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第05話

「へぇ、思ったより平和そうなところだな」


 首から提げた入城証を得意げに揺らしながら、俺は城下町の道を悠々と歩いていた。

 石と木で立てられた建物。様々な人たちが行き交う街は、中々の活気に溢れていた。


「おお、武器屋がある。すげーな、本当にゲームの世界みたいだ」


 剣と盾が描かれた看板を発見する。店内には様々な長さや種類の剣が並んでいて、鎧を着た獣人のお兄さんがナイフを手にとってしげしげと眺めていた。


(なんの職業なんだろ)


 冒険者だろうか。考えてみればゲームとかでは自然と受け入れていたが、武器を買う職業って何があるだろう。そもそも冒険者って職業なんだろうか。

 少々慣れたとはいえ、自分はこの世界を何も知らない。


(……とりあえず、まずはご飯かな)


 文化を知るには食事から。ちょうど鳴いた腹の虫をさすりつつ、俺は流行ってそうな食堂へと足を向けるのだった。



 ◆  ◆  ◆



 中々に盛況な店であった。

 昼時から少し過ぎているにも関わらず、店内は様々な種族の人たちが談笑しながら食事に興じている。


「あれ? お兄さん新顔やね。おひとり?」


 入り口で突っ立ってた俺に、店員の一人が声をかけてきてくれた。

 見てみると、腰に布を巻いたウェイターの女の子がにこにことこちらに近づいてくる。


「あ、はい。初めてです」

「ははは! 変な人やな! 好きなとこ座ってええよ。メニューは日替わりの大盛りか普通か。どっち?」

「じゃ、じゃあ普通で」


 変な人と言われどきりとしてしまう。あまりびくびくしていても怪しいかと思い、俺は言われたとおり空いている適当な席に腰を下ろした。


(ちょっと荒っぽい店に入っちゃったな)


 人気そうだからと入ってみたが、どうも客層が騒々しい。みんな昼間から酒も頼んでいるようで、けれど仕事はあるのかポツポツと休憩を終えて店から出て行く頃合いのようだ。


 ものの一〇分もしない内に、店内には俺と数人の客だけになってしまった。


「はいよ。日替わりの普通ね」


 様子を眺めていた俺の目の前に、ごとりと注文が置かれる。

 木で出来た皿の上にはマッシュポテトのようなものとハムが数枚並べられていて、どうもこれが日替わり定食のようだ。


(思ったよりはうまそうだ)


 豪勢というわけではないが、味が想像できる範疇の料理に胸をなで下ろす。トカゲだのコウモリだのが出てきたらどうしようと思っていたが、これならなんとか食べられそうだ。


「あ、美味しい」


 マッシュポテトを匙で運ぶ。しっかりと塩気が利いている芋は、想像以上に食べ慣れた味だった。

 ハムも、これまた塩気が利いていてイケる。というか、ちょっと塩分がキツい気もする。どうもこの街の人たちは塩気の強い味が好みのようだ。


「お兄さん、お城の人やろ?」


 料理の味を慎重に確かめていると、傍らから声をかけられた。声の方へ顔を向ければ、先ほど案内してくれたウェイターの女の子がにこにことこちらを見ている。


 ぺたりと垂れた獣耳に、可愛らしい人の顔。獣人ではなく人間寄りの亜人の女の子だ。


「え? あ、はい。そうですけど」


 愛嬌の良い少女の顔に、俺は不覚にも照れてしまう。少し意地悪そうに見つめてくる少女の視線は、俺の首から提げられた入城証に向けられていた。


「やっぱり! ええなー、うちもお城一回でええから入ってみたいわぁ」


 少女は羨ましそうに声を上げた。見たところ女子大生くらいの年齢だろうか。耳をピコピコと動かす亜人の少女を俺は見つめた。


「そ、そんなに羨ましいもんかな?」

「あったり前やん。お城で働いてるってことは高給取りやしぃ、それ出城可の入城証やろ? お兄さんめっちゃエリートやん」


 当然のように少女は俺の胸元を指さしてくる。言われて、俺は不思議そうに自分の入城証を見つめた。

 当たり前のように衛兵さんに見せて出てきたが、思っていたよりもレアアイテムのようだ。


「これって普通の入城証じゃないんですか?」

「え? なんなんお兄さん、知らんとそれ付けとるの?」


 呆れられたように見つめられ、俺は素直に「来たばかりなので」と返事をした。それを聞き、少女がなるほどと頷く。


「それはな、お役人しか提げれん札なんよ。お兄さんエリートやから当たり前や思ってるかもやけど、出入りの業者や清掃のオバチャンなんかは出るときには札を回収されるんやで」

「ああ、そういうことですか」


 少女の説明に納得する。これはリリィが俺の身分証として作ってくれたものだから、当然城の外でも使えるようにしてくれていたのだろう。

 感謝しながら、俺は入城証を大事に懐に入れた。


「お兄さん、なんの仕事しとるん?」


 少女の疑問は止まらないようで、質問が再び飛んでくる。俺はマッシュポテトをひとくち食べながら、どう答えたものかと思案した。

 本当のことを言うわけにもいかず、けれど全くの噓も具合が悪い。


 魔王の仕事。リチャードは財務処理や公共事業なんかが主な仕事だと言っていた。


「……復興支援というか……景気回復の事業をお城の人から頼まれまして」


 盛りすぎたかもしれない。かなり見栄を張ってしまった俺の言葉に、少女の顔がぴたりと止まる。そして、わなわなと震え始めた。


「な、なにそれ。めっちゃかっこええやん。お兄さん、さては末は大臣かなんかやろ」

「え? あ、いやどうなんだろ。そんなことないと思うけど」


 羨望の目を向けられて、これはまずいですよと慌てて否定する。女の子の前でかっこつけるのは男の性だが、あまり口から出任せもよくない。なにせまだ、なんの仕事も取りかかれていないのだ。

 しかし、女の子はすっかり信じてしまったようで、ぐいぐいと俺の腕に肩を触れさせてきた。


「あのぉ、うちネココいいますねんけどぉ。今度どっか遊び行きませんかぁ?」

「そ、それはちょっと」


 ぐいぐい来る。物理的にぐいぐいと押しつけられるネココの柔肌に、俺は慌てて身を引いた。

 異世界だろうが日本だろうが、積極的な子はいるようだ。


 苦手な人種だと、俺は早めに店を出ようと決意する。鞄を取り出し、財布へと手を伸ばした俺は、そこで一つの事態に気がついた。


「あっ」


 固まる俺を、不思議そうにネココが見つめる。

 どうしようと冷や汗を流しながら、俺は鞄の中で日本円しか入っていない財布を握りしめるのだった。

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