オンリーロンリー
あれから一週間が経過した。
治癒の祈りとやらを毎日受け続けた僕は、日常生活を送れる程度には回復していた。
そして今日、役人が立ち会いの元で聞き取り調査が行われるらしい。
魔の森に裸でいた少年、という笑い話のような事件は、思いの外、深刻に扱われているようだ。
「じゃあ、そろそろ行ってきます」
「気をつけていきなよ、まだ完治はしてないんだから」
宿屋の主人であるサマリーさんが自慢の髭を撫でながら見送ってくれた。
宿代はたっぷり一ヶ月分、サツキさんが払ってくれたらしい。
一番心配していた金銭面を気にしなくていいのは嬉しいが、自分にはそれを返す算段が何もない。
今日は発見者として役場に来てくれるらしいので、お礼をしなくてはならない。
地図を片手に歩くこと30分程度だろうか、二階建ての西洋風な作りの建物にたどり着いた。
ソチ役場、と丁寧に看板があるのだから間違いはないだろう。
正面の両開きの扉に入ると、中ではカウンター越しに人が忙しそうに動いていた。
総合、という窓口を見つけ、理由を説明すると、好奇心一杯の視線を浴びることとなった。
キャーキャーと色々質問してくる年配の女性に圧倒されつつ、別室に通される。
質素なソファーが向かい合った置いてあり、いかにも客室といった部屋だ。
置物の類いも小綺麗ではあるが、無駄な装飾は無い。
そして、ソファーには見たことのある顔が二つ。
カミュさんとサツキさんが座っていた。
「あっ!少年!元気になったんだね!」
「こら、カミュ。役場なんですから静かにしてなさい」
サツキさんはカミュさんを叱りつけると、こちらを見て軽く会釈した。
子供に対しても丁寧な人なのだ。
「えっと、この度は本当にお世話になりっぱなしで。どうお礼をしたらいいものか」
言葉を言い終わる前に、いかにも堅物そうな中年の男性が部屋に入った来た。
「少し早いが、もう始めていいかな?」
低くて渋い声だ。
年の頃は40代、制服をパリッと着こなし、出来る大人の雰囲気をかもし出している。
まだ立っていた僕をサツキさんとカミュの間に座るように促すと、向かいのソファーに腰を下ろした。
「私は所員のマツリといいます。さて、早速だが君は何故、魔の森にいたのかな?」
よし来たとばかりに悲しい顔をし、考えてきた台詞を言葉にする。
「親を、父さんと母さんを探していました」
「ほう、ご両親と森に来ていた、ということかな?」
「・・・いえ、捨てられたんです、僕」
場の空気が重くなる。
勿論嘘だ。
この日のためにシミュレーションしてきた大嘘だ。
「そうか・・・、ご両親の名前、というか、君は両親に会いたいか?」
「・・・両親は僕を森の怪物か、獣か、とにかくなんでもいい、食べさせようとしたんです」
「・・・」
「ですから、父も母も、名前は言えません。言いたくありません」
「くっ・・・」
噛み殺した声が横から聞こえた。
サツキさんが肩を震わせ顔を手で覆っていた。
カミュさんはこちらを見て声を出さずに泣いている。
「では、孤児院行きを希望するかい?」
「いえ、とりあえず遠縁の親戚に連絡を取ろうかと思います」
「その親戚の連絡先はわかるのかね?」
「はい、もう手紙は出しました」
「そうか。君は本当にしっかりしているな。子供とは思えないくらいだ」
ええ、そら18歳ですし。
「これはあくまで書類上の質問なんだがね、君の名前を教えてくれないか」
この人は、本当に優しい人なようだ。
横をちらりと見れば、嗚咽が少し聞こえてきているサツキさん、鼻水まで出てきているカミュさん、この世界に来て優しい人達と出会えたことに感謝した。
「僕は、名前はありません。おい、とか、お前、とか、そんな感じで呼ばれてて」
突然、横のカミュさんが僕を抱きしめた。
言葉にならない言葉を発しながら、きつく抱き締め、頭をひたすら撫でている。
励まそうとしている気持ちはわかるのだが、痛い、痛い。
「このっ、少年のことはっ、私達に任せてっ、くれませんか!?」
サツキさんが嗚咽混じりに勢いよく喋っているのが聞こえる。
相変わらずモミクチャにされているので、表情は見えない。
「そう言ってもらえると、こちらとしても助かります。私達、役所は決まったことしか出来ませんから。その子を保護するにしても、どうしても両親の名前や立場を聞かなくてはならない」
こうして話は終わった。
最初の計画では、とにかく一人になってナジャを待つつもりだった。
お金に関しては、とにかく働けばなんとかなるだろう、くらいの気持ちで。
なので、保護されるという展開は予想外だったが、悪い気持ちはしなかった。
夜になると、二人が宿を訪ねてきてくれた。
「最初からこうしていればよかった。そうすれば、君にあんな告白を役場でさせることもなかった」
申し訳ない、とサツキさんは謝った。
「僕は聞いてもらえたスッキリしました。それに、本当にいいんですか?人間一人保護するのって、大変ですよね?」
「大丈夫だよ!サツキはね、皆から信頼されてるんだから!勿論カミュもね!」
カミュは部屋に来てずっと、僕を膝に乗せ頭を撫で続けている。
「ちゃんとした自己紹介がまだだったな。私はサツキ、冒険者をしている」
「それだけじゃないでしょ!サツキはね、冒険者だけど、凄いんだ、だって」
その後の言葉を聞いて、僕は耳を疑った。
「だって、魔王を討伐した勇者の一人なんだから!」