伝わり、三日三晩祝宴が開かれた。
そこで僕はモミクチャにされながらもなんとか生き延び、四日目はサツキさんとカミュさんの家で死んだように眠っていた。
その晩のことである。
コンコン、と扉を叩く者があった。
丁度、僕らは居間でくつろいでおり、サツキさんは剣の手入れを、カミュさんは僕を相手に指相撲に興じていた。
ノックの音は次第に激しさを増していった。
これは何かあったな、とサツキさんが険しい声で叫んだ。
「こんな夜更けに誰か!」
「わ、私はソチの町から神父様を連れて来た御者です!し、神父様が!神父様が魔物に襲われて、助けてください!」
サツキさんがドアを開けると、傷だらけの男が部屋の中へ倒れ込んできた。
「襲われた場所はどこだ?」
「この村へ入る川の手前で。小鬼だと思うが、デカいのも中にいた。お、俺は神父様にこの事を伝えるように言われて、それで」
「わかってる、神父様とて無防備ではない。連れの従者もそれなりの使い手だろう」
サツキさんはこちらを見ると、カミュさんと目を合わせ何か合図した。
カミュさんはそれで判ったようで、どこにそんな力があったのか僕を小脇に抱え立ち上がった。
「嫌だ!僕も行く!」
「?当たり前でしょ。ここでは君も戦わなきゃいけない。でも足は遅いでしょ、だから抱えたの」
なんと。
子供らしくどこかに隠されるものかと思いきや、予想外の展開だ。
「見たところ傷は深くはない、すまないがこのことを皆に知らせ、広場で火を炊くように言って欲しい」
「あ、ああ、わかった!あんた達は?」
「勿論、小鬼共にこの場所はお前たちの居場所でないことを教えに行く」
先程まで手入れをしていた剣を鞘に収めると、サツキさんは闇の中を駆けていった。
カミュさんに抱えられたまま外に出ると、すでに姿は見えなくなっていた。
どれだけ早いんだ。
「私達も向かうよ。落ちないように捕まっててね!」
言うが早いか、風のようにカミュさんは駆けていく。
それでもサツキさんの姿は見えない。
あまりの速さに目を回しそうになる。
「もう始まってるね!君は私とここで見てるといいよ。多分、出番はないから」
地面に下ろされる。
神父様はすぐにわかった、馬車の側で男の人二人と固まっている。
全員無事なようだ。
地面には三体の見たこともない怪物の死体が転がっていた。
醜い小人のような形相をした怪物、あれが小鬼だろう。
その先でサツキさんは剣を振るっていた。
一振りするごとに、小鬼が一匹、また一匹と地面に倒れていく。
何が起こっているのかわからない。
まるで剣に吸い寄せられるかのように、小鬼達は向かっていっては斬られるのだ。
「小鬼程度ならサツキにとって問題じゃない。でも、次はどうかな?」
カミュさんが身を屈め、何かあれば飛び出す準備をした。
その視線の先を見てぎょっとした。
小鬼の数倍、いや、人の4倍はあろうかと思われる巨体が向かってきていた。
その手には、錆びた巨大な斧を持っている。
錆の色は赤茶色く、血の色を思わせる。
「あれは人間じゃ勝てないね。大鬼だ。神父様は運がいい、あれが初めに出ていたら間に合わなかったんじゃないかな」
「サツキさん大丈夫なんですか?」
「サツキはね、特別だから」
「特別?」
「そう、特別。天星の加護を持つ特別な人間」
「てんせい?」
「今日はサツキの機嫌が悪いみたい。ゆっくりしてたのを邪魔されたからね。見れるよ、見といた方がいい。とにかく、凄いんだから」
目を離してはいない。
やはり、目に追えない速度で切り結ぶ。
鉄と鉄のぶつかり合う高い音が広野に響く。
「来るよ!よく見て!」
戦闘態勢を崩したカミュさんが、僕の頭を掴み視線の先をサツキさんに固定した。
グギっと嫌な音を立てたが、抗議の意思はすぐに消えた。
サツキさんを中心に光が集まってきている。
なんだ、あれは。
剣技とは明らかに違う。
「あれが天星の力。魔王を倒した勇者の奇跡」