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第09話

「で、なんであんたは私との夕食の席ですでに酔っぱらってんのよ」

「本当に、申し訳ございません」


 ちょっと顔を出すだけのつもりがつい飲んでしまった。真っ赤な顔で頭を下げる俺を、心底呆れた顔でリリィが見つめる。

 白いクロスがかけられたテーブルの上にはステーキのような料理が置かれていて、俺は酔った手でギコギコと肉を切っていた。


「まぁ、別にいいけど。ほんと理解に苦しむわね。お城で夕食が出るっていうのに、わざわざ見窄らしい庶民の食事を楽しむなんて」

「そうかな? 結構美味しいけどなぁ」


 切り分けたステーキを口に運ぶ。うまい。なんの肉かは知らないが、上品な赤身の味だ。他にもテーブルには新鮮なサラダや透き通った黄金色のスープなんかが並んでいる。

 どれも日本のレストランで出されても納得の味なのだろう。ただ、なんというか上品すぎて、俺には少し物足りない。肉もちんまりしている。


「なんならリリィも今度一緒に行ってみるか?」

「はぁ? 冗談でしょう!? なんで王族である私が、そんな下品で野蛮な店で食事しないといけないのよ。汚らしい雌猫の匂いが移るってなもんだわ」


 リリィの眉が中央に寄ってつり上がる。どうやら本当に嫌らしく、今日のリリィは大変機嫌がよろしくない。


「ほんと、別のメスに尻尾振ってると思ったら、見事に餌付けまでされて。婚約者ながら呆れ果てて物も言えないわね。挙げ句の果てに、私の口にまで野蛮な料理を入れようだなんて」

「そ、そんな風に言わなくても」


 酷い言われようだ。まるで毒かなにかのような扱いを受ける料理たちが可哀想である。ぷんぷんと怒っているリリィをどうしたものかと俺は見つめた。


「大体、その雌猫の店は賭場なんでしょう? 王女である私をそんなとこに連れて行くとか、信じられないわ」

「あ、やっぱりそうなんだ」


 なんとなく、そこら辺のリリィの言い分は理解できた。確かに、ネココの店はお世辞にも綺麗だとは言わないし、リリィでなくても女の子一人で足を運ぶような店ではないだろう。


「貴族の人たちはギャンブルってしないのか?」

「ギャンブルぅ? んー、どうかしら。雄の人の中には好きな人も多いけど、庶民に混ざってしてもつまらないでしょう? 中には屋敷で賭場を開いてる人とかもいるみたいだけど、まぁ物好きね」


 なるほどと頷いた。不景気といってもそれは王家の懐事情の話で、稼いでいる貴族や豪商はたくさんいるらしい。ギャンブルの需要は高いというわけだ。


「ん? まてよ……」


 なにか忘れている気がする。そういえば最近、そんな話を誰かとしたような。


「あっ」


 ピンと頭が繫がって、俺は急いでステーキを口に放り込んだ。

 咀嚼して、こうしちゃいられないと席を立つ。


「リリィありがとう!」

「は?」


 感謝して部屋を飛び出していく俺を見つめながら、リリィは怪訝そうに眉をより一層深く寄せるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「カジノ……ですか?」


 10日後、俺の提案にリチャードは首を傾げた。


「ええ、国営の賭博場。この前の施設の使い道にはぴったりだと思います」


 色々と考えたが、これ以上の案はないように思えた。連日徹夜続きの隈模様を晒しつつ、俺はリチャードに進言する。

 外貨の獲得に観光、それらを一気に解決できる施設としては優秀だろう。


 しかし勿論、問題がないわけではなく。


「賭博場というと……ギャンブルですよね? ふーむ」


 リチャードは難色顔だ。それもそのはずで、この国においてはギャンブルとは庶民の遊びだ。ネココの店もそうだが、いくら国の許可を得ているとはいえ、リチャードのような人物からすれば野蛮な遊びであるのは事実だろう。


 リリィとの夕食の後、ネココに聞いて城下町の賭場を一通り回ったが、とてもではないが上流階級の人が出入りをするようなところではなかった。中には物好きな金持ちの常連もいるにはいたが、その方たちはあくまでも特殊な趣味人の位置づけだ。


「お気持ちは分かります。リチャードさんからすれば、賭博場は庶民の遊び場でしょうから。でも、俺が想定してるカジノはこういう施設です」


 大きな紙を取り出す。広げて見せられた図面を見て、今度こそリチャードはモノクロの奥の目を見開いた。

 テーブルの上に広げられた図面。そこには、俺が連日徹夜で引いたカジノの設計図が綴られている。


「これは……テッペイ殿が描いたのですか?」

「ええ。これでも建築科でしたから」


 絵は得意な方だ。バベル語が便利とはいえ、それは俺が読む場合の話。当然、俺はバベル語なんてものは学んでいないので、魔界の人に声以外で伝えるには作図や作画しかない。


 図面を見つめながら、リチャードは感心したようにモノクルを指で支えた。


「いやはや、これは。なんとも分かりやすい。わたくしめは建築は素人ですが、なんとなくテッペイ殿のイメージが伝わりますぞ。……連日寝ずになにをしているかと思えば、これを作っていたのですね」

「まだ寸法もなにもないラフ描きみたいなもんですけどね。ちゃんと測れば、もっと精巧になりますよ。……あと、これがイメージ図です」


 こちらは本当にただの絵だ。しかし、俺のラスベガスやモナコをイメージしたカジノの完成図にリチャードは目を輝かした。


「なんと豪華な! とても賭博場とは思えませぬな!」

「でしょう? 庶民ではなく、貴族や豪商を相手にした娯楽施設です。当然、外国の方もターゲットにしてますよ」


 ネココから話を聞いたが、やはり王家の懐事情とは別に金をため込んでいる金持ち共はたくさんいるようだった。これを機会に、少しは金を落としていって貰うとしよう。


 更に、ここからが肝心なのだが、俺は内心この計画の成功を確信していた。

 懐から更に取り出された一式に、リチャードは興味深く身を乗り出す。


「そして……これがカジノで提供するギャンブルです」


 数字とマークが描かれたカード、それにリチャードからすれば用途不明の赤と黒の回転板。

 平成の世でも通用する地球産の人気種目は、伊達に年期と調整を経ていない。胴元が旨みを吸い上げる巧妙な確率式と構造は、もちろんこの魔界でも有効のはず。


「皆さんに賭けてもらうんです。俺たちも大勝負といきましょう」


 覚悟を決める俺の顔を見つめて、リチャードは満足そうに頷いた。


「分かりました。次代の魔王様がここまでやってくださったのです。この計画を実現させるはわたくしの役目。カジノ建設の大役、このリチャードめにお任せくださいませ」


 姿勢を正したリチャードが恭しく頭を下げる。少しは認められたのかもしれないと嬉しく思い、俺は頬を緩ませた。

 そのときだ。ふらりと、視界が斜めに揺らいでいく。


「あれ……?」


 急激に遠くなっていく意識に「やばい」と思いながらも、俺は為すすべもなく膝から床へと崩れ落ちた。

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