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第36話


 光る霧の前に、俺は再び立っていた。



『さて、本物はどっち?』



 神秘的な声に、後ろのリリィたちが不安そうに表情を作る。

 少しだけ残念だなと微笑んで、俺は二人のリリィに心の中で別れを想う。


 根拠なんかないけれど、けど確信を持って俺は告げた。


「あっちの方、かな」


 霧の奥を指さした。この辺りは当てずっぽうで、というよりどこを向いていても変わりない。


「偽物は俺。リリィたちは……偽物とは言いたくないな。でも、俺が会うべきリリィはここにはいない」


 そりゃあ二人だけの秘密も知っている。見た目だって、穴が開くほど見ていたから。


 けれど、俺が知らないものは、作り出すのは無理だろう。



『正解』



 短く声が聞こえ、ここに来たときと同じ閃光が、目の前を白く塗りつぶした。



 ◆  ◆  ◆



「テッペー! 気がついた!?」


 ゆっくりと目を開けると、そこには泣きそうな顔のリリィがいた。


「リリィ……?」


 呟いたとたん、リリィに思い切り抱きしめられる。軋む身体に笑いながら、俺はよしよしと頭を撫でた。


「急に倒れるからびっくりするじゃない! それに、なんか知らないけど試練クリアって」

「あっ、やっぱいけてたんだ。よかった」


 どうやら無事に正解だったらしい。


「いけてたんだって……あんた、倒れてる間なんかしてたの?」

「うん、リリィのおっぱい揉んでた」


 俺の返事にリリィが「はぁ?」と眉を寄せる。

 右手を俺の額に触れさせて、熱がないかをチェックされた。


 それにくすりと笑いつつ、俺はリリィの胸の膨らみに目を向ける。

 これを気が済むまで揉んでいれば、あそこからの脱出は無理だったかもしれない。


「リリィ、おっぱい揉んでいい?」

「は、はぁあ!?」


 リリィが呆れたように声を上げた。冗談だよと言おうとして、けれどぷいとそっぽを向きながら言われてしまう。


「べ、別にいいけど……? なんか、頑張ったみたいだし?」


 真っ赤な顔で差し出されて、俺は少々面食らった。

 一瞬、偽物かな?と思ってしまい、けれどそんな馬鹿な考えは早々に消してしまう。


 ドレスの上から胸を揉んで、その感触に俺は満面の笑みを浮かべた。


「なによ、気持ち悪い顔してんじゃないわよ」

「やっぱり本物は違うなぁ」


 そうだ。本物はやはり違う。なにせ、俺の想像なんて軽く越えてくる。



『……そろそろ進めてよろしいでしょうか?』



 聞こえてきた声に、俺たちはびくりと身体を跳ねさせた。

 そういえば、まだ終わっていなかった。


「いつまで揉んでんのよ馬鹿!」

「痛いっ!」


 べしんと頭を叩かれて、俺はしぶしぶリリィの胸から手を離す。

 姿は見えないが、なにか呆れられている気がした後に、王家の守護神は言葉を続けた。



『三つの試練はこなされました。貴方を、魔王として認めましょう』



 その瞬間、俺の右腕に強烈な熱が走る。目映(まばゆ)い輝きと共に焼き付けられた刻印に俺は目を見開いた。


 右手の甲に光る奇妙な紋様。どこか針金人間を思わせる記号に、思わず首をひねる。



『ニンゲンの魔王は初めてです。貴方に、魔界の加護があらんことを』



 最後にそう告げて、声が静かに消えていく。淡く光っていた霧も晴れていき、どうやらこれが試練の終わりらしい。


(人間……ね)


 丸に、手足を思わせる丸まった線。シンプルなデザインの紋様に苦笑してしまう。

 ただ、認められたのは事実で、その証しを俺はリリィの方へと向けた。


「なんとか、これで大丈夫かな?」


 リリィの目が泣きだしそうに見開き、しかしそのままそっぽを向いた。

 腕を組んで、厳しい顔を作って声を出す。


「と、当然よ! あんた調子に乗りやすいんだから、気をつけなさいよね!」


 仁王立ちで腕を組む逞しいリリィを眺めながら、俺は「気をつけます」と笑うのだった。



 ◆  ◆  ◆



 その後、リチャードと再会した俺たちは無事に試練の森を抜け、魔王城へと帰還した。


「……なんというか、実感わかないな」


 部屋の窓から夜風に当たりながら、右手の甲を見つめる。

 あれだけ目映く輝いていた紋様の光は消えていて、今はじっくり目を凝らすと見えるくらいだ。


「おっ、光った」


 試しに念じてみると、右手が煌々(こうこう)と輝き出す。どうやら俺の意志で光らせることができるみたいだ。


「……夜は便利だな」


 日本と違い、電灯がない魔界では光は貴重だ。懐中電灯代わりには十分だなと思い、そこまで考えてくすりと笑った。


 せっかくの証しをそんなことに使ったら罰が当たりそうだ。なんだかんだで嬉しいその光を見つめながら、俺は窓の外の景色を眺める。


「魔王かぁ」


 まだ正式になったわけではないが、リチャードによればこれで一安心といったところらしい。


 それはつまり俺が魔王になるということが、いよいよ現実になるということで……。


「なぁに難しい顔してんのよ」


 物思いに(ふけ)っていると、リリィに声をかけられた。振り返れば呆れた顔のリリィが立っていて、俺は恥ずかしくて笑ってしまう。


「いやぁ、本当に魔王になるのかぁって思ってさ」

「なによ。今更すぎるでしょ、なんのために頑張ってきたのよ」


 リリィのもっともな言葉に俺も頷く。心構えも覚悟も決めたつもりだったが、こうして目の前に転がってくると慌ててしまう。


 自分なんかでいいのかなと今でも思うが、それも今となってはリリィの言うとおり今更過ぎる話だ。


「あんたはもう少し自信持ちなさいよ。自分でいいのかとか考えてる暇あったら、魔王になったらなにするか考えときなさい」

「うっ……ごもっともです」


 当然だ。魔王になるということは、俺だけの話ではない。


 リリィやリチャードだけでなく、カジノのみんなや町の人、本当にたくさんの人が応援してくれている。


 自分なんてと考えている時間があるなら、少しでも期待に応えられるように努力すべきだ。


「うん、ありがとうリリィ。頑張るよ」

「と、当然よ! 魔王ってことは、私の……お、おっ……おっと、に!」


 なにやらどもりだしたリリィを見つめつつ、俺は首を傾げた。


「おっ、おっ?」

「うるさいッ!!」


 殴られた。結構痛いが、リリィが本気で殴れば俺の顔面なんて肉片となって弾け飛ぶので、これでも手加減してくれているのだろう。


 ひりひりする鼻先をさすりながら、俺は顔を真っ赤にしているリリィを見つめた。


 チラチラとこちらをうかがう顔は相変わらず可愛いくて、こんな子がお嫁さんというだけでも魔王になる価値があるってものだ。


「……なによ、人の顔じっと見て」

「いや、可愛いなぁって」


 なんど言うかわからない言葉に、リリィはぷいと顔を背ける。


「まぁでも、これでテッペーも魔王になるわけだし。その……が、頑張ったんじゃない?」


 腕を組むリリィはしきりにこちらをうかがっている。どちらかというと試練なんかはリリィの方が大活躍だった気がしないでもないので、褒められるとくすぐったくなってしまう。


「みんなのおかげだよ。リリィもありがとうね、頼もしかった」


 本当に頼もしいお姫様だ。リリィがいなければ、試練をクリアすることはできなかっただろう。


 けれど褒められて、リリィはむすっとこちらを見てきた。


「そういうことじゃないわよ。わかってないわね」

「え?」


 俺が聞き返すと、リリィはもごもごと口を動かす。


「……ご、ご褒美あげるって言ってんのよ」


 その声に、俺はぴくりと固まった。



「なんでも好きなこと……やってあげる」



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