第35話
俺はリリィたちと顔を見合わせて固まっていた。
そう、リリィたちだ。
「ちょ、ちょっと!? なんで私が二人いんのよ!?」
「私の台詞よそれ! どうなってんの!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を唖然と見つめながら、俺は試練の内容を理解した。
『本物はどっち?』
案の定ララパルードが最後の試練を言い渡してくる。
どちらのリリィが本物か。それを当てるのが最後の試練というわけだ。
(ど、どっちが本物って言われても……)
二人を見比べる。見た目は本当にそっくりで、たとえばここまでの道中に付いたドレスの汚れなんかも瓜二つだ。
違いなんかは見あたらず、俺は冷や汗を流してしまう。
「ちょっとテッペー! さっさと当てなさいよ!」
「私が本物に決まってるでしょ!」
怒ったように二人のリリィが詰め寄ってくる。
こういうとき「自分が本物」と言ってくるのは怪しいが、相手がリリィだけにそれもあり得そうだ。
「ふざけないで! あんたが偽物なんでしょ! 正体現しなさいよぉ!」
「いたたっ! な、なにすんのよぉおお!!」
そうこうしていると、二人のリリィが喧嘩を始めてしまった。片方のリリィが髪を掴んで、もう片方のリリィがほっぺたをぎゅうとつねる。
「ちょっと!? 二人とも喧嘩はダメだよ!!」
勃発したリリィ同士の争いに、俺は慌てて割って入った。
リリィ同士の喧嘩なんて、この遺跡が崩れ去ってもおかしくはない。
「だったらあんたがなんとかしなさいよ!」
「そうよ! てか、どっちが本物かわからないなんてあり得なくない!?」
「うっ……」
矛先がこちらに向いてきた。これは早めになんとかしないとと、俺は状況を整理する。
(どっちが偽物か)
こういう場合、見抜き方は大きく二つ。本物を見つけるか、偽物を見つけるか。
理屈的には偽物を見つける方が簡単だ。ひとつでも本物ではあり得ない部分を見つければ、それがそのまま証拠になる。
(とはいえ、違いなんてどこにもないな)
先ほども思ったが、本当にそっくりだ。左右逆というわけでもなく、見たところ利き腕も一緒。黒子の位置も、二人とも寸分違わず同じ位置についている。
「そっくりだなぁ」
「なわけないでしょ!」
「私の方が可愛いわよ!」
よく見なさいよとリリィたちに凄まれた。といわれても、本当に見た目の違いはないように思える。
それに、これは魔王の試験だ。見た目の間違い探しで決めるには、いささか安直すぎるだろう。
「リリィ、質問してもいいかな?」
ここはオーソドックスにいこう。俺の問いかけに、リリィはこくりと頷いた。
◆ ◆ ◆
「なんであんたがそんなこと知ってるのよ!? おかしいでしょ!?」
「そっちこそなんでテッペーのそんなこと知ってるのよ!?」
リリィ二人の喧嘩を横目に、俺は考え込んでしまった。
何十にも及ぶ質問。俺とリリィしか知らないはずの出来事を質問してみたが、見事に二人とも全て言い当てた。
(記憶まで瓜二つなのか……)
これでは正直見分けることは不可能だ。肉体がそっくりで記憶まで一緒となれば、それは二人ともリリィである。
「うーん、見た目がだめなら……触り心地とか?」
「なにそれ。馬鹿なの?」
「サイテー」
二人して言われてしまう。そりゃあそうだよなと思いつつ、俺はそそくさと目を逸らす。
そもそも、リリィの身体の触り心地なんて分からない。なにせ初めては散々な結果で、緊張でテンパってあんまり覚えてないからだ。
(だから確かめようも……)
そのとき、ふとした違和感を覚えた。
そっくりなリリィ。俺との秘密。二人だけが知っていること。
「あっ」
ぞくりと背中になにかが走る。
もしかしたら俺は、なにか勘違いをしていたのかもしれない。
「……あのさ、リリィ。その……怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「なによ」
一人に応えられ、もう一人に睨まれた。
後が怖いぞと思いつつ、けれど俺は確信めいたものを持ってリリィに頼む。
「やっぱり、おっぱい触らせてくれない?」
リリィ二人が「はぁ?」と眉をつり上げて、俺は涙目で頭を必死に下げるのだった。
◆ ◆ ◆
「もうほんと、これで分かんなかったら張っ倒すわよ!」
リリィのそんな声を聞きながら、俺はリリィの背中を見つめていた。
上半身裸になった二人のリリィは、怒りながらも恥ずかしそうに腕を上に避けてくれる。
「そもそもあんた、揉み比べられるほど私の胸揉んだことないでしょうが!」
「ごもっともです」
それでも肌を晒してくれるリリィに感謝しつつ、俺は背中側からリリィの胸へと手を伸ばした。
隣で、もう一人のリリィがこちらをちらちらと振り返ってきていた。
思い出してみる。以前リリィの胸を揉んだときの記憶。全然覚えてなんていないが、海馬の奥底には刻まれているはずだ。
「ごめんリリィ!!」
「あっ、ちょ……」
謝りながら、俺はえーいとリリィの胸を両手で掴んだ。
その瞬間、柔らかな記憶が呼び起こされる。
もみもみと数度揉んで、俺は感動して声を上げた。
「……リリィのおっぱいだ」
「当たり前でしょ! ていうか、なんなのよこれ!」
リリィが「揉みたいだけじゃないでしょうね!」と叫び、しかし俺は確信した。
これはあの日の、リリィの胸だ。
「もう一人も」
「って、あっ……」
念のためにもう一人も確かめる。そしてその感触に、俺はなるほどと頷いた。
もっと詳しく調べる方法もあるが、それは少しリリィたちが可哀想だ。
「ありがとうリリィ」
記憶の中の彼女たちにお礼を言って、俺はすくりと立ち上がった。
さぁ、本物に会いに行こう。




